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【小説】 魚物語①

作者: はべろん


 まず、私の姉、朝美について話そう。そいつは私と同じ顔で同じ日に生まれた。まぁ双子ってやつである。なんにでも手を出し、きっちり片付けるという私とは逆の性格をもっている。

 夏休みの初日、私はのんびりと目を覚ました。背伸びをしてベッドをでる。二段ベッドの上に朝美はいなかった。もう起きたのか。いや、12時じゃしょうがないか、とダイニングへ向かう。すでにテーブルには昼ごはんがあった。母と朝美も今から食事のようだ。

「もう、あんたは!朝美は夏休みでもしっかり起きたわよ!」

 そんな母の小言を無視して席に座った。じゃあお母様、あなたもしっかり素麺以外の昼食をつくってください。

 ちゅるちゅると冷たさを味わってようやく目が覚め、私は気づいた。前の席に座っているのは朝美ではない。 なんか。そう。

 魚だ。

 うん、玄関の水槽の中にいたはずの金魚が巨大化し、朝美の代わりに素麺をすすっている。なかなかグロテスクってかお母さん!朝美は!?私の驚きに気づいたのか、金魚はすっとヒレを口元にもっていく。黙ってろってことか。私が了解、とうなずくと満足気に再び素麺を食いだす。よく箸が使えるなと思っていたら落とした。気にせずつゆごと素麺を飲み干す。

 お母さん気付け !!

「母ちゃん、つゆとってぇな」

 大阪弁!!お母さん気付け!!

「あら、薄かった?」

 気付けよ!!

 ははは、これは夢だ。なんて愉快な夢だろう。そうだ、寝直そう。

「ごちそうさま」

「ごっつぉさん」

 一緒に食べ終わっちまったよ。

「朱美ぃ、ちょっと来いや」

 とヒレ招きする金魚。なんか逆らえずについていく。金魚は私を玄関まで連れて行き、水槽をヒレ差す。

「朝美!!」

 私と同じ顔の人間が縮小化されて、水草をベッドに眠っていた。

「おめぇ気付いたんやなぁ、わいと朝美が入れ替わっていること」

「朝美をどうする気!!」

 かっこよくポーズをつけて聞いたが金魚はわっはっはっと笑った。

「なーんもせん、ただの生活の交換や。夏休みやからな」

 なんか、こいつムカつく。

「今日からしばらくわいが姉貴やで。よろしゅう頼んまんわ」

 ほんとにこいつはなんなんだ。


 一週間。私は金魚を観察した。

 朝は早起きだし、家事をこなし、ボランティアにも参加。近所への挨拶もさわやかにこなしているようだ。あと勉強もたくさんしている。くやしいことに私より頭がいい。そう、真面目だ。そうだ、これは朝美の毎年の夏休みだ。

 逆に水槽の朝美は一日中水の中でほわほわとしている。こんな朝美は見たことがない。水中は冷たくて気持ちよさそうだ。かるく水温計で水をかき回すと驚いたようにくるくると泳ぎ、私を見た。

「いいのかぁ、貴重な夏休みが金魚に盗られているぞ~」

 水の中に音は伝わらないようで、くりっと首をかしげられた。


 一週間と一日目。

「朝美、朱美、ちょっと来て!」

 お母さんは私らを呼び集め金魚にメモを渡す。それには文字がびっしり書かれてる。

「今日安いのよ!」

 ああ、だから二人(一人と一匹)で買い物に行って来いってことね。金魚並んで買い物をする。なんか、なんか嫌だ。いや、百歩ゆずっていいとしても、こいつの性格が好きじゃないから嫌だ。

「朱美、置いて行くで」

 ああ、はいはい、わかりましたぁ。

 安売りの行われているスーパーへ向かって歩いていると、子供の集団とすれ違った。どうやら保育園のお散歩タイムのようだ。その中の三、四人が金魚を見て不思議そうな顔をしていた。

「…ばれてるよ」

「んあぁ、あんくらいのガキには見えるな。まさか高校生のおめぇに見えるとは思わへんかった」

 私は幼稚園児と同じレベル?

「まぁ、おめぇの場合は‘力’みてえなもんがある。金魚掬いでわいを掬えるたぁ、何かしらの‘力’が必要やからな。まぁ、世話したんは朝美やけど」

 そうだ、こいつは中学生のときに祭りで私が掬ってきたんだ。なんで捕っちゃったんだろう。あ、こいつが一番元気がよくてレアものだと思ったんだ。なんで捕っちゃったんだろう。そうすればこいつと並んで歩くことはなかったのに。

「ねぇ、どうして朝美と生活の交換したの?」

「そりゃあ、朝美に必要だったからや」

「朝美が金魚になる必要が?」

「ちょっとちゃうな、おめぇの姉貴には休む時間が必要だったんや」

 わからん。夏休みだからごろごろし放題ではないか。ふぃーと金魚がため息をついた。

「朝美の性格、考えてみぃ」

 真面目でなんにでも手を出し、その全てをやり遂げようとする頑張り屋。かな。

「人間はな、回遊魚やない。動き回らなきゃ呼吸ができずに死ぬ、なんてことはないんや。体も精神も、使いすぎれば壊れちまう。でもな、朝美はもうそんな生活が染み込んでいて休むことを忘れたんや。自分でもあかん思ってっても頑張ってしまうんや。辛いで、ほんまに。せやからわいは朝美と生活の交換をしたんや。休むことを思い出させるためにな」

 なんかいきなりかっこいいこと言いやがった…そうか、朝美は休めなかったのか。

「おめぇはもうちょっと動いた方がええな。肉付きすぎやないか?」

 むにゅっと腕の無駄肉つかまれた。

「セクハラ!キモい!」

と思いっきり金魚の尾びれを蹴った。おふっ、と言って倒れた。ざまーみろ。野良猫が数匹、弱ったと思われる金魚にかぶりついた。

「痛いがな!痛いがな!」

 ビチビチと暴れる巨大金魚。うーん、猫にも金魚に見えているのか。

「も、もうあかん」

 あ、死んだ? あ、死なれたら朝美は元に戻らないかも!それは気持ち悪い!と野良猫を追い払う。

「ほんなこつ、おなごはおそろしかばい」

 えっ、九州弁?こいつ大阪魚じゃないんかい。ってかもともと悪いのそっちだろ、謝れよ。

 買い物も終わり、お釣りで買ったアイスを食べながら帰る。

「やる。お姉さんからのプレゼントやで」

 金魚は私に最中アイスの中身バニラをベチョっと渡した。サクサク部分が好きなようだが、私にデロデロのアイスを渡すのはふざけている。

「誰がいるか!」

 と、アイスを顔面にぶつけてやった。


 次の日、金魚と朝美は元に戻っていた。

「おはよう、朱美」

 偽大阪弁でも偽九州弁でもない、朝美だ。休んだおかげか、いつもより元気そうだった。

 そして金魚は、朝美的生活に疲れたのか動きがどことなく鈍かった。しかたないなぁ、と私は水槽に最中アイスのサクサクをひとつまみ、入れてやった。

10年ぐらい使いまわしてる小説。つまりお気に入り。

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