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霞の蜃気郎 ~抜け忍狩り~  作者: 当占七生
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 其之弐

 (それにアイツ……確かに変わってたけど、親切な所もあったりするのよねぇ)


 サヤカは以前から、怪我をして墜落した鳶やフクロウといった鳥を治療・看護して、自然に帰す――といった行為を、彼がやっていたのを知っている。


 確かに蜃気郎という男は、取り分け無辜のものに対して、優しい一面をのぞかせた。


 サヤカは、放してやった鳥が遠くへ飛び去り、遂には見えなくなっても、その方向をずっと無言で見つめていた彼の姿を思い浮かべた。


 (あの頃よりずっと以前から、足抜けを考えていたのかもしれない)



 サヤカ本人は全く気が付かなかったが――――


 その表情は、内心の変化に応じて盛んに転換しており、いつの間にか百面相の態を成していた。九歳になる三女のヤマネが、雑炊を頬張りながら首を捻りつつ、不思議そうに其れを横から仰ぎ見ている。


 (姉貴ぃ…… なにやってんだ?)


 姉の胸中を察するアカネも、痛ましい思いで傍観していた。


 それは、下手な介入が人の恋路を邪魔するものとして、痛い目に遭うことを承知しているから。

 実は以前、姉の窮状を見かねて、義兄を追及した事があった。



 『 やい蜃気郎っ テメェ姉ちゃんの事なんだと思ってんだ! いつまでも女を待たせんじゃねェ!! 』



 サヤカを思っての行動だったが、突然その姉に背後から張り倒された。


 しかも、思いっ切りだ。


「 ちぇっ、もう知るもんか! 姉貴のことなんか…… 」


 愛する男が責められていれば、相手が誰であろうと、理由の如何を問わず助けたくなる。

 ――恋する乙女の心は複雑怪奇だと思った。そして姉妹と言えども、迂闊に踏み込めないのが恋愛だと自覚した。


 (親しき仲にも礼儀ありってねぇ。あたしはまだ経験ないけど、恋っていいものなんだろうなぁ…………)



 しかし、こうなればもう黙って見てはいられず、食事の手を止めて言った。 


「…… なあ姉貴… アイツは姉貴を棄てたんだよ」


「………」


「言い交わした女を放って里抜けしたんだから」


「………」


 姉はその言葉を黙って聞いていたが、眉をひそめ 辛そうな表情でうつむいた。


 ―言う方としても辛いが〈本人の為〉と思うから、敢えて口に出した。


「蜃気郎は殺す! これは変えられないよ」


 相手は尋常ならざる手練れであるから、迷いがあれば返り討ちに遭うのは必至である。

 彼女は熱い山菜鍋に息を吹きかけて冷ましながら、決心がぐらつきそうな姉にクギを刺しつつ、具を頬張った。


 たが次の瞬間、異変は起こった。


「 うっ!? 」


 不意に呼吸が苦しくなり、指先が痺れ感覚を失った。そのため手にしていた椀を取り落とし、さらにその症状が全身に拡がっていくのを感じた。 


「かっ……体がっ、かはっ……し、痺れ……る…………!?」


 無表情にその様を見ていた三女のヤマネが、ニヤリと満面の笑みを浮かべる。やがて不意に立ち上がると、指さしながら叫びだした。


「 ぎゃ――ははははは、アカネちゃんてば。引っ掛かった引っ掛かった! キャハキャハ ほ――――いっ! ハハハハハハハ……!! 」


「( …………! )」


 キャピキャピと大はしゃぎで転げ回り、足でバッタバッタと地面を叩いて喜ぶ妹の前で、アカネは地面に投げ出された汁物の中身を見て、愕然とした。


 山菜類に混じっていたもの。笠の凹凸が影のかかり具合によって野晒し(髑髏)にも見える、不気味な形が特徴の其れは――――


 (こりゃ…… ドクロシメジじゃねーか!? やられた!!)



 そう言えば、姉の為に蜃気郎に文句を言ったにも拘わらず、何故か姉にドつかれた時。落ち込んでいた自分へ、ヤマネが膳を用意してくれた事がある。


 てっきり妹が〈小さい姉〉を気遣い慰めるために作ってくれたのか、と感激して食べたところ――……口に運んで四半時足らず。やはり体が麻痺し、芋のように転がり動けなくなった。


「 ふぁにひぃれたふぁ(何入れた!?)」


 意識が遠のきそうな、瀕死の状態で問い詰めたところ、妹は一言。


 『 うほほほほ。シビレ薬よwww 』



 (そうそう。こういうヤツなンだよっ、コイツは!)


「 ナーハハハハハ! ナハ、ナハハハ…… 」


 狂喜乱舞しているヤマネだったが、やがて幼女自身にも異変が起こった。


「はは……あれっ!? ハニャ!…… ハハ、ハハハハ……」


 口を塞いだり、顎を押さえたりしながら、目をパチクリさせ始める。

 その様子を腹這いで苦しげに見上げていたアカネは こちらも歪んだ笑みを浮かべて、妹をなじり出した。


「ふんっ …ヤマネのぶぁ~~~かっ! こんなコトだろうと思って、アタシの方だってな……」


 大きく痙攣する右手を懐中にしのばせたアカネは、声を振り絞り、叫んだ。


 『 コイツを入れておいたんだよぅーーーーっ 』


 アカネが懐から投げ出したそれは、まだら模様。笠が縦長にすぼまった見慣れぬキノコだった。


「わっはははは、わ、笑いダケ……! やだぁ――――!! アカネちゃんてば。ハハハ、ズルーイ! ぶひゃっひゃっひゃっひゃっ……!!」


 だんだん、と地面を叩く。大笑いして悔しがるヤマネだったが、直ぐにその場でゴロゴロと転がって苦痛を訴えだした。


「くっ苦ひぃ――っ ひひひひひひひ、……ひいーーーーっ、いっひひひひ」


「アタシもだよう…………ザマーミロっ、このヤローーー!!」


 アカネも、自ら苦しみにのたうちつつ、嘲った。


 二人の妹の狂態にも〈心此処に在らず〉と焚火の前で動かない長女のサヤカだったが、突然 聞き覚えのある声に呼び掛けられた。


「サヤカ…!」


 (ハッ)と我に返り、立ち上がろうとした瞬間。頭上から目の前へ、黒い忍び装束を纏った仮面の男が降り立った。


 『 蜃気郎っ……!? 』


 彼女が叫ぶのと、取り出した三本の手裏剣を投げ打つのは、殆ど同時だった。


 彼の鉄籠手が鮮やかな火花を散らして、それらすべてを弾き飛ばす。

 手裏剣をかわすと同時に、男は大きく跳躍した。

 サヤカは小刀を抜き放つ。


 身構える寸前、後方に男が降下してきたので、そのまま振り返りざまに喉元めがけ、思い切り刃を突き立てんと繰り出す。

 しかし一早く相手の左手に手首を捕らえられ、左手首も男の右手に掴み押さえられてしまった。


「裏切り者めっ 覚悟をおしっ……!」

 満身の力を込めて、切っ先を相手の胸に押し込まんとする。……が、男の力には如何ともし難く、微動だにしない。

 咄嗟に(股間を蹴り上げてやろうか)と考えた時、男は意外なことを口走った。


「サヤカ、お前を迎えに来たんだ。一緒に行こう!」


 ( なっ!?)


 瞬間、カアッと頭に血が昇って叫んだ。


 『 妹 た ち を あ ん な 目 に 遭 わ せ た 奴 と、 誰がっ! 』


 蜃気郎は這いずり、転げ回る二人を一瞬振り向き、素っ頓狂な声で言い返した。


「アレは俺がやったんじゃないだろ!! どこ見てたんだよっ」


 ……そうだった。


 でもそれに気が付いたら、今度は顔から火が出る程の恥ずかしさがこみ上げて来て、絶叫した。


 『 な なによう! 私に黙って飛び出していって――っ 』


「敵を欺くにはまず婚約者だよっ 仕方無かったんだ!」


「 調子のいいコト言わないでよォ、この馬鹿馬鹿、バカ、ばかぁ!! 」

 暫しの間。狗も喰わない痴話げんかと〈く、苦ひいーっ! ヒヒヒヒヒ〉という気味の悪い笑い声とうめき声が、深夜の奥深い森の闇に響き渡っていた――――……。





 一刻ほど後。


 やっと落ち着きを取り戻したサヤカは、焚火の前で座っていた。 

 傍らには小康状態の妹二人が静かに寝息を立てている。


「解毒薬を飲ませておいた。しばらくの間睡れば、もう大丈夫だ」


「……」


 サヤカは膝を抱いた姿勢のまま無言だった。


 蜃気郎は少し間を置いて、言った。


「…………きっと お前達が差し向けられると思ったよ」


「……」


「そんなやり口にもウンザリしたのさ。古い因習や掟に縛られる毎日に」


「……」


「仮面を捨て去れば、日に当たる生活も待っている筈だ」


 彼は立ち上がりながら振り返える。ゆっくりと仮面を外し、そのまま地面に落とした。


「 お前たちは、俺が守って見せる 」


「……蜃気郎…………」


 サヤカは焚火の炎に照らされたその素顔を、今はっきりと見た。


 そっと唇を合わせる……。

 彼に身を委ね、運命を共にすることへの躊躇いは消えた。


 ( ただ妹たちはどう思うだろう……ヤマネは小さいから未だしも、アカネは…… )


 妹は家族想いで気立てのよい子だが、直情径行で融通の利かないところがある。 

 以前アカネが蜃気郎に抗議している現場に、偶然居合わせた時の事だった。


 『やい蜃気郎っテメェ姉ちゃんの事なんだと思ってんだ! いつまでも女を待たせんじゃねェ!!』


 苦しむ姉の姿を見かねて、代わりに文句を言ってくれていたのだろう。


 (ううっ、アカネ……)


 物影で垣間見たサヤカは涙した。


 ……でもそこで姉は、フトある事に気が付いた。


 居合わせた周囲の里人たちは、その様子にくすくすと失笑している。

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