シャルルと隊長は開発が済むまで本番はイタしません絶対に
※わりとがっつりBL
隊長は今日もカッコいい。
とある騎士団の鍛錬場で、麻布で汗を拭く隊長を人垣の隙間から見つめながら一人の団員―シャルルはそう思った。
隊長は今しがた総長との一騎打ちを終えたばかりである。一進一退の攻防は息をのむ展開を生み出し、それが木剣で行われている鍛錬であることを忘れさせてしまうようだった。それもそのはず、総長は言わずもがなこの騎士団で一番の実力を持つ人物であるが、それに対峙した隊長は二番の実力を持つと言われている人物だ。そんな2人が戦えば緊迫した試合展開になることは必然だった。麻布でその珠のような汗を拭きながら笑っている隊長は、その少し前まで鬼のような顔で総長と剣戟をふるいあっていたのだ。隣で隊長の肩を抱き慈愛に満ちた表情を浮かべている総長とである。
老齢に片足をつっこんでいる総長に比べて、隊長は若い。総長は当然ながら全団員からの尊敬を集めているが、隊長が集めているのはどちらかといえば憧れだった。シャルルの隊長を見つめる熱いまなざしも憧れである。シャルルはそう思っていた。否、そう自分に言い聞かせていた。隊長をカッコいいと思うこの気持ちは憧れであってそれ以外の何物でもないのだと、シャルルは常々自分に言い聞かせている。珠のような汗が流れる首筋や、その汗で体にぴたりと張り付いたシャツからうかがえる胸板、腰、そしてすける胸に目がいってしまうのも、その憧れのせいなのだと。
じっと見つめていると隊長がシャルルを見た。
「…!」
シャルルはばっと目をそらす。目が合った、とシャルルの心臓が跳ねた。怖くてもう一度隊長の方を見ることは出来ず、シャルルはその場を立ち去ることにした。早い話が逃げたのだった。
人目につかない場所まで逃げてきたシャルルは壁に手を当てて深いため息をついた。
「はあ…」
シャルルは自分の行動を後悔しているのだった。目が合ってしまって慌てて逃げるなんてことは幼い子供がすることだ。きっと隊長は不審がっているだろう。しかしシャルルはそこで否、と頭を振った。隊長が自分のような身体能力の高くないただの団員を気にすることは無い、と考えた。冷静になってみれば簡単なことだった。
「しかし、俺の行動はおかしい…隊長と目が合って恥ずかしいなんて、それはおかしい…」
やはり自分の行動を顧みては後悔しかなかった。シャルルは片手で両目を覆ってしまう。
「あれじゃまるで、いやだいたい俺は女の子が好きだし…ドーテーでもないし…ただの憧れだから…一瞬の気の迷いで、いやそもそもどうしてこんな自己暗示が必要なんだよ…」
ついにずるずると壁伝いにしゃがみこんでしまう。シャルルはドーテーではなかった。騎士団に入って初めての給料で女を買った。それはシャルルにとってひとつの儀式だった、今までの自分を捨てるための。ただしそれ以来シャルルは女を買ったことはなかった。
「今度また金はたいて買うかな…」
しゃがみこんだまま、シャルルは心にもないことをつぶやいた。
シャルルはそれからも一度も女を買うことがないままある夜がきた。その夜、騎士団の寄宿舎にはシャルルのほかには誰も居なかった。みな外へ酒を飲みに出かけていた。誰も居ない寄宿舎は灯りが無い。シャルルはランプを手に廊下を歩いていた。その足は屋上へ向かっていた。
屋上へ続く天井扉を押し上げると、そこにはシャルルが屋上へ向かう理由が燦然と輝いていた。普段は寄宿舎の灯りがジャマをしているのだが、この寄宿舎にシャルルしか残らない夜にその灯りは消える。そして星々が輝く夜が訪れるのだ。この夜にはランプの光さえわずらわしい、とシャルルはランプの灯を消して寝ころんだ。
視界いっぱいに星が飛び込んでくる、否、視界には星しか飛び込んでこないと言うべきだった。シャルルはこの時、いつも自分が空に浮かんでいると錯覚した。それからまたもうひとつの錯覚を覚える。
「世界にひとりきりみたいだ」
シャルルはこの錯覚をするのが好きだった。理由はわからないがこの錯覚をすれば満足感が得られた。それからシャルルは目を閉じる。数秒目を閉じてまた目を開けた時、信じられないものが飛び込んできた。
「よう」
信じられないものは軽い挨拶の言葉をかけたが、シャルルは驚いて声を上げることができなかった。その代りに口があんぐりとあいた。数秒してからシャルルの口から絞り出したような声が出る。
「隊長」
シャルルの視界には逆さまになった隊長が飛び込んできたのだった。シャルルが絞り出したような声で呼ぶと、逆さまの隊長がシャルルの視界から消えた。シャルルが慌ててそれを追うと、隊長はシャルルの隣に腰を下ろしたようだった。シャルルの困惑したまなざしを余所に隊長は星空を見上げてつぶやいた。
「世界にひとりきりみてえだな」
シャルルは息をのんだ。
「いや、今は世界にふたりきりか」
隊長は星空を見上げたままそう言った。シャルルは困惑していた。なぜ隊長が寄宿舎にいるのか、なぜ自分の独り言を隊長が知っているのか、なぜ隊長が自分の隣で腰を下ろしているのか。すべてがわからなかった。困惑したまま隊長から目をはなせないでいると、隊長が急にシャルルを見た。ばっと目をそらしたが、隊長がこっちを見ろと言うのでシャルルはまた隊長を見た。その瞳はやはり困惑したままだった。それに対してシャルルを射抜く隊長の群青色をした瞳はまっすぐだった。隊長はまっすぐな瞳でシャルルを射抜いたまま口を開く。
「お前、俺が好きか」
「えっ」
まっすぐな瞳に核心をつかれてシャルルはどきとした。シャルルの瞳は揺れる。返事が出来ないでいると隊長が、なあ?と返事を催促するのでシャルルはあわてて言葉を出した。
「あの、好きとか、いやあの、カッコいいとか、憧れるとかそういう気持ちはありますが、その、ストレートにそう聞かれてしまうと、返事に困ります」
シャルルの返事に隊長はふーんと言った。
「まあいいか」
「え?だ、おわっ!」
それから一言つぶやくと、隊長はいきなりシャルルに手を伸ばして右手で二の腕を、左手で腰を掴んだ。そのままぐいと持ち上げるとシャルルは隊長の肩に担ぎ上げられる形になる。シャルルは条件反射的に暴れるが、隊長が暴れると落ちるぞと警告すると大人しくなった。しかしシャルルの頭は思考が暴れて混乱したままだった。隊長はなにがまあいいのだろうか。なぜ自分は隊長に担ぎ上げられてしまったのか。やはりすべてがわからない。
「ここでもいいが、まあ最初ぐらいは優しくしてやるか」
「え、あの何をおっしゃってるやらわからないんですが、えっどこ行くんですか?」
シャルルの思考が追いつかないまま隊長はてきぱきと次の行動へ移っている。隊長がずんずんと屋上のへりへ近づく。
「えっ隊長どうされるおつもりで」
「しっかりつかまってろ、落ちるぞ」
「いやつかまると言ったってどこに」
「俺の首でいい」
言われた言葉にためらっていると、隊長がはやくしろと急かすのでシャルルはおそるおそる隊長の首に手を回すことにした。その次の瞬間、体がふわりと浮いた気がした。シャルルは恐怖に息をのむ。そして直後にシャルルは隊長に担がれたまま落下していた。恐ろしさのあまり声も出ない。
着地の衝撃はとてもやわらかかった。隊長はどうやらただ飛び降りたのではなく屋上にかぎづめをひっかけ、それにつないだロープをつたって降りたらしかった。しかしシャルルはすっかり意気消沈してその事実には気が付かない。シャルルは恐怖のあまり考えることをやめた。隊長が何事も無かったかのように歩き出しても、シャルルはこれからどこへ向かうのだろうなんてことは考えなかった。
シャルルが再び思考を取り戻したのはやわらかいベッドに投げ出された時だった。同時に隊長もシャルルに覆いかぶさるようにベッドに飛び乗ってくる。シャルルは慌てて片肘で体を支えて右手を突き出し待ったのポーズをとる。
「いやあの隊長、ちょっと、じゃないほんっと待ってもらえますか!」
「ああ?何だよ」
待ったをかけられた隊長は理由はわからないが怒っていた。その様子にシャルルはひるみそうになるがこれは待ったをかけなければ隊長が怒るよりとんでもないことになるので決死の思いで待ったをかけつづける。幸いなことに隊長は怒りながらも待ったをきき入れてくれたのでシャルルは訴えを開始する。
「あの、隊長は俺とこれから何を致すつもりで?」
「そりゃ、ナニをイタすつもりで」
隊長はいかにも”しれっと”という表現が似合う表情でそうのたまった。アクセントが違うのでシャルルは隊長が言わんとしていることはすぐにわかった。女を買ったことは一度しかないがそういった下世話なことがわからないシャルルではない。
「えっと、なぜ?」
「お前、俺が好きだろ?」
質問に質問で返されたのでシャルルは困った。困ったがこれを弁解しないとさらに困ることになるのであわてて弁解する。
「あ、あのですね!好きっていっても違うもので!えっと、あったとえば隊長は総長が好きですよね!?」
「あ?あーまあ、尊敬はしてるが」
隊長は突然の質問に対して強い否定はしなかった。しめたとばかりにシャルルは畳み掛ける。
「その気持ちを好きって言い換えることはできますよね?ね!」
「まあ…」
隊長はどこか納得のいかない表情だがここで弱気になってはいけない、とシャルルはさらに畳み掛けた。
「その好きにこういう肉欲的な気持ちはないですよね!」
「ねえな」
ついに隊長の口からはっきりと否定の言葉を引き出すことが出来た。シャルルはとどめとばかりに一気にまくしたてる。
「だから俺の気持ちもそれです!隊長の事好きですけどそれはやっぱり尊敬とか憧れであって!こういうことしたいわけじゃないんですよ!ていうかそもそも俺たち男同士です!隊長だってこういうことするなら女の人がいいですよね!?俺だって女の子が好きですよ!俺ドーテーじゃないし!」
言った。言い切った。明るい部屋にシャルルのぜいぜいという息遣いだけが響く。隊長は相変わらずシャルルに覆いかぶさったまま、その群青色の瞳でシャルルを見つめる。
「まあ、お前の言いたいことはわかった」
「わかっていただけました!?」
シャルルは安堵した。これで解放される、と。しかしそのようにはいかなかった。
「シャルル」
隊長に名前を呼ばれてシャルルの心臓が飛び跳ねた。シャルルの頭がまた混乱を始める。隊長はなぜ、自分の名前を知っているのか。ただの、それも出来が悪いわけでも良いわけでもないただの団員である自分の名前を隊長は呼んだ。自分をまっすぐに射抜く隊長の群青色した瞳からシャルルは目がそらせなかった。
「俺はシャルルが好きだ」
は?とシャルルは思ったが声が出なかった。隊長はなおも続ける。
「シャルルを抱きたいと思った、でお前も俺を好きだっていうから問題ないと思った」
「え」
やっと声が出たので、シャルルは反論を試みた。
「いやでも、俺の好きはそういう意味ではないと、今確認できましたよね?」
「んー…じゃあ、まあ、隊長命令ってことで」
「え、えーと、その命令はつまり、ナニをイタせと?」
「わかってんじゃねえか」
隊長はシャルルの反論を乱暴に論破してシャルルの首筋に顔を近づけた。シャルルはあわてて隊長の両肩をつかんで押し返そうとするのだが隊長はびくともしない。考えてみれば当然のことだった。
「いやあの、わかってはいるんですが頭での理解がおいつかな、あっ!?」
「まあまあ」
「いえまあまあじゃなくて隊長!」
ただでさえ力が入らないのに隊長がまるで犬のようにシャルルの首筋をかぐものだからどんどん力が抜けていく。さらに隊長がときどき甘く噛みつくたびにシャルルの体が跳ねる。ついに隊長の手はシャルルの腰へのびる。シャツ越しにその輪郭をなでられると抗議の声もままならない。そんな状態であるにも関わらず隊長の肩をつかみ押し返そうとすることをやめないシャルルに隊長は声をかけた。
「一度ヤってみりゃ考えも変わるって、な?」
「か、変わるって、そう言われても」
「優しくしてやっから」
「そういう、問題ではなく」
あるいは考えることをやめてしまって隊長に身をゆだねる方が楽なのかもしれなかった。しかしシャルルにはそれができなかった。ただ隊長を遠くから見ているだけで満足していたのに、満足しようとしていたのにどこでどう間違ってこうなったのかわからなかった。なぜ、という思いがシャルルの考えを支配する。
気が付けば頬が濡れていた。
「あ、おい、泣くほど嫌だったのか…?」
隊長の動きが止まり、先程とはうってかわって戸惑った表情で見下ろしていた。自分は泣いてしまったのだとシャルルは気が付いた。
「お、俺だって」
涙と共にシャルルの口からは本音が流れる。
「俺だって、悩んで、たんですから、好きだけど、憧れで、そういう意味のはず、ないって思って、だって男同士、なんて、やばいじゃないですか」
「そう言い聞かせてたってわけか」
シャルルは自分に言い聞かせていた。隊長のことを目で追ってしまうのは憧れのせいだと。うずく胸も憧れという感情のせいなのだと。それなのにその対象である隊長は性急に、そして乱暴にシャルルの胸をこじあけてきた。
「たとえそういう意味で、俺が、隊長のこと、慕っていたとしても、俺なんかただの、ひとりの団員だし、こんなことになるはず、そんなはず無かったのに」
手の甲やら手のひらやら両手を使ってあふれる涙をぬぐいながら泣きじゃくるシャルルに、隊長はガラス細工を扱うようにその手に触れた。それは乱暴にこじあけた跡を労わるかのような優しい手だった。それから隊長の優しい手はシャルルの涙で濡れた頬を撫で、耳を撫でて後頭部に回される。しかしシャルルにとってはその優しさでさえ、自分が秘めていた思いを引きずり出されるような乱暴な行為に感じるのだった。
「こんな、こと、名前まで、知っててもらえて、こんな、優しくなんか、されたら」
シャルルは胸のどこかで扉が壊れた音が聞こえた気がした。
「…俺、隊長を、求めてしまいます」
それと同時に、胸のつかえがとれた気がした。だんだんと涙も落ち着いてきたところで隊長が一言も発しないことに気がついてシャルルが顔をあげると、隊長は群青色の目を見開いていた。
「あの、隊長?」
「…お前、この状況でそういうこと言うか」
シャルルを見下ろす隊長の顔はほんのり赤い。シャルルはなにか嫌な予感がした。
「優しくしてやりたいが、少しだけひどいこともするかもしれん、許せよ」
「えっあの隊長」
隊長の目はだんだんと獣味を帯びてくる。それはまさに獲物を狙うそれだった。
「まあでも、安心しろ、開発には時間がかかるからな、本番がイタせるのはひと月後ぐらいだろう」
「か、かいはつ?あのちょっと言ってることがわからな、あっ!」
隊長は獲物の首筋にがぶりと噛みついた。
「ま、気長に頑張ろうなシャルル」
「な、な、なにをがんばれば」
「うーん、とりあえず朝まで気を失わないことか?」
「ひえっ!?ちょっ、いや、あのたいちょう」
気を失う直前、シャルルは隊長の群青色した瞳の中に星を見た。