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霞の蜃気郎 ~抜け忍狩り~  作者: 当占七生
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 其之四

 『 裏切り者は消せ!!! 』


 余りの気まずい雰囲気に、三匹はそれぞれ天井を見上げたり、後を意味なく振り返ってみたりして、黙る。

 その時、主計係のお女中が紙の束をヒラヒラと示しながら声を掛けてきた。


「あの、首領…………置屋からツケの請求が来てるんですがね」


 すると陰也斎は一瞬顔をそらし、右首筋の辺りをぽりぽりと掻きながら、言った。


「今は出張中ぢゃ。」


「 …… 」


 呆然とした鼠の三兄弟は顔を見合わせ、思った。


 ( ――この爺さん、イカれとるンとちゃうか? )





 揃って足抜けを決意した四人は、素早く逃避行へ移っていた。


 取り敢えず命の危険が及ばない安全な場所まで、一刻も早く到達しなければならない。

 追っ手が掛かるとすれば、今度こそ《寝返り無し》の手練れがやって来る。


 念珠の三兄弟もそうだが、他の者だって居る。

 蜃気郎が一番避けたい恐ろしい相手は、同じ〝忍びを狩る忍び〟暗器部の手練者だろう。

 義兄も姉もそうだろうが、アカネは〈何処でもいいから〉一刻も早く、落ち着ける環境に身を置きたかった。 


 もう、とうに他所の領地……《葉隠れ者》の郷に入っているが、まさか夜中に山中に人を配してまで見張る筈はない。


 (ここは猟師や密教僧だって入り込めない場所だ。躱せるさ)


 そう自分に言い聞かせた矢先

 頭上から首の後にかけてゾクッとする冷気を感じ、左右の木立の枝から、微かに葉の擦れる音が聞こえた気がした。

 柔らかい筆に撫でられた様な、この冷気の正体が【殺気】である事を、アカネは知っていた。

 三つの気配が、左右後方から取り囲む様に迫ってきている。


 この時、遥か前方に小さな二つの炎が灯り、消えるのが見えた。

 その一瞬、ホンの僅かな炎を、二つ並んだ鏡の様なものが反射し、炯々と橙色に光る。

 しかも、素早いのは対象が非常に小さいためだと判った。


 (人間じゃないのかっ!?)


 『 〝忍猫〟だ! 油断するなっ 』


 義兄・蜃気郎の声が響く。

 愕然とするアカネの脳裏に、念珠兄弟のガジの「〝猫忍〟は空恐しい」という声が甦り、思わず眉間に皺をよせる。


 ( ……サイアクの大当たりかよ! )


 いきなり、ネズ公どもすら怖れる【敵】最も会いたくないヤツラと遭遇したのだ。


 『 いえーい! 猫ちゃんネコちゃんネコチャン♪ 』


 ヤマネのハシャぐ声が聞こえる。

 カワイイもの好きで、脳天気な妹にとっては〝鼠忍〟の三兄弟同様に、仲良くなりたいだけの愛玩動物なのだろう。

 しかし、アカネの緊張感は増していく。


 更に前方を塞ぐが如く、二匹の獣が現れ、いつの間にか包囲は五匹に増えていた。


 (どうしてっ……鳴子に触れた覚えは無いぞ……何時も見張ってるのか?!)


 重圧感から顔が引き攣り、咄嗟に懐中に手を入れる。


「 駄目よアカネッ、落ち着いて! 」


 後方の姉が声で制し、次女は何も持たない手を懐からだした。

 認めたくない己を戒め双眸を閉じ、開いて、何とか現実逃避を捨て去った。

 考えると、アイツら猫は夜行性なんだから、夜にウロついていても不思議ではない。


 先ほど前方に見えた二つの炎は、新手が合流する合図だったようだ。


 見ると、前方をゆく小さな二匹が真ん中の左右の腕を上下させる動作で、何事かを伝達せんとしている。


 「誘導するそうだ『大人しく従えば攻撃はしない』そう言ってる」


 先頭の蜃気郎が擦れたような声で呟く。


 (義兄も緊張しているのだろうか)

 自分の口の中が、やたらと乾いているアカネは思った。


「マズイな……忍びと悟られないように、旅の祝祷人か軽業師にでも成りすまして入りたかったんだが」


 蜃九郎はもはや廃棄となった行動案を、自嘲気味に披露する。


 しかし、既に掟という枷を断った義兄や姉も自分も……そして、何事にも頓着ないヤマネにとってもおそらく、そんな事はどうでもよかった。

 蜃気郎は「因習や掟に縛られぬ、日の当たる場所で生きたい」と言った。

  それは忍びとしての生き方を完全に捨て、例えば帰農するか、町で農工・商人になる事だろう。


 実際、組織としての里への依頼はあっても、一匹狼的な忍び個人に対しての招請はありえない。 

 信用もなく、大名への仕官など尚更難しい。


 しかし他の里を通過する以上、接触して仁義を通し、一時的にせよ匿ってもらう必要に迫られるのではないか。 

 総ては生き延びる為に。


 そして、この猫忍たちこそ自分たちを遠い将来へ誘う、標となるかもしれない。



 (漆黒の闇の行く手には、何が待っているのだろう? 希望という光か それとも――)



 アカネは胸の中で谺の郷唄を、大音声で口ずさんだ。

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