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断絶夢幻のプロメテウス  作者: セトゥルルソン
第1章 夢と春のあいだ
7/8

記憶1

1-⑦b


 真っ白な世界。

『これはあれだ、またあそこっぽいな』

 またここに来ちゃった。

 そもそも、今日ってもう寝てたんだっけ。夢の中にいるということはそういうことなんだけど。

 ああ違う、墓参りの帰り道で奴らと遭遇したんだ。それで黒崎が来てサヤカ先生もいて、どうなったんだっけ。なんで夢見てんだ?

『こっちよ』

『うおっ!びっっくりした』

『もう驚き過ぎ。気づくのも遅すぎ』

 後ろから肩を叩いて声をかけてきたのは、ワンピース姿の香織ちゃんだった。

『ワッフワッフワッフ』

『おおう、ワッフルも待っててくれたのか。えらいぞぉ』

 おなかをくしゃくしゃに撫でまわした。

『普通驚くからね。油断しているところにいきなり耳元に声をかけられたら』

『和樹は何度もこの夢見てるんだからそういうことは察知しておきなさいよ。第一驚き過ぎるのも減点ね、男の子はもっと堂々としてなくちゃいけないわ』

 今日はやけに喋り倒すな。香織ちゃんも動揺したのかな。

『さあ、ひとまずスキルの確認をしてみなさいよ』

『うん』

【刀剣】、【牙】、【跳躍】、【頑丈小】、【睡眠耐性】、【ショット】、【シャープクロウ】、【斬撃小】、【浄化小】、【治癒小】

 そういえば、霊園で頭に響いた声がアナウンスしてたな。斬撃小と浄化小と治癒小をラーニングしたって。

 あの声なんだったんだろうな。

 ≪ペルソナです≫

 ほう、ペルソナですか。瑠璃色水晶のスキルだったっけ。

 ≪そうです、より正しくは【知恵】のスキルを取り込んだ結果、ペルソナの機能が拡張されてしまいました≫

 ごめんね、迷惑だった?

 ≪ええ、かなり≫

 すいません、出来心と思いつきで行動してしまいました。

 ≪よく反省してください。このダメ人間がッ!!≫

 そ、そこまで言わなくてもいいじゃないか。

 ……あれ?俺は誰と話してるの?

 ≪あなたの無意識下で使用されていない領域で私は稼働しています。ペルソナです。つまりあなた自身でもあります≫

 ややこしいね。

 ≪ええ、これでも一生懸命取り繕っています。私も所詮あなたですから、このダメ人間がッ!そろそろ化けの皮がはがれます。ところどころ挙動がおかしくなりますが流してください≫

 ハイワカリマシタ。

『和樹、何でボーっとしているの?』

『ボーっとしてないよ。瑠璃色水晶のペルソナっていうスキルと会話してた』

『そんな機能あった?』

『この前ペルソナに【知恵】のスキルを与えたら会話できるようになったみたい』

『ペルソナってすごいね』

 ≪ハッハッハーそうでしょうそうでしょう≫

 う、うぜえ。思い付きの行動は本当にダメだな反省しよう。みんなも思い付きの行動はダメだよ。だいたいよくない結果を生むからね。

 ペルソナと違って、ワッフルは俺にこの上なくなついて癒してくれる。憂い奴だ。足元でコロコロじゃれついてくれる。

『ワッフワッフワッワフ』

 ≪これはご丁寧にごあいさつありがとうございます。ワッフル兄さん、どうぞ宜しくお願いします≫

『ワッワフ』

 ≪それではお言葉に甘えてワッフルと呼びますね≫

 あれ、ペルソナ君。もしかしてワッフルと会話してる?

 ≪はい≫

 ワッフルと話せるの?

 ≪はい≫

 まじか!よかった。知恵のスキル与えてよかった。ワッフルと間接的に会話できるぞ!

 ≪そもそも知恵のスキルはワッフルからラーニングしたものですから≫

 ああやっぱり賢い子だなあ。撫でてやろう、撫でちゃうぞ。うりうり。俺は幸せだ。

『ワッフ!』

 ≪僕も幸せだよって言ってます≫

 ああ、良かった。そしてペルソナ、君もグッジョブだ。これからもよろしく頼むぜ。

 ≪ところでリングが全て埋まっています。ミックスアップをお勧めします≫

 うん。それじゃあこれとこれで。

 ≪【浄化小】と【治癒小】、及び【斬撃小】と【刀剣】をミックスアップ開始します。完了しました。≫

 【キュア:ダメージとエフェクトの負効果を癒し治す】

 【スラッシュ:斬撃を放出する】

 ふー、うまくいった。とりあえず【ショット】、【スラッシュ】、【キュア】をセットしとくか。これで近距離、中距離で戦える。

 だからと言ってティラノ型甲体を倒せるとは思えないけどな。

 それでも、【ショット】のおかげで黒崎を助けられた。

 いくら嫌なやつでも、目の前でただ傷つくのを見るのは嫌だ。

 そうだ聞かなきゃいけないことがあるんだ。


『今日黒崎に会ったよ。そしたら思い出したのかって言われた。俺には何のことだか、わからないんだ』

『……うん』

『香織ちゃんは何か知ってるの?』

『うん』

『教えてくれよ』

『本当に思い出したい?』

『忘れてるんだろ、そりゃ思い出した方が良いんじゃないの』

『ごめんなさい。実は最初からそのつもりだった。言い出せなかった。私が和樹の記憶を封印したの。私は和樹をだまして力を取り戻させてからなし崩し的に協力させようとした』

『そうなんだ』

 いつもの明るい彼女の姿はなかった。

『和樹の力を貸してほしくてずっと嘘をついていたの』

『ここは夢でゲームなんだろ?どんな嘘をついているの?』

『ここは夢。でもゲームなんて全部嘘。私のエフェクトでそう見せかけているだけ』

『そっか。でもなんで見せかけのゲームをどうしてクリアさせたいの?』

『ゲームで練習して、力を取り戻して。そしてバケモノを倒してほしい。私たちを助けてほしいの』

『そのバケモノって、もしかして……』

 ティラノ型甲体を倒せ、と言うのか。

『そろそろしびれを切らしたバケモノが私とマコトちゃんを狙ってくる。助けて』

 無理だ、あんなの倒せない。俺じゃ無理だ。

『無理じゃないよ。だってあなたは過去にティラノサウルス型甲体に対抗したのよ』

 そうなのか。

『思い出せるか。わからない。施設から逃げた時に記憶を失っているかもしれない』

『わかった、思い出してみるよ』

『ごめんね、本当にごめん。お願い私たちを助けて』

 そして俺は、白い世界から落ちていった。

 世界はひび割れ壊れていた、大穴へ落ちていく。

 落ちる先は、ゲームじゃない、過去の記憶だ。





 ジジジジジ――

 

 空から落ちていく。

 頬に触れる空気圧は強く流れていく。

 空は澄み切っていた。

 下は、高原の丘だった。

 そこには3人だけが歩いている。

 車いすに乗る子供、それを押す男女。

 一人は多分父さん、なんだろう。車で見た写真に写っていた優しげな顔。

 サラサラの髪にタレ目に笑ってるような口元。

俺の顔と目線は左上に向けられて、父さんの横顔を見ていた。右横には母さんがいた。肩越しに話し掛ける父さん。

 3人はゆっくり進む。

 目の前に広がる牧歌的な風景。

 緩やかな丘の先には白い建物が幾つか並んでいる。そこへ向かっていた。

『大丈夫、お父さんも和樹と一緒に泊まるから、心配しなくてもいいよ。きっと友達もできるよ』

『緑がいっぱいでキレイなところでしょ。ほら見てご覧あの白い建物、あれが和樹君を治してくれるところだよ』

『ううあ』

 ゆっくり話す父さん。治すって何のことだろう。

 母さんは悲しそうに微笑み抱きしめた。

『きっと前みたいに体を動かせるようになるからね。お父さんと先生の言うことをしっかり聞いてね。ついて行ってあげられなくてごめんね』

『あううええあ』

 お母さんがんばるよって言おうとしたんだ。でも口がうまく回っていなかった。

 こんな辛そうな母さんを見たことが無い。

これが忘れていた記憶なのか。俺は車いすに乗らなくちゃいけないようなことになってたのか。

 ……あぁちょっとだけ思い出してきた。

 小学5年の頃だったっけ。いつの間にか、体が動かなくなっていった。

 病気の名前はわからなかった。母さんといろんな病院へ行った。父さん母さんが隠れて泣く姿が辛かった。

 ゆっくりと車椅子は進んだ。入り口が近づき、母さんは再び抱きしめて、頬にキスをした。

『待ってるからね、頑張るのよ。治ったら和樹の大好きな喫茶店でケーキをいっぱい食べていいからね』

 母さんは少しだけ手を振った。

 父さんと施設の中へ入っていく。

忘れていた小学5年生の頃の記憶を少しだけ思い出し始めていた。

 記憶は映像で再生されるように頭の中を駆け抜ける。

 その施設は白い球体と長方形が組み合わさった形状の建物だった。

 スロープになっている通路を父さんは車いすを押しながら進む。案内する人は誰もいない。

『ようこそ、青野和樹君、栄太さん。申し訳ないが音声で失礼します』

 通路はスピーカーの音声しか聞こえてこない。

『まずはそのまま進んでください。この施設は、その性格上殺菌消毒、情報漏えい等様々な点に注意が必要なんだ。煩わしい思いをさせるけどお願いします』

 音声に案内されるまま、強い扇風機みたいな風が吹く部屋や、消毒液の床、光が当てられる部屋を通った。

 持ち物は全て回収されて、もちろん服も新しい物が用意されていた。

 施設内で大人はみな防護服か白衣を着ていた。

 長い時間かけて進んだ先に通された部屋はこじんまりとした応接室だった。

『いらっしゃい。君が和樹君だね、私は深瀬です。パパの友達だよ』

人好きそうな笑みを浮かべるやさしく見える少年だった。

『この施設を紹介しよう』

 深瀬は俺と父さんを連れ出した。

 ここは特別な研究所、小さい子供の体が動かなくなる病気やガンの研究しているらしい。

『ふふふ、君たち親子になら見せてもいいかな』

 そういって連れられ歩いた先の廊下、大きな窓ガラスから見える先には不思議な動物がいた。

 全身真っ黒で犬のようなサイのようなイノシシのような動物たち、皆黒い体表はゆらゆらと輪郭がぼやけ煙っていた。

『この動物たちは君の治療に、研究にすごく関係しているんだ。この動物を私たちは便宜上、甲体と呼んでいます』

『ねえ深瀬先生』

 少年と少女がいた。

『そうだね難しい説明より友達のほうがいいね。カズキ、今日から君の友達になる2人を紹介するよ。カオリ、マコトこっちにきなさい』

 同い年くらいの女の子がカオリ、カオリの後ろに隠れているようにしている男の子がマコトみたいだ。

『よろしくね和樹、私は桃原香織っていうの』

『……』

『なにしてんの!マコトちゃん。挨拶しなきゃダメよ』

『恥ずかしいよ香織ちゃん』

『まったくマコトちゃんは私がいないとダメなんだから。和樹、これがマコトちゃんよ』

 桃原香織に押し出されたのがマコトちゃん。香織ちゃんは活発な女の子だ。マコトはまだモジモジしてる。

『ねえ先生、和樹を連れてって良い?』

『さっそく仲良くなれそうで安心したよ。良いよ連れてってあげなさい。それでは栄太さん我々は別な場所で話をしましょう』

『いやちょっと待ってくれ、今この状態の息子を一人に出来ない。深瀬君、私も息子についていく』

『栄太さん、心配することはないですよ。さあ、ここからはハードな時間を私たちは過ごすことになりますよ』

 父さんは深瀬に、俺は香織ちゃんに強引に連れられて、別々の方向に分かれた。

 

 

 ジジジジジ――

 

 車いすの男の子が四人。

 体中に管が繋がってランドセルみたいな機会を背負った女の子が一人。

 体育座りで遠くを見るお姉さん。

 そして車いすに乗った俺を押す香織ちゃんとマコトちゃん。

 レクリエーションルームは同じ病状に悩まされた子供たちのための場所だった。

 みんな誰なんだろう。

 父さんは部屋の外から窓越しに手を振っている。


 ジジジジジ――

 

 レクリエーションルームは今日もにぎやかじゃない。

 車いすの男の子が二人。

 体中に管が繋がってランドセルみたいな機会を背負った女の子が一人。

 体育座りで遠くを見るお姉さん。

 そして父さんは部屋の外から窓越しに手を振っている。

 音もなく開いた扉から防護服の人が入って来た。

 一人の車椅子の男の子の肩を叩いて、連れて行こうとしていた。

『イヤダイヤダもうあそこにはいきたくないやめてよヤダ!ゴメンナサイなんでもするかからお願い許して』

 何事もないように車椅子を押して出て行く。

『イヤだ!もう僕じゃ無理なんだ。これ以上は僕は――』

 また会えるのかな。

 余程酷く嫌なことが起きたのか、とてもとても痛い事でもあったのか。

 痛い事――


 ジジジジ――


 真っ白な部屋にいた。

 強烈な照明。

 無機質な部屋の中には誰もいない。

 俺は一人手術台で腕も足も体も頭もバンドで固定されていた。

 手術台の下から延びる管が体中に突き刺さってい た。

 脈打つ音だけが響く。

 部屋は広いのに、手術台以外に一つも器具がない。

 窓の外には無表情の深瀬、彼一人だけ見えた。

 そして彼が微笑んだ瞬間、天井の照明器具から黒い光が俺を貫いた。

『アガガガッガガガッガガガッガガ』

 痛イタイチイタイ。

 痛みに意識が塗りつぶされた。

 体中につながった管から心臓へ向かって痛みが入ってくる。

『ハハハハハハッハハハッハハハ』

『あああああああああアアアアアアァァ!』

 深瀬は笑う。

 優しげだった顔はかけらも見当たらない、むき出しの笑顔が俺の鼓膜を打ち付けた。

 そして俺は意識を失った。


 黒い光に打たれ、何日間も激痛にうなされた。生まれて初めての地獄だった。

 体が一生動かないままでもいい。

 母さんが一生泣いたままでもいい。

 父さんに会えなくてもいい、だから痛みから解放してください。

 許してください。

 ずっと泣いて激痛に恐怖してでも地獄はずっと痛みを体中に与え続けた。

 死にたい。死にたい。

 目が覚めても黒い光が俺を襲う。

 体を動かない喋れない俺に何度も何度も何度も俺に拒否も許さず何日も黒い光が俺を打つ。

 そのたびに痛みが。痛みだけが現実だった。


 ジジジジ――


 抜けた先は明るい部屋だった。

 リノリウムの床、石膏ボードの天井、そこはかとなく漂う薬品臭、ああ病院にいるんだな、そう思った。

どれくらいたったのかわからない。何日だろう。多分数日間だったんだと思う。どうでもいい。

『ほらカオリ、マコト。カズキを励ましてやってくれませんか。君たちと同じように頑張ったんだ君たちならわかるだろ?』

『か、和樹くん。だ、だいじょうぶ?』

『和樹、よく頑張ったわね!これでもう大丈夫よ。ねえ痛みは消えてる?動けるはずよゆっくり話してみて』

 何を言ってるんだ。痛みさえなければもうどうでもいいんだ。

 うるさい。

『痛いのはもう終わりだよ』

『和樹もう痛いのないんだってよかったね。これで遊べるのよ』

痛いのがないならいいや。

目を覚ますと深瀬は言った。

『君は合格だ。もう少しで病気が治る。これが見える?』

深瀬の掌からは黒い光のような煙が出ていた。これさえ覚えればもう病気は治ると言う。

 手から黒煙が揺らいでいた。

『和樹、君の心臓に生成されたターミナルは超常の力を生み出す。私の手から溢れだす黒いオーラ。オーラは様々な色を持っている。オーラをイメージでコントロールするんだ』

 俺は掌を開き、静電気のような痛みが心臓から走ったのを感じた。そして掌には青白い煙のような光が溢れていた。

『この世は物質の世界、私たちはその法則に隷属し生きるしかなかった。その法則は絶対だった。でも法則に干渉できたら素敵だと思わないかい?君たちはその力を手に入れたんだ』

 

 ジジジジ――


 レクリエーションルームは今日もにぎやかじゃない。

 車いすの男の子が一人。

 体中に管が繋がってランドセルみたいな機会を背負った女の子が一人。

 そして香織ちゃんとマコトちゃん。

 俺はゆっくり歩いて窓に近づいた。

 父さんは部屋の外から窓越しに手を振りながら笑っていた。

 けれど、やつれて頬がこけている。

 音もなく開いたドアから現れたのは深瀬だった。

『カズキ。今日は新しい遊びだよ』

 そう言いながら別のドアへ引っ張っていく。

『カズキはドッジボールは好きかな?』

 別に好きじゃない。

『少々刺激的なドッジボールを用意しているんだ。これからとある部屋の中でカズキに向かって真っ黒な塊が飛んでくる。それをオーラを使って壊すんだ』

 行きたくなかったけれど、平然と強引に笑いながら部屋に押し込まれた。

 鋼鉄に囲まれただけの部屋、無機質すぎて吐き気がする。

 イイイー。

 突然鳴り出す高音。

 耳を塞いでも聞こえてくる。

 ここから出してよ。

 音は消えない。

 ダンッ、突然左手があらぬ方へ弾かれた。

左腕が変な方向へ曲がっていた。

 痛い痛い痛い。

 部屋の中は黒い塊がたくさん浮いていた。

『い、いたい。うっぅ』

『さあ、頑張ってカズキ。黒い塊とドッジボール!』

『助けて助けて、もう嫌だ』

『ははは、早くエフェクトを覚えないと死んでしまうよ。君の代わりはいくらでもいるんだ。ははは』

もう嫌だやめてくれ、無理だ。助けて助けて、苦しいんだ。

 

ジジジジ――


『今日はここまで。ごめんねまた明日』





「ハァハァハァ、痛って」

 夢の中で感じた断片的な過去の記憶は最悪だった。

「大丈夫?」

 正臣、虎緒、美樹姉さんが不安そうにこちらを見ていた。

 どうやら自分の部屋で寝かされていたみたいだ。

 美樹姉さんは、あわわあわわ、と口に出しそうなプチパニック状態だ。

「私、美咲姉ちゃん呼んでくるっ」

 虎緒がそう言った時だった。

 ダダダッ、バンッ!

 部屋に入ってきた母さんに、がしっと抱きしめられた。

「よかった。もう心配した。急に居なくなって見つけたら倒れてて。痛いところとかない?」

「あぁいやもう大丈夫。大丈夫だって」

「本当?よかった」

 目尻に涙を浮かべて言った。

 母さんは子供の時の俺と同じように大切に思ってくれてるんだな。

 うれしい。多分普段だったら恥ずかしいだけなんだけど、過去の母さんは泣き顔だったから。

「和樹が全然戻ってこないから、探しに行ったら倒れてた。何があったの?」

「ごめん、わからないんだ」

 適当に今は誤魔化そう。

 美樹姉さんと虎緒は僕の体や頭をぺたぺた触り「異常なーし」遊んでる。

「母さんごめんね。次からは気をつけるよ」

「……無事で良かった」

 母さんは笑顔のほうがいい、良かった。

「でもね」

 笑顔に陰りが。

「理由はあれど」

 目の色が変わる。

「私に心配を」

 唇が真一文字に。

「かけた」

 眉間にシワが。美樹姉さんと虎緒が部屋から静かにいなくなっていた。

「その罪」

 目尻に血管が浮き出る。

「贖うべし」

 悪魔が現れた。

 バシーンッッ、視界に星が飛んだ。

 平手打ちに頬がはじけた。脳が揺れる。

 ドスン。

 抱きしめた直後に平手打ちは極端すぎる。あれ?うまく立ち上がれないフラフラする。

 ≪スキルを確認しました。度重なる女性からの暴力に抗うべく【気絶耐性】をラーニング≫

 妙なところでスキルを入手しちまったよ。

「ああー!和樹が吹っ飛んだ。ねえ大丈夫」

おう、大丈夫だ。

「鼻血出てるンだけど……」

 お、おぅ。大丈夫、ちょこっとフラフラするけどすっきり目が覚めたよ。

 こういう方法ではすっきりしたくないけど。

 記憶の底に沈んでいた小学生のころの過去。

 病気の治療で訪れた施設。

 過去の記憶を見ても現実味がなかった。本当に自分の記憶なのか、実感がわかない。

「それじゃ帰ンね」

 そういって正臣は立ち上がろうとする。部屋にはもう正臣しかいなかった。

「もう帰っちゃうの」

 いろんなややこしい出来事を少し相談したかった。

「そうだ、一緒にギャルゲでもやる?うん、それがいいンよ。そうだなあ、ときメモ3にしよう。ギャルゲに免疫がない人でも楽しめる要素がいっぱいあるんよ。多角的な魅力でユーザーをつかんで離さない。素人が面白さを見出すなら一種のロープレ的に主人公成長要素を――」

 ギャルゲは置いといて。

「正臣は父さんのこと覚えてる?」

「うん、和樹と一緒に遊んでもらったからね。でもさっき車で見た写真あるじゃん。僕のイメージしてる和樹のお父さんと全然違うンよ」

「どこが?」

「もっと明るくて笑ってて柔らかい人なンよ」

そっか、でも俺にはそれすらよくわからない。

「そういえば、車の中で見た写真に黒崎君も一緒に写ってたよね」


は?


「写真に写ってたってどの写真に?」

「車の中で見せてもらった写真に」

「うそだろ」

「多分間違いないよ、去年クリスマスパーティー行ったじゃん」

 俺は招待されてない。……今は考えないようにしよう。

「その時に黒崎君のママさんに小さいころの黒崎君を見せてもらったんだ。だから車で見た写真に写ってるの黒崎君だよ」

 嘘だろ、あいつが?俺は黒崎を忘れているのか。

「気になるなら聞いてみたらいいンじゃない?」

 そうなのかな。

 

 でもこれでわかってきた。

俺と香織ちゃんと黒崎は施設で一緒にいた。

 今、香織ちゃんは黒崎の家にいる。それはきっと甲体の襲撃から身を守るために2人でいるんだ。

 2人は甲体の襲撃を度々受けている、そろそろ限界なんだろう。

 それで俺に助けを求めてるんだ。

 俺にできるのだろうか。



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