飼育員さんの1日 (6)
それからコクルとヤットを竜舎に入れるまで30分はかかりました。
その間もアスカさんとフラミーさんはずっとミーアの所で話をしていました。
ティーアは二人が何を話して入るのか気が気でなりませんでしたがティーアはまだ仕事中です。
まずはそちらが優先です。
そして、二匹を竜舎に入れて一旦ティーアも休憩を取ろうとすると二人がでしょうに近づいてきました。
もしかしてティーアを待っていたのでしょうか?
「お疲れー。ティーア、お茶にしようよ。」
「分かりました。すぐに準備します。」
アスカさんがティーアにお茶を提案してきました。
勿論準備するのはティーアです。
「私も一緒していい?」
「ええ、勿論ですよ。フラミーさん。」
やはりティーアを待っていたようです。
女の勘は当たるのです。
ティーアは二人と一緒にお家入り準備を始めました。
実はティーアの1日の一番の楽しみがこのお茶の時間です。
「ふふふ。フラミーさんが来たのならこれを使いましょう。つけ添えはビスケットがいいでしょう。」
ティーアが棚から取り出したのは奮発して買ったローズヒップです。
元々、ティーアはお茶にはあまり詳しくなかったのですがこの家に来て初めて台所に入った時に埃まみれになった素敵なティーセットを見つけました。
アスカさんに聞いたところ、『アフタヌーンティーに憧れて買ったんだけどめんどくさくなった。』とのことで宝の持ち腐れ状態でした。
せっかくなのでとティーアが使い始めた所、とても気に入ってしまいました。
それから茶葉等にも凝ってしまい台所には今お茶専用の棚があります。
暇な時はその棚を眺めているだけでも幸せです。
しかし、アスカさんの方はやはりこういったことには無頓着で興味がないようで以前、いいダージリンが手に入った時に淹れたのですが香りを楽しむことなくすぐに飲み干してしまいました。
風情も何もありません。
あのときのティーアの落胆ぶりは計りしれません。
それからというものの、いい茶葉はお客さんが来たときかティーアが一人の時にしか使っていないのです。
「はあ、いい香りです。」
ティーポットに茶葉を要れただけでローズヒップの甘い香りがします。
これこそが鼻孔をくすぐる香りです。
これで完璧です。
二人の所に行くまでに茶葉が蒸れて最高のローズヒップが仕上がります。
「アスカさん。フラミーさん。お茶が入りました。」
「おっ、来た来た。」
ティーアがお茶とお菓子を二人の所に持っていくとアスカさんが待ってましたと喜びます。
…………何度も言いますがアスカさんはお茶の味は分かりません。
「はい。どうぞ。」
フラミーさん、アスカさん、ティーアの順番でティーカップを置き、そこに十分蒸らされたローズヒップを注ぎます。
「うん。いい香りね。これはローズヒップね?」
「はい。そうです。」
「へー。フラミー詳しいのね。」
フラミーさんはティーカップから立ち上る香りですぐにローズヒップと分かりました。
ローズヒップはお茶としては結構上物です。
これが分かるとはやはりフラミーさんは見た目通りの方のようです。
ティーアはフラミーさんに会うのはまだ今日で二回目です。
以前はすぐに帰られてしまったので話す機会もほとんどありませんでした。
ただ普段のフラミーさんを見ているとただの竜商には見えません。
そもそも女性の竜商自体とても珍しいのです。
アスカさんが言うには昔の友達と言いますが軍の方なのでしょうか?
金髪でスッとした目鼻立ちで背も高く体のメリハリもしっかりとした方です。
女の私でも惚れてしまうような見た目をお持ちです。
そんな方が何故竜商をしているのでしょう?
そんな事を考えていると二人がティーアの淹れたお茶に口をつけました。
「どうですか?お口に合いますか?」
ティーアはフラミーさんに聞きました。
どうせ、アスカさんは分かりませんから…………でも先に反応したのはアスカさんでした。
「ティーア…………いい?」
「はい。何でしょうか?アスカさん。」
アスカさんは口からティーカップを放すと神妙な顔でティーアを見てきました。
本当に突然何でしょうか?
「このお茶…………酸っぱいよ。…………腐ってない?」
「…………はい?」
「ぷっ!あははははは!」
アスカさんの一言にティーアは言葉を失いました。
アスカさんの横ではフラミーさんが堪えきれずに大笑いしてます。
「アスカ!最高!」
「何が?だってこれ酸っぱくて…………」
「…………アスカさん。このローズヒップは確かに酸味が強いですがこれは腐っているのではなくて…………何というか……そういうものなんです。酸っぱいのが苦手ならそこの砂糖を入れて下さい。」
「………そうなの?」
ティーアがそう言うとアスカさんはティーポットの側にある砂糖壺に手を伸ばして一すくい砂糖をティーカップに入れました。
そしてかき混ぜると改めて今度は恐る恐る口をつけました。
「うん!これなら飲める。もうびっくりしたよ。ティーアったらどんだけ古いお茶出すのかと思っちゃった。」
「びっくりはこっちの話です。やっぱりアスカさんには普通のしか出しません。」
「えー!ティーアのケチー。」
アスカさんはそう言いますがティーアだって分かる人に飲んで欲しいのです。
「ははは、ティーアちゃん。アスカにいいお茶をなんて無理だよ。無理。昔からなんだから。アスカはドラゴンにしか興味が無いの。だからこれはいい茶葉だからティーアちゃんが大事に飲みな。」
横でティーア達のやり取りを見ていたフラミーさんがそう言います。
ティーアも同感です。
「何だよ。フラミーまで。ふんだ。あっ、これは美味しい。」
それを聞いてアスカさんは不貞腐れながらビスケットに手を伸ばしてかじっていました。
ちなみにビスケットは普通に売っているものです。
「フラミーさんはアスカさんとは長いんですか?」
ティーアは流れで二人の所に関係について聞いてみました。
ちょっと気になりますし。
「うん。まあね。それなりかな。軍の頃からだからね。」
「そうですか。では、フラミーさんも軍に?」
「まあ、私は軍とはちょっと違うところにいたんだけどたまたまアスカに出会ってね。意外と息が合ったのよ。」
フラミーさんが懐かしそうに話します。
話ぶりからするとフラミーさんは軍関係の方では無かったようです。
「へー。そうなんですか。その頃からアスカさんはこんな感じじだったんですか?」
「うーん。そうねえ…………」
「ちょっとフラミー。何をべらべら人の過去を明かしてんのよ。」
「いいじゃない、ちょっとくらい。」
「ダメに決まってるでしょ!」
あっ!良いところだったのにアスカさんが邪魔に入ってしまいました。
アスカさんの過去を知ることが出来たかもしれないのに残念です。
「もう、そのためにここにいる訳じゃないでしょ。」
「そうだったね。ごめんごめん。」
どうやら、ただお茶にしたくてティーアを呼んだ訳では無いようです。
とすると、話す内容は分かります。
「ティーアちゃん。」
「はい。」
「私はミーアを買うことにしたよ。」
「…………そうですか。」
昼にアスカさんから言われた通りの話でした。
今日ミーアを実際に見て話をまとめたのでしょう。
ですが…………
「どうしてティーアにまで?ミーアはアスカさんのドラゴンです。アスカさんが決めたならティーアは何も言いません。」
そうです。
ティーアも御世話はしていますが実際はアスカさんのドラゴンなのです。
どれだけ寂しくてもティーアがどうこういう事は無いのです。
……無いのです…………
「…………そうか。じゃあ、私も何も言うことはないかな。」
「…………今日連れていくんですか?」
「いや、流石に今日は無理かな。一応、一週間後くらいを予定してるよ。」
「一週間ですか…………」
普通に考えたらそうでした。
ミーアはドラゴンとしては普通のサイズです。
普通といっても馬二頭分位の体長はあります。
ドラゴンの移動には竜車が一般的に使われます。
ドラゴンは知能は持ち高いですが神経質な部分もあります。
知らない場所に行くのですから当然です。
準備は必要でしょう。
しかし、残り一週間ですか…………
「うん。だからその間はしっかりミーアをよろしくね。」
「…………はい。分かりました。」
「…………よし。じゃあ、ティーアからも了承を貰ったし、もう一杯お茶頂戴!」
「分かりました。じゃあ、お湯を入れ直して来ます。後、アスカさんは普通のお茶にします。」
「えー!ティーアの意地悪!」
ティーアはそう言って台所に向かいました。
「ふう。」
まあ、正直ちょっとあの場から離れたかったので助かりました。
本当の事を言えば二人がティーアにはまで確認を取った理由はなんとなく分かりました。
恐らく二人のティーアに対する優しさでしょう。
ティーアがミーアと別れるのを寂しがっていたのはアスカさんが気が付いていたはずですから。
二人の優しさは無駄には出来ません。
残りの一週間出来る事をティーアはミーアにしてあげましょう。
「よし。そうですね。」
ティーアは気持ちを入れ直してました。
お湯が沸くまでの時間はティーアに気持ちの整理をつけさせてくれました。
また二人の所に戻るときは普段通りのティーアで戻れそうです。
「お待たせしました。お茶が出来ましたよ。」
「ティーア遅いー待ちくたびれたよ。」
「…………それは、お湯に言ってください。」
それから約一時間程でしょうか、普通にティータイムを楽しむことなく事が出来ました。
フラミーさんも満足していただけたようです。