飼育員さんの1日 (3)
「ただいま!アスカさん!戻りましたよ。」
ティーアは帰るといつもの通り飼料置き場に飼料を置いてアスカさんに戻ったことを報告しました。
アスカさんはいつもこの時間は竜舎でお掃除をしています。
なんでも掃除しながらドラゴンとコミュニケーションを取ってドラゴンの体調をチェックするそうです。
「あれ?返事がない。おかしいな。アスカさーん!居ませんか?」
…………おかしいです。
いつもなら返事が帰ってきて顔を見せるはずのアスカさんが全く出てきません。
何処かへ出掛けたのでしょうか?
「あっ!もしかすると…………」
ここでティーアはひらめきました。
もしかするとアスカさんは書斎兼研究室にいるのかもしれません。
書斎兼研究室はアスカさんがお家の地下に作ったお部屋でドラゴンに関する難しい本とかティーアにはよく分からない道具がたくさんあります。
何度か本を見せて欲しいと懇願しましたが、もっと勉強してからね。とはぐらかされてしまいました。
恐らくそこでしょう。
ティーアは地下へと続く階段をコツコツと降りていき、扉をコンコンとノックしました。
「アスカさん。居ますか?ティーアが戻ってきましたよ。」
「おっ!ティーア?ちょうどいいや。入っておいで。」
やはり、アスカさんはここに居ました。
ティーアの声に気が付かないなんて一体中で何をしていたのでしょうか?
ティーアは扉を開けて中に入ることにしました。
するとアスカさんは熱心に木の箱の中を覗いていました。
「アスカさん、何をしてるんです?」
「ティーア。ちょっとここおいで。覗いてみな。」
アスカさんがティーアをその木の箱の所まで手招きしています。
何でしょう?
ティーアはアスカさんに言われるがままにそこへ木の箱の側へ行き中を覗いてみました。
「あっ!これは卵ですね!初めて見ました。」
そこには真っ白くてティーアの頭と同じくらいの大きさの卵が藁や毛布にくるまれて一つ置いてありました。
「アスカさん!これはドラゴンの卵ですか?」
ティーアは初めて見た卵に興奮を隠せずアスカさんに聞きました。
アスカさんは満足そうな顔をしていました。
「そうだよ。ちょっと前に届いたんだけどね。もうすぐ孵化しそうだからこっちに移したのさ。」
「へえー。でも、アスカさんは孵化器は使わないんですか?」
孵化器とはその名の通り卵を孵化させる時に入れておく器具でドラグニアではドラゴンの卵をかえす時には必需品になっているものです。
何でも普通より早く孵化するとか病気になりにくいとかでロックはこの間いっぺんに5個の卵を孵化させたと自慢してきました。
…………全く腹立たしいです。
「そうだね。あれを使えば効率良くドラゴンを育てることは出来るけど私はあれあんまり好きじゃないんだ。それにこの子たちはあんなもの使わなくてもしっかり生まれてくるよ。」
アスカさんは卵を優しく見つめながら言いました。
なんとアスカさんの優しさの伝わる言葉でしょう。
流石はアスカさんです。
「じゃあ、生まれてくる子が、楽しみですね。」
「そうだね。ティーアは初めてだもんね。それに真っ白い卵は珍しいから私も楽しみだよ。」
「そうなんですか?」
ティーアは卵といえば真っ白というイメージなので驚きました。
「そうだよ。普通は何かしら模様があったり卵に色がついているんだよ。それで何の種類が生まれるかだいたい想像がつくんだよ。でも、真っ白い卵は珍しい上に何が生まれるか分からないんだよ。生まれてみないと分からないんだそれが楽しみなんだ。」
アスカさんはドラゴンの話を本当に楽しそうに話します。
それを聞いているとティーアの方も楽しくなってしまいます。
「それは本当に楽しみです。ティーアにも見せてくださいね。」
「ええ、勿論。そういえばティーア買い物から帰ってきたんだね?」
今さらですか?
本当にアスカさんはドラゴンがらみになると周りが見えなくなる人です。
「ええ、さっき戻りました。飼料はちゃんと飼料置き場に私を分かりやすいように分けて置いておきました。」
「そう。ありがとう。後で見るよ。ドラグニアの街中はどうだった?」
アスカさんが奥でごそごそと何かしながら聞いてきます。
アスカさんはあまり街には降りていきません。
ほとんど買い物はティーアに任せます。
「ええ、いつも通りです。活気がありましたよ。後ガイドさんがアスカさんに顔を見せろと伝えてくれと言われました。」
「ふーん。あのおっさんがね…………考えとくか。それより今日は知らない人に付いていかなかった?アメあげるよ。とか言われなかった?付いていったらダメだからね。」
「声をかけられてませんし、付いていきません!全くアスカさんはいつまでもティーアを子供扱いするんですか?」
しかも、それって本当に小さい子供の扱いじゃないですか!
確かにティーアは16歳にしては背も大きくないし、顔も子供っぽいとよく言われますが、もう心は立派な女です。
体だってあと数年すれば成長します。
きっと…………
「ごめん、ごめん。ついつい。ティーアは可愛いから。」
「ふん、そんな事言ってもティーアは騙されませんよ。」
そうです。
ティーアはそんな簡単に甘い言葉で乗せられたりしません。
「はい。はい。」
アスカさんは流すように適当な返事をしていました。
「そういえばアスカさん。」
「ん?何?」
「今日街の中でクオールを見ました。」
「そう。…………クオール元気そうだった?」
「うーん。下から見ただけなので表情までは…………でも大きくて格好良かったです。」
ん?アスカさんが一瞬…………まあ、気のせいでしょう。
「そう。あの子は心配無いわよ。何てったって私の育てたドラゴンだから。」
……やはり気のせいでした。
アスカさんはこれぞとばかりに得意げです。
でも、その通りです。
「さあ、そろそろお仕事しましょ。卵の世話してたから掃除がまだなの。ティーア、手伝ってくれる?」
「はい。分かりました。」
アスカさんはいつもこの時間帯は竜舎の掃除をしているのですが今日は卵のせいもあってティーアに頼んできました。
普段は中々この時間の掃除はさせてくれません。
洗濯なんかをしてることが多いのでアスカさんがどんな仕事をしているのかが見れるのはラッキーです。
「じゃあ、着替えるから先に行ってて。」
そう言うとアスカさんは服を脱ぎ出しました。
アスカさんはいつも通りの掃除時の格好になります。
でも…………
「アスカさん!そろそろ竜舎の掃除の時はタンクトップ辞めませんか?危ないですよ。」
「ん?大丈夫!大丈夫!」
アスカさんはそう言いますが普通はオススメ出来ません。
ドラゴンは皮膚が固くて突起している部分も多いのでたまに引っ掛けて切ってしまうことがあります。
ティーアもヤットに一回服を引っ掛けて胸元が割けたことがあります。
あの時はとても驚きました。
「ティーアもタンクトップにしなよ。汚れても大丈夫だし。こっちの方がドラゴン達の質感とかを直接感じられるよ。」
アスカさんはこう言いますがティーアはまだあの時の事がトラウマなのです。
「すみません。ティーアは普通に服を着てやります。」
「そう?残念ね。せっかくティーアのタンクトップ姿を横から覗きたかったのに。」
…………やはりこの人はただの変態かもしれません。
ティーアの貞操のためにもきちんと作業着を着てやることにしましょう。
この後たっぷり一時間ほどかけて竜舎の掃除をしました。
ティーアはアスカさんのしていることを逐一観察しましたが、ティーアの目にはアスカさんはドラゴン達と遊んでいるようにしか見えませんでした。