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断絶夢幻のプロメテウス  作者: セトゥルルソン
第1章 夢と春のあいだ
3/8

ターミナルエフェクト

1-③b


3/6

 真っ白な世界。夢の中だ。

ウサギの着ぐるみが脱ぎっぱなしになってた。脱ぎっぱなし良くないね。

 いつも自宅の掃除を担当してるからいいんだけどね。母さんはあまり掃除が得意じゃない、だから俺と姉さん(正しくは叔母だけど)が掃除をするんだ。

仕方なく着ぐるみをたたんだ。

『か、和樹。ちょっとそれ勝手に持ってかないでよ』

 片付けてる人にその言い方はダメだよ。

後ろからの声に、文句でも言おうと振り返った。

『ちょっ、見ないで。ゆ、油断してしまった』

 膝を抱えて座る香織ちゃんがいた。装備はパンツ一枚のみという猛者だ。

『何やってるの......』

『さっきまで着ぐるみ着て待ってたんだよ!嘘じゃない!......ただ少しだけ開放感が欲しくて』

『それで脱いだの?香織ちゃん、下着しかつけてないよね』

『うん、パンツだけ』

『......。夢なんだから服ぐらい自由に着替えられないの?この前はワンピース着てたじゃん』

『ワンピースをウサギの着ぐるみに交換しちゃった。あるのはウサギの着ぐるみとバニーガールとスク水だけ。きょ、今日はそういう気分だったとですよ』

『チョイスが偏りすぎだよ』

『ノリよ!だいたい和樹なんでこんな時間に寝てるの。学校だと、ちょうどお昼ご飯の時間でしょ』

『クラスで一緒にご飯食べる奴いなくて。寝るしかないかなーっていう感じでさ』

『ごめんね』

『謝ることないし、今日たまたま友達がいなかっただけだから。マジ偶然だし』

『うん』

 ウサギの着ぐるみを放り投げて着替えるのを待った。




『なぜなに断絶のプロメテウスーー!!』

『わーい!』

『じゃあ今日はエフェクトについてレクチャーするよ』

『お願いしまーす』

はぁ。

『エフェクトとは、オーラを媒介にして潜在的な無意識によって引き起こされる現象のことよ。わかった?』

『よくわかりません』

『私も!所詮設定よ!要はオーラを燃料にしてエフェクトっていう特殊能力を使えるわけ。だから超能力でもスキルでもギフトでもアルターでも、大体そんな感じのが使えると思えばいいから』

わかったようなわからないような。まあいいか。

『香織ちゃん、どうやってオーラからエフェクトを使えばいいの?』

『うーん。あれよ、まぁ、うん。まずは強く当たって、あとは流れで踏ん張って』

 全然わかんない。使い方を教えてよ。

『たとえば、私のエフェクトは主に3つのスキルから構成されてるわ。誘眠と記憶と夢の干渉』

 面白そうなエフェクトだな。

『桃源郷っていうエフェクトなんだけど。これはオーラそのものにそのスキルが付与されてるの。だからオーラを使えばエフェクトが使えてるんだ』

『なるほど』

『つまりエフェクト発動の方法は人それぞれなんだ。けど、エフェクトを発動させる手っ取り早い手順があるから教えるね』

『お願いします』

『じゃあオーラを出してみて』

『あ、うん』

 心臓のターミナルからサーキットを通じてオーラが流れ出す。サーキットは幾何学模様を描いてと全身に巡っていく。

 全身に溢れたオーラを右手に集めた。

『その右手を心臓に突っ込んで』

 は?

『いいからやってみて。右手を心臓に突き刺して』

 言われた通り右手を胸に近づけていく。ゆっくりと指先からターミナルの中心へ入れてみた。

入ってく、指先から手首の先まで沈みながら突っ込んでいけた。

 うわぁ気持ち悪い。

『そして、オーラを凝縮して引き抜いて』

 ズオオオォ。引き抜いた右手に握られていたのはナイフだった。瑠璃色に輝くナイフだ。ただのナイフだ。

『和樹のエフェクトの名前は、瑠璃色水晶。これで瑠璃色水晶は初期化されたはずよ』

瑠璃色水晶か。たしかにナイフもオーラも瑠璃色だけれどもシンプルすぎる。センスを感じない。

『俺のエフェクトはナイフですか。ショボくないですか?』

 香織ちゃんのやつは、敵を眠らせるとか記憶に干渉するとか特殊能力感があるじゃん。それに対して俺はシンプルなナイフ。瑠璃色水晶=ナイフ。開発者は、もっと考えて技を設定してほしいね。

『瑠璃色水晶はナイフを作るエフェクトじゃないよ』

違うの?

『これを見て?』

 彼女の差し出した手鏡を覗いた。頭に輪っかがはめられていた。西遊記の孫悟空みたいなやつだ。

 触ってみた。【ラーニング】、【ストック】、【ミックスアップ】、【ペルソナ】というのが頭に浮かんだ。

『エフェクト、瑠璃色水晶は4つのスキルで構成されています』

 はいはい。

 彼女は人差し指を立てた。

『1つ、相手のエフェクトの特性スキルを学習して我がものにするラーニング。エフェクトそのものをラーニング出来るわけじゃないからね』

 中指を立てて、続ける。ファ○クじゃないよ。

『2つ、ラーニングしたスキルを保管するストック。ストック数は10個までよ。ラーニングスキルは両手の指にリングとなってストックされるわ』

 10個までか。スキルは良く選別しないといけないな。ちょっと少ないな。

『3つ、ストックしたスキル同士を混ぜ合わせて1つのスキルにするミックスアップ。一度に何個でもスキルを混ぜ合わせることが出来るけど、1度混ぜたら元に戻せないから注意してね』

 ほほう。

 それは敵のスキルをラーニングすれば、自分も使えるという事。ロックマン方式か!しかもミックスアップを使えば敵のエフェクトよりも強いものにできるかもしれない。

『4つ、瑠璃色水晶を統括するスキル、ペルソナ。和樹の無意識の自己が瑠璃色水晶を統括して、スキルの解析や特定をおこなうわ。それにときどき派生スキルを生み出すよ』

 おおう、中二チックなのが来たな。

『同時に使用できるスキルは3つ。正確にはデフォルトのスキル4つ合わせると7つだけど。』

 同時にセットできるスキルに限りがあるのか。

ということは、敵のエフェクトが完全に再現できるとは限らないのか。もし敵のエフェクトが3つ以上のスキルなら、再現できない。でもその場合はミックスアップすればいいのか。

『指のリングに触ってみて』

 指?左手に5つのリングがはまっている。人差し指のリングとサーキットが一本のラインで繋がっていた。

 言われた通り触れてみると、頭にイメージが伝わる。

【刀剣:刀剣を作り出す】

『おお!スキルの内容が頭に浮かんだよ』

他のリングも触ってみるか。

【状態変化:オーラの状態を気体、固体に変化】、【射出:オーラを強い勢いで射出する】、【射程中:放出されたオーラの射程20~30メートル】、【睡眠耐性:誘眠スキルへの耐性】

 指にはめられたリング1つにスキルが1つストックされるのか。今のところ、サーキットにつながっているのは【刀剣】だ。だからナイフが出てきたのか。

 『サーキットにリングに繋げればエフェクトとしてセットされるの。セットするスキルの変更は、いつでも可能だよ』

 そうか。このエフェクトはショボくないな。

『和樹のスキルはリセットされているはずなのに……なのになんで5つもスキルがストックされてるのかなぁ』

 うん?何か言った?まあいいさ、組み合わせてみるか。

 【刀剣】を外すとナイフは消えた。組み合わせを試してみるか。【状態変化】、【射出】、【射程中】をサーキットにセット。

【状態変化】で気体のオーラを個体にする。

丸っこい玉が出来た。掌の上で浮かんでいる。

玉を【射出】した。

 なかなか良い感じに真っ直ぐ飛ぶぞ。結構早いし、少なくとも自分で投げるより早いな。それは【射程中】の効果範囲内、30メートルほどで消えた。

 【射出】だけで飛ばしたらどうなんだろう。試してみるか。

強めの水鉄砲みたいにオーラが放出された。それも10メートルも飛ばずに消えた。

 【刀剣】、【射出】、【射程中】でやってみよう。

オーラを凝縮すると簡単にナイフが出来た。

【射出】スキルを発動。

ナイフは掌の上から射出され、風切音を棚引かせて飛んだ。

さっきの組み合わせと比べると、こっちの方が早くて、威力高そうだな。

この組み合わせでセットしておくか。

『割と簡単に使えるようになってるわね』

 うん、意外と簡単だ。

『そろそろ始まるわよ』

 今日こそクリア出来るかも。

 部屋の隅から溢れる黒煙。

 右手に握ったナイフ。瑠璃色に輝くオーラを棚引かせて甲体へ突っ込んだ。


 



3/10

スパンッ!

「青野和樹君!お目覚めかな?」

「痛って、何すんだよ」

「授業中にずいぶん堂々と寝るのね」

「あ......。ゴメンナサイ」

頭への衝撃は丸めた教科書だった。授業中に寝ちゃったのか。

 視線をあげた先には上から覗き込む女性教師、一宮サヤカ先生の笑顔だった(目は笑っていない)。

 腰まで届きそうなほど長い髪が顔にかからないように指で押さえている。

「青野クン、君達中学3年生との最後の授業だったのよ。最後はきちんと話聞いてくれてるかと思ってたのになあ。寝てる生徒が一人いて先生ショックです。青野クンと会えなくなるのを寂しいと思っていたのは先生だけだったのかなぁ」

 色白で水のように涼しげな女性教師は男子生徒と男性教師のアイドルだった。

「まったく。高等部への進学も決まって、期末試験も終わったんだから。夜はきちんと寝なきゃダメよ」

白手袋をはめた指で俺の額にデコピンした。

「痛っ、ててて」

 いつもより痛いよ、静電気が走ったみたいだった。

 だけどまあこういう仕草が可愛いのだ、この先生は。

先生から目線を外したら、胸元が見えてしまった。谷間が薄い影を作っていたのが、チラリと見えて熱くなった。

 窓から差し込む光が丁度良く眩しくて、顔がにやけるのはどうにか我慢できた。

あの夢を毎日見ていた。

 勝手に他人の夢にヴァーチャル・リアリティー・ゲームを作り、クリアしない限り毎回あの夢を見ることになる。

 そこそこ疲れていた。ついつい居眠りするくらいには悩んでる。

先生が咳払いを一つした。

「コホン。話を聞いてなかった困ったクンのために、もう一度お話ししますよ」

「センセもういいよー、話長いよ~」

「青野のせいで話が伸びたー」

ごめんなさい。っていうかお前誰だよ

。こんな奴、クラスに居たかな?ま、いっか。

 女子が嫌味な視線を向けつつ、不満を垂らす。

「ごめんごめん我慢して。最近、黒い煙が道端にほわほわ~って漂っています。火を焚いてるわけでもないのに湧いて出るそうです。正体不明です」

 黒煙というは最近だとテレビで特集されたりしている。

 夢の中だと黒煙が湧くと甲体が現れるシグナルになっている。これは流行りの黒煙をゲームに取り入れたらしかった。

「まだ噂程度だけど、最近行方不明者が増えているそうです。黒煙に因果関係があるなんて聞きません。でもね、黒煙には十分注意してくださいね」

「センセー、黒煙はけっこーまえからあるよ。テレビでやってた。河川敷とか七ヶ崎とかも出るらしいよ」

「見に行く?」

「ダルい」

「ねえ、みんなよく聞いて。学者も医者も、黒煙の正体を原因不明と言っています。つまりどんな影響を与えるのかわからないの。あんまり不安を掻き立てるのもどうかと思うけど」

 先生が言葉を区切ってわずかにうつむいた。

「黒煙に近づいちゃだめよ」

 俺には、その時先生が冷たい無表情に見えた。


『じゃないと死んじゃうよ』


見間違いだったかもしれないけれど、優しさとは程遠い残酷さを突きつけられた気がしたんだ。

「センセ何言ってんの死ぬわけないし―」

「テレビで何度も見てるし、ちょっと情報古いしー、つまんないし見ないって」

「でも昨日テレビで新しい事言ってなかった?黒煙と一緒に黒い動物も出るらしいよ」

笑いながらはしゃぐクラスメート、誰も何も感じなかったのか。

サヤカ先生も何事もなかったかのように、いつも通りに微笑んでいる。

「充分注意するようにね。楽しく卒業式を迎えましょうね」


教室のスピーカーからベルが鳴った。

「ベルも鳴りましたので、これにて授業を終わりにします。それじゃあ3年間勉強ご苦労様でした」

 イェーイ!と奇声をあげながらハイタッチするクラスメート。

「楽しむのはいいけど、明日は卒業式の予行練習最終日よ。1週間後には卒業式がひかえてるんだからね」

テンションが上がって騒ぐクラスメートをたしなめながらも、その光景にうれしそうな顔をしている。


 一方で、俺はケータイ電話の電源をオンにしていち早く帰る態勢をとった。

「それじゃあ最後の授業だったから、号令はクラス委員の黒崎君にお願いしようかな」

 黒崎は、特にアクションすることもなかった。

「起立、礼」

 決して大きな声ではないけどよく通る声。ありがとうございました、とクラスの皆は黒崎の合図を自然と受入れ、合図の通り礼をした。

黒崎は端的に言うなら、三拍子そろった人間。実際、ファンクラブまであるらしい。

噂じゃ女子生徒に限らず女性教師も会員じゃないかと聞いたことがある。

羨ましいな。こっちはまともに女子生徒と話す機会さえ乏しいのに。

現実はただ煩わしい。

 たとえば。

「井上虎緒先輩のことがずっと好きでした。俺と付き合ってください!」

「無理っ、ごめんっ」

 教室の窓から廊下の聞こえてきたのは春の一幕。

 告白されているのは、井上虎緒という実に男らしい名前だけど歴とした女子だ。そして俺の幼馴染の1人。

「そッスカ。わかりました。さよなら先輩。……ぅぅ」

後輩の男子は速攻で断られ、逃げ帰っていった。居た堪れない。

虎緒はわりとモテる。確かに顔は可愛い、男女分け隔てなく話すし遊ぶ、明るい。でも告白の結果はいつも一緒。速攻で断る。 

 虎緒がモテるのは一種の隙があるからだと思う。

 今日も「ごめんっ」といいながら勢いよく頭を下げた。勢い余った動作にスカートは、風に舞い上げられたかのように、バサッとめくれ上がってしまった。すっと伸びた脚の先に覗く水色ストライプの綿パンツ。ぷりんっとしたお尻が丸見えーだった。

 後ろから見ていて、ソワソワしてしまうのだ。

 幼馴染のよしみだ注意しとくか。

「虎緒、パンツ見えてるよ」

「ええっーイヤ見ないでっ!」

「ゴフッゥ」

虎緒のソバットが見事に俺のみぞおちに入った。

「お、おい、虎緒。よ、良かれと思って言ってやったのに。蹴るのは良くないんじゃないか......」

「条件反射だよっ」

 へたり込む俺に元気いっぱいに虎緒は僅かばかりの 釈明した。彼女に悪気はないのだ。

 本音を言えば謝ってほしい。

「和樹、あのさ」

虎緒が俺の肩に手を置いた。

「さすがに最後の授業で寝るのはよくないよっ」

 う、うーん。そうだね、授業中寝たらダメだよね。


「ねっ和樹、これからクラスのみんなとカラオケ行こうよっ!」

「俺は行かないよ。虎緒は正臣と早く行けよ」

「和樹〜、みんな出るんだよっ」

 虎緒は口を尖らせて俺の右袖を引っ張る。

「俺はどうせ邪魔になるだけだよ」

「邪魔なわけないよっ」

「あーうるさいうるさい。だから行かないって言ってるんだよ。あいつからしたら俺は邪魔者なの」

 何が悲しくてわざわざ嫌な思いをしにに行かなきゃいけないのだ。ネガティブな思考で頭がグルグルする前に早く帰りたい。


「黒崎君少しいいかしら?」

「何ですか、一宮サヤカ先生」

「この後あなたとお話したいな。明日から卒業式まで時間があるじゃない?それで――」

「その話は後にしてもらえますか?」

 ほら、聞こえてきた。

「ねぇ黒崎くんもみんなと一緒にカラオケ行くでしょ?」

「黒崎くんの歌聴きたい〜」

クラスの女子たちがわらわらと黒崎の周りに集まってきた。

「ごめん、最近家の事情で忙しくて行けそうにないんだ」

「えー行こーよ。ちょっとでいいから」

「ごめん、また今度誘ってくれるかな」

はいはい、人気者はいいですね。

というか、サヤカ先生をないがしろにするなよ。そこに腹立つんだよ。

ちらりとチェックしたケータイ電話の履歴は0件だった。空の鞄を手に取り、走り出したいのを抑えながら、教室を出ていくことにした。





~~井上虎緒~~


追いかけようか迷っている内に和樹はあっという間に見えなくなった。

「虎緒、和樹は?」

力の無い声で話しかけてきたのは、正臣。

雰囲気も弱々しい、クラスの誰より背が高いのにクラスで一番弱々しい。髪だって顔を覆えるくらいに長くて、より弱々しくなってる。たまに前髪を指でいじってるけど、早く切りなよって思う。

「先に帰っちゃったっ」

 和樹はつまらなさそうな表情のまま逃げるように帰った。

「あーそっかやっぱり。帰るだろうなと思ってたンよ」

「なんで?きっとたのしいよっ」

「和樹と黒崎君仲悪いからね。黒崎君が誘われてるなら和樹はいかないンよ」

 なんで黒崎君と仲が悪いのかな――

 大人びた頼れる男子。しかも彼の家はお金持ち。普通はちょっと嫌がらせを受けそうだけど彼の人柄は周りを惹きつけた。

 彼、黒崎誠君はきっと学校の中心で主役だった。

 移動しない私と正臣を見て、黒崎君が言った。

「村田君、井上さんはみんなとカラオケ行かないの?」

和樹の事を思うとちょこっと複雑だっ。

「和樹が帰っちゃったから迷ってンだ」

「青野和樹の事か。本人が出ないと言って帰ったんだ。必要ない。出たくない奴を無理に連れてきても周りが迷惑する」

さっきまでと打って変わって、無表情に突き放すように言う。

「3年間、何をするでもなく怠惰に過ごした青野和樹に居場所があるとでも?」

 そして、そのまま黒崎君は教室を出て行った。

和樹と黒崎君は仲が悪い。どうしてかはわからないけど、それが和樹につまらなそうな表情をさせているのかもしれない。






3/10

 右手に浮かせた瑠璃色のナイフを3本射出した。

 突進してきたイノシシ型の甲体は、砕け散った。

 扉が開いた。

次の戦闘フィールドだ。50メートルほどの通路がある。

『通路には3体の甲体が湧くはずよ。犬型甲体だからね』

 犬なら、イノシシよりか楽だな。

 来た。小さいとは言っても俺の腰までのサイズがある。唸り声を上げる甲体はそれなりに怖い。

 突進される前に、3本のナイフを射出した。

『グギィ』

 よっしゃあ1体仕留めた。けど2体が走ってくる。ナイフを両手に掴む。

 射出。

げ、当たらない。

『ガウグガフ』

『痛たた』

 噛まれた、俺は両手のナイフをめちゃくちゃに振るって、何とか倒した。

 昨日までここでゲームオーバーになったんだよな。グダグダだったけど通路フィールドをクリアした。

 あとは最後の戦闘フィールド、処置室だ。

 扉が開いた。

 真っ白な部屋はやけに天井が高かった。

 強烈な照明。

 無機質な部屋の中心に手術台、天井に巨大な照明。

 照明器具はゴテゴテしていて中心は真っ黒だった。室内は教室程度の広さだ。

 あれ、目がチカチカする。


 ジジジジ――

 手術台に俺は張り付けられた。腕も足も体も頭もバンドで固定されて、管が体中に突き刺さっていた。

 心臓の音だけが響く。

 天井近くの窓の外には無表情の男性。彼が微笑んだ瞬間、照明器具の中心が不気味な音を立てた。

 黒い光な撃ち抜かれた。

 ッガ!痛い!痛い痛いいいい。

『アガガガッガガガッガガガッガガ痛いい痛い痛いイイぃ』

 強烈な痛みが襲ってくる。

 痛い助けて助けて、痛みに殺される。死にたくないヤメテ。

体中につながった管から心臓へ向かって痛みが入ってくる。

『ハハハハハハッハハハッハハハ』

『あああああああああアアアアアアァァ!』

 窓の外の男は笑う。むき出しの笑顔が俺の鼓膜を打ち付けた。

 ジジジジ――


『っはあっはあ』

 なんだ今のイメージは。最悪のイベントムービーだ。

苦しい、痛い。息切れが止まらない。

『和樹、大丈夫?』

『ねえ香織ちゃん、今のイメージはゲームのイベントなの?あんなのは聞いてないって』

『イメージ?』

『そこの天井の照明から黒い光に打たれた。すごい痛かった』

『そ、それは』

『マジでヤメタ方が良いよこのイベント。きつ過ぎるから』

『そうね。修正する。早く準備して。犬中型の甲体が来るわ』

 気持ち切り替えようか。

 右手の指輪が追加されていた。スキルに【突進:突進による攻撃】と【牙:牙による攻撃】【爪:爪による攻撃】と【硬化小:オーラによって防御もしくはエフェクトを硬化する】となっている。

説明いらないくらいシンプルだな。

試してみるか。

 サーキットから【射出】、【射程中】、【刀剣】を外す。そして新たに【突進】、【牙爪】、【硬化小】をセットした。

 エフェクトの使い方はもうコツをつかんでいた。ターミナルからエフェクトを使うという意思を伝達すれば発動できる。【爪】をイメージした。

 俺の両拳の先から爪が生えていた。ウルヴァリン的なアレが生えている。さらに【硬化小】で【爪】を硬くして強化する。

 『ガウウウゥ』

 黒煙から湧いてきたのは、犬中型というには大きかった。大きさならイノシシより大きい。ちょっと逃げたいな。強そうじゃんコイツ。

『ビビる必要ないからね。そいつのステータスはイノシシほどじゃないわ。大きさに惑わされないで』

 び、ビビってないし。すぐ倒せるし。一瞬で終わらせたるわ。

 俺は【突進】を発動した。すると半自動的に体が勢いよく飛び出していた。犬型甲体へ向けて突進している。これが【突進】か、このまま斬りつけてやる。

『グギィィ』

 思いっきり振り切った右手は、犬型甲体を真っ二つに切り裂いた。

『やった、やったぞ』


パンッ、パンッ、パンッ!

パンパカパーンッ!1面クリア――!

頭の上にパラパラと紙吹雪が舞っていた。ちゃっちいアナウンスが祝福してくれた。

『おめでとう和樹、やっとクリアだね』

『うん、ありがとう。これで香織ちゃんもこの夢から出てってくれるんだよね』

『何言ってるの。101面まであるよ。その後は101面から1面まで繰り返すから、実質201面だね』

 悪夢だ。

 俺はサーキットに【射出】【刀剣】セットし直した。頭にナイフを打ち込んで、とりあえず強制ログアウトするためだ。


 

~~天谷塁~~

「もしもし天谷さんですか?」

「はい、天谷です。どうしたんですか深瀬さん」

「実は甲体の調整を行っていた部署でミスがありまして。甲体が逃げてしまいまして」

「それは大変ですね」

「つきましては天谷さんに捕獲してもらいたいのですが」

「私がですか?あちらの部署で削除してしまえばよいのでは?」

「どうにも意外と強い甲体になってしまって。捕まえられないんですよ。お願いできませんか?」

「いいですよ。お遊びは暇つぶしにちょうどいいですね」

「可能な限り捕獲でお願いします。知能を持った唯一の甲体ですから。逃げた犬型甲体は青葉台の河川敷に向かいましたので」





3/11

 河川敷を自転車を押しながら歩いていた。

河川敷は小さいころからの遊び場だった。鬼ごっこ、サッカー、川遊び、とにかく幼馴染の4人で集まって遊びまわった。ここに来ると嫌な事を忘れられる。

 嫌な事は2つある。ひとつは、中等部を卒業するとサヤカ先生に会えなくなること。ふたつめは、眠ると夢の中で強制参加させられるゲームが201面もある事。

 うーん。

「だああああああああああああーーー!……ぅっはっはげほっげほっ」

 叫んでみた、慣れないことをしたらちょっと咳こんだ。

困った。眠りたくない。

「あぁ困りました。とっても困りました。私、今悩んでいます」

河川敷の土手に体育座りでこちらを見上げる女性がいた。あからさまに俺の返事を期待している様子だ。

ロングの黒髪はオールバックに流していて、上下黒のパンツスーツの格好からしてOLっぽいし、変な身なりじゃないから変質者?じゃないだろう。

でもここは無視しておこう、うん。変なことに巻き込まれたくないし。

「すごい困っています。助けを求めています。イケメンでクールで優しい、そんな三拍子そろった学生さんの助けを必要としています」

 人助けは悪い事じゃない、善意の積み重ねが世の中を明るくするんだ。

「どうかしたんですか?」

「これ見てください、ケータイ電話壊れてしまいました」

 彼女の掌に置かれたケータイ電話はグシャグシャに潰れていた。

「上司に連絡出来ないです」

「駅まで行けば、公衆電話があると思いますよ」

「それは知っています。あれを見張っていて、ここを離れるわけにはいかないんです」

 指さした先は河川敷の川瀬。そこには黒煙が見えた。

 先生が言っていた黒煙はあれの事か。

最近巷を騒がしている黒煙。

「あー噂の黒煙ですか。あれだったら、そんなに珍しいもんじゃないですよ」

 そそくさと離れようとしたが、袖を掴まれていた。

「それじゃないです。もっと先のほうに見えませんか」

 川瀬に漂う黒煙を突端に目を向けていくと、何かがいた。

 真っ黒な毛並みの犬だ。かなり大きい。大人だって乗れるかもしれない。でも犬の形相と雰囲気が尋常じゃない、恐ろしく殺気立っている。

「あんなに大きい犬初めて見ました」

つい最近あれと同じのを見たぞ。

「最近増えてきているんですよ」

「そうなんですか、犬種はなんて言うんですか?」

「犬種?それは私も知らないです。まあでも確かに一般の方には珍しいかもしれないです」

新しい犬種か。

「私はあの犬を追いかけていて離れるわけにいかず困っています」

 恐ろしい形相の犬は、夢に出てくるバケモノの甲体と少し似ていた。

多分、香織ちゃんの作ったゲームは黒煙の噂を丸パクリしてる。

あのゲームは、バグも酷いし、イベントもきついし、201面もあるし、クソゲーだな。

彼女はすくっと立ち上がった。

思ったよりも背が高くて少しだけ見上げなくちゃいけなかった。

「私、天の谷と書いて“あまがい”と申します。」

「はぁ、天谷さんですか。」

 天谷さんは耳にかかる髪を後ろに流す、オールバックのロングストレートの髪からはいい匂いがした、ドキドキしてしまう。

 俺の心情を知らずか、さらにぐいっと上から額がつくほど顔を近づけてくる。

「電話しながらあれを追いかけていました。そしたらあれの突撃を受けてケータイ電話を壊されてしまいまして。大変申し訳ないのですがケータイ電話貸してもらえませんか?」

天谷さんの声色も表情も柔らかいのに、大きく開いた瞳から伝わる眼力は普通じゃない。

俺は親切心とか同情ではなくて彼女の言い知れぬ迫力に押されて、どうぞとケータイ電話をつい貸してしまった。

 差し出された彼女の手には白手袋がされていた。

「すいません」

と言いながらケータイ電話を受け取り、素早くコールした。

「もしもし天谷です。深瀬さんですか?」

「はい深瀬です。この番号は天谷さんのケータイ電話ではありませんね。何かあったのですか?」

「ケータイ電話を壊されてしまいました。通りすがりのイケメンでクールで優しくて善意に満ちた少年にケータイ電話を貸してもらいました」

「そ、そうですか、よかったですね」

「深瀬さん、アレを無傷で捕まえるのは、難しいです」

「そうですか、仕方がないですね。処分してください」

「了解です。............あっあぁぁあっ!待って」

 天谷さんの視線の先には、黒い犬が川瀬を上流方向へ走り出していた。

「待って下さい、逃がしませんよー!」

 彼女はケータイ電話を右手に持ったまま猛然と黒い犬を追い駆けていった。

 俺のケータイ電話を持ったまま。

「ちょっと、それ俺のです。持ってかないで」

 彼女はこちらなど見向きもせず走り出して行った。

早く追いかけないとケータイ電話を貸したまま帰ってこなくなる。

 急いで自転車にまたがり、全力でペダルを回した。

 どれだけ鍛えていようと女の人の足なら自転車で簡単に追いつけるはずだ。


簡単に、という予想は外れた。

 軽やかに走り続ける天谷さんに追いつけない。

 こっちは自転車なのに。

 天谷さんは体はまっすぐに伸び、わずかに前傾のまま顔を前に向け大きく両手を振る女性らしからぬフォームで走る。

 ザババババババッ、と水面から飛沫をあげて川瀬を駆ける黒い犬。

黒煙を纏いながら上流へ進んでいる。「待ってー!ケータイ電話返して」

 何度も呼びかけ叫んでいるのに聞こえてない。

このままじゃ自転車で走り続けているこっちのほうが体力が消えそうだ。

「ま、ま、まて〜」

 彼女は全く気付かない。

「もう!甲体との追いかけっこは飽きました。こっちだあっー!です」

 黒い犬は声に反応したのか、止まって天谷さんへ顔を向けた。

黒い犬の形相は犬ではなくなっていた。バケモノだ、夢の中よ甲体そのものだった。

 その時には彼女は左手の白手袋を口で脱ぎとり、強く拳を握り込んでいた。

 天谷さんの左手の輪郭が揺らぎ歪んでいた。何かが溢れ出していた。

 赤でもない茶色でもないオレンジでもない赤銅色が体から溢れ揺れている。

「よいっしょー!」

 急激な猛ダッシュ。

大きなストライドでハイスピードで走る。

映像の早送りを見させられているようだった。

 彼女は、左足で踏み込み、勢いよく飛び上がった。高く高く遠くへ飛び上がった。

 ただその高さ、距離はあまりにもおかしい。逆バンジーのごとく高く上がった。10メートル以上の高さに飛んでいる。

 逆光ではっきりとした姿は見えない。しかし彼女はその頂点から慣性に引かれまま甲体を目掛けて落ちていく。

 甲体は天谷さんへ唸り、牙をむく。

天谷さんは左腕を振りかぶっていた。

「どっせーいっ!」

 その手の周囲が赤銅色に歪み螺旋状に回転していた。

ドリルの如き赤銅色は甲体へ振り下ろされた。

 高速回転する赤銅色と甲体の衝突。

 ッドォゥルルル、音が響いた。

 その瞬間、黒い物体は八方四散した。

 彼女の左腕が圧倒的な破壊力で甲体を削り散らし霧散させていた。

「え、なにこれ?」

ここは現実ですよ、おかしいよ。

人間は補助もなく10メートル以上の高さを飛び上れやしない。

素手で物体を粉砕など出来やしない。

 彼女は空中で体を捻り回転しながら着地した。

 たっぷり膝のバネで衝撃を吸収させて、立ち上がった。

「あれ、こんな弱い甲体でしたかね?」

そして目があった。

「あっ!あ、あ、あ、あれぇ少年、いたんですか⁉︎」

 目に見えて動揺して震えている。

「あちゃーまずいですね。誰も見てないと思ってました。ええとそうですそうです。お姉さん実はすごいアスリートなんで、ああいうこともできるんです。それと、靴が未来的で科学的にすごい靴なんです。はははは」

 不思議と信じられない事態に直面すると冷静になっちゃうんだよね。でも実はやっぱり動揺していて、動揺していることに気づかないもんなんだよね。

「す、すごい靴があるんですね」

「え、ええっそりょあもう」

 彼女はしどろもどろで不憫だ。

彼女はヤバイ人だ、もう関わり合いになりたくない。

「あっ、良いこと思いつきました!」

 ふふふ、と笑った顔は妖艶で顔が熱くなった。

「それではバーイ」

 突然、目の前に迫ったのは拳だった。 




~~天谷塁~~

「もしもし深瀬さんですか。無事甲体は処分しましたよー」

「お疲れ様です。ところで甲体ですが他にはいませんでしたか?」

「はい、1体しかいなかったですよ。逃げたのは1体なんですよね?」

「ええ、そうなのですが。もしかしたら増殖しているかもしれないなぁ」

バン、バン、バン。

「もう天谷さん、探しましたよ」

バンバンと公衆電話ボックスを叩いていたのは、仕事のパートナーでした。

待ち合わせをしていたのでした。すっかり忘れていました。

「サヤカさん。すみません、深瀬さんからの依頼で逃した甲体を追っていたものですから」

「連絡くらいしてください、私だって先生をこなしているんですから。次から気をつけてくださいね」

怒られてしまいました。大人になってから大人に怒られると、結構落ち込みます。

「ごめんなさい。ところで、黒崎さんはこちらの保護勧告に応えてくれそうですか?」

「んー聞く耳持たないって感じね。今日も話しかけたけど、後にしてくれますかって言われて、それっきり」

「そんなに悪い話じゃないと思うです。甲体に狙われているから、私たちが貴方達を保護して助けてあげると言っているのに」

「仕方ないかもしれない。だって天谷さんがお庭に大穴を開けて、立派な樹を粉砕したから」

あれは、甲体に襲撃されて仕方なくやっただけです。

「それじゃあ、強制的に黒崎さんと桃原さんを拉致って保護しちゃいましょう」

「待って、もう一回だけ、話してみます。それまで天谷さんは大人しくしててね。天谷さん、くれぐれも大人しくしててね」

私はそんなにわからず屋ではありません。それにこの前、黒崎さん宅に行った時も、暴れたわけじゃないです。



〜〜天谷塁〜〜

2/29

「次は西多賀緑地、西多賀緑地〜」

バスのアナウンスが流れるとサヤカさんは降車ボタンを押しました。バスは私たちしか乗ってなくて貸切みたいでした。

「ようやくお会いできますね。深瀬さんのエフェクトを封印した相手に」

「天谷さん、あまりそういう話は一般の人の耳に入るところではやめて下さいね」

少しくらいいいじゃないですか。

黒崎さんのお宅は市内からバスで30分程の七ヶ崎にありました。

あっち、とサヤカさんが指差した先には薄レンガ色の邸宅が見えました。

「担任の先生として家庭訪問をした甲斐ありましたね」

バス停は、ほとんど黒崎さんのお宅の為にあるようなものでした。

立派な門扉、キレイなお庭、立派なお金持ちなんですね。居候させて欲しいです。

「出ませんね」

サヤカさんは、先ほどからチャイムを鳴らしていますが、誰も出る気配がありません。

ふふふ、こういう邸宅はドアノッカーというのがあるのです。ライオン型のドアを叩くオブジェがありました。

「私に任せてください」

コンコン。

......。

反応がありません、弱かったのでしょう。

ゴン、ゴン。......。ゴンッ、ゴンッ!。......。



「ちょっ、ちょっと待って天谷さん。何する気!?何でオーラを右手に纏ってるの。何で右手を振りかぶってる――」

「よいっしょっー!」

これで気持ちよく、通れますね。

「あっー!門壊したー!門が跡形もなく吹き飛んでるじゃないですか」

仕方がなかったんです。これから会う相手は、我らの上司である深瀬さんに手傷を負わせ、エフェクトの一部を封印した相手。手強いはずです。

牽制をしておく必要があったのです。ふふふ、完璧な言い訳です。一人前の大人は言い訳が上手です。

「門だけじゃなくて、立派な松の木まで真っ二つになってるじゃないの。絶対高い、いくら請求されることになることやら」

え?請求ですか。

「ど、どうしましゃう、べ、弁償ですか?」

「弁償するしかないですね。今日、私達は話し合いに来たんですよ」

「話し合い?」


「私たちの仕事わかっていますか?甲体に狙われているお二人に、黒崎宅に住む桃原香織さんの保護勧告に来たんです」


「そうでした」

「どうして保護しようとしているのかわかりますか?」

はい、それはわかります。


「かつて桃原香織さん達が深瀬さんのエフェクトの一部を封印した」


「その後桃原香織さん達の行方はわからなくなっていたが、ようやく見つけた」


「封印を解除する為に、桃原香織さんを回収しなくてはいけない」


「だから甲体に狙われているから、保護します」


という名目で桃原香織さんを確保し、深瀬さんの封印を解く。


「だったら、こんな門と松の木を破壊しちゃダメでしょ」

「しまりました」

「わざわざ私は学校に担任の先生として潜入までしているんですよ」


「別に、こんな事をしなくても、あなた方の狙いは知っています」

黒崎誠さんがいました。

「黒崎さん、私がやりました。ごめんなさい。どうか弁償は許してください」

間違った事をしたら謝らなくてはいけません。

「......。あんたらに用はない、帰ってください」

「ゴメンなさい、黒崎クン。こちらできっちり弁償しますから。でもね、保護については前向きに考えて欲しいの」

「必要ない」

「あなた1人では桃原香織さんを守りきれないわ。1人では数に対抗出来ない。甲体の襲撃頻度は増してきているでしょ?」

黒崎さんのお宅のお庭はよく見ると壁や池やら少々荒れていました。甲体との戦いの跡なのでしょう。

「確かに甲体の襲撃はある。全て排除するだけだ。邪魔だ帰れ」

「エフェクトは使うほど、水晶化していっていつか限界がくる。あなたは1人で何年甲体に対抗してきたの?いつ限界が来てもおかしくないんじゃないの?」

黒崎さんは左手をかばっていました。

「仮の姿とはいえど、黒崎クンの先生でもあるの。心配なのよ、このまま――」

ズヒュン、サヤカさんの咽喉もとに刃が突きつけられていました。それは黒崎さんの足元の影から伸びていました。

「あなたは何もわかってない」

「桃原香織さんは水晶化が進行しているのでしょう。それはどうするの!少なくとも私と一緒に来てくれれば、症状を緩和できる。あなたは彼女の命も預かっているのよ!」

そして彼は、何も言わず去って行きました。

「帰りましょう、サヤカさん」

サヤカさんは、良い人ですね。たぶん本当に心配しているのでしょう。


でも、彼女は知らないのです。



甲体の襲撃は深瀬さんが仕向けている事を。


深瀬さんが、施設で彼らにした事を。



まあ、別に良いでしょう。

交渉は決裂です。ならばそう遠くない内に戦いがあるはずです。

あぁ、楽しみです。素敵です。殺し合いです。欲を満たしてくれるのは、素敵な闘争だけです。渇きを渇きでもって殺し尽くしてやる、死ね死ね死ね私を殺してくださいね

ふふふ。



〜〜桃原香織〜〜

 私のエフェクトは桃源郷。

 眠りに誘い、夢の世界へ導く。夢と記憶に干渉する力。

 施設で私達を弄り尽くした深瀬の一部を眠らせて、私達自身の桃源郷が作られたはずだった。

 和樹の記憶の一部を眠らせて、和樹の桃源郷は作られたはずだった。


 力が暴走して、天谷塁の記憶が見えてしまった。彼女の背後には深瀬がいる。

 深瀬こそが甲体を作り、私たちに力を与え、苦しみに引きずり込んだ人間。奴は私たちに気づいた。


 桃源郷はもうすぐ壊れる。

 もう時間がない。

 バケモノを倒せるのは和樹だけ。

 マコトちゃんも限界が近い。

 頼れるのは和樹しかいない。

 ごめんね、和樹。お願い助けて。


 私は明日、和樹の夢の中に会いに行く。

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