3.大地は人間が生活していくための宝庫である。
船は無事にギニアーマに近づくことができた。ゆっくりと地面に近づいていくと、風圧で砂が下から上へと巻き上げられていく。
「エンジン出力、オフ。ダストフィルター、オフ。機体を水平に保っている……このまま着陸する。」
大地に響くような音を立てながら、ゆっくりと宇宙船は着陸した。
「ギニアーマに無事着陸。我々の体で耐えうる環境か、判定が出るまで船内に待機する。」
宇宙船には、宇宙を航海するだけではなく、船外活動をする際のサポートになる様々な機能が搭載されており、この「ハビタブルアナライザー」もそのひとつである。乗船しているメンバーのデータをあらかじめスキャンしておくことで、船外の環境と照らし合わせてどのくらい活動が可能か、必要ならどのような装備が適しているかを計算してくれる。
「大気圏の少し下に、砂塵の層があるんだな。砂塵圏とでも言うべきか……」
「通信ができなかったのもそのせいじゃな。さながら目に見える電波障害じゃ。」
トウカイは既に、分析できそうなデータを集めている。ルルーも画面を見ながら、あごに手を当ててかくかくと頷いていた。
「どうやらこれはただの砂じゃない。磁力を帯びているようだ。それも強力な。高さがあるから地上で通信する分には問題ないのか、有線か……」
「テレパシーに返信があったのを見ると、それじゃないかのう?」
なんにせよ、とトウカイは答えた。
「とりあえず住人に会わなくては。」
二人は船内で「ハビタブルアナライザー」の指示に従って装備を整えていく。
眼球を保護するゴーグル、携帯の許可された武器一式、水筒、非常食、発信器。
それに加えてトウカイはバンダナを頭に、ルルーはピーナッツをリュックに入れた。
「それじゃあ、そろそろ降りてみようか。」
ハッチを開けると、出口からは熱気が入り込んできた。湿度は少ないようだが、気温はかなり高そうだ。
「42℃か……」
「茹で上がってしまうわい」
二人が砂を踏みしめると、すぐに迷彩の柄は「デザートパターン」といわれる砂漠用の迷彩柄へと変化した。
ゴーグルには、地図が映し出される。着陸するときに「おおすみ」によって作られたものだ。簡易的ではあるが、方角や目的地くらいなら分かるだろう。
「市街地につくまでここから歩いて2時間ほどだろう。現地を歩きながら、生物の多様性、地形や惑星活動について少し調査していく。」
トウカイは記録に残すことと、互いの目的を確認するためにルルーに話しかけた。2時間、といったところで露骨に嫌な顔をされたが、それについてトウカイが何かをすることは無かった。
特派員は調査に関する行動をすべて記録することが義務付けられている。
ゴーグルには、映像と音声を記録する役割もあるのだ。
砂漠を見渡してみると、いくつか植物の影が見られた。近寄ってみると、どうやらサボテンに近い種のようだ。太い茎のような部分から、針のような器官が生えている。その近くには、横たわるように大きな岩や小石が転がっている。
「普通に砂漠って感じじゃの」
ルルーがサボテンをつんつんとつつくと、茎の部分がぴく、と少し動いた。
次の瞬間、針のような器官が茎から射出され、あたりに飛び散り、二人は驚きの声を上げた。
しかし、彼らは無傷だった。二人に向かって飛んできた針は、すべてリボン状の髪で受け止められていたのだ。
「びっくりしたー!おい!不用意に触るなばか!」
「バカとはなんじゃ!しっかり守ってやったじゃろうが!」
ルルーの髪は本数が決まっており、24本、そのすべてを自分の意思で動かすことができる。これはエスペラント星人の生まれ持つ身体的特徴だ。
リボン状の髪の毛はかなり頑丈で、ロープや包帯のように使うこともできる。
ルルーは髪についた針を丁寧にはらうと、近くの岩に目をやった。
「ん?見よ、トウカイ。あの針、岩に刺さっておるぞ」
ルルーの言う通り、あたりに飛び散った針のいくつかは近くにあった岩にも深々と突き刺さっていた。
「すごい威力だな……というか、お前の髪ってだいぶ頑丈なんだな」
まじまじと岩を見つめたトウカイは視界できらりと光る物に気付いた。
「これ、岩じゃないぞ」
針の刺さった部分から、少し水分がにじんでいる。
試しにナイフを突き立ててみると、かなり固いが、傷ついた部分から少しずつ水分がにじみ出てきた。
「こりゃ、植物だ……水分を蓄えて、表面を固くして、身を守っているんだ。もしかしたら岩に擬態しているのかも」
トウカイはにじみ出た水分をすくって、ひとすくい舐めた。
「少し甘いな。困ったときは水分補給に使えるかも。」
「そういうのためらわずに口に運べるところは尊敬するわい……」
ルルーはサンプルを採取しながら怪訝な顔をした。
「なんでこんな形になったんだろう?他の星じゃ見ない進化の系統だ。」
トウカイは岩の下を見たり、持ち上げたり、向きを変えたりしながら注意深く観察している。
「そもそも砂塵に覆われた惑星なんて、初めて見るのじゃから何があっても不思議ではない。」
サボテンが爆発してもな、とトウカイは少しにやけた。
「見渡しても……大型の動物は見えないな。飛行するタイプもいないようだ。」
「飛行生物に関しては、やはり砂塵と関係があるのじゃろうか?」
ルルーは試験管型のサンプルキットにしっかり蓋をしてから、ラベルに名前を記入する。
『さぼてん』
『いわ』
「相変わらず字が下手だな」
「見よう見まねじゃ、こんなもんじゃろ」
背中に背負った荷物の中にサンプルをしまい込むと、二人はまた砂地を歩き始めた。
しばらく歩いていると、実に多様な生物を見ることができた。
砂の中に潜むもの、砂の上を転がるもの、日陰を渡っていくもの……
おそらく日が出ている間は活動しないのであろう、休眠状態のような物もいた。
「しっかりと独自の生態系があり、独自の進化を遂げている。砂塵圏が他の星との交流を遮断してたのもあってか、まるで全部が生きた化石だ。」
トウカイは総括するようにつぶやいた。確かにギニアーマに生息する生体群は、砂漠に適応する進化そのものはきわめて原始的ながら、ユニークな、惑星独自の進化をしている物が多かった。
「すでに惑星特異性はクリアじゃな」
特派員の調査項目は大きく分けて4つである。
資源力 …… その惑星の持つ資源の量や質を評価したもの
軍事技術力…… その惑星の住民が持つ軍事力、または技術力を評価したもの
文明力 …… その惑星の宗教や生活水準、幸福度などを評価したもの
惑星特異性…… その惑星の住民に関係なく、他に類を見ない特徴があるか
ギニアーマは砂塵圏の存在、そして環境に適応した生物の多様性によって既に惑星特異性の基準は充たしている。ルルーはそう判断したのだった。
これにはトウカイも頷いた。他の惑星では単一種が地上を支配していることもままあるし、先進惑星「2175」のように発展の結果、ほとんどの在来種が絶滅した、というような例もある。その中で、過酷な環境でも必死に生きようとしている原始生物の姿には感動すら覚えた。
「在来生物の調査は結構時間がかかりそうだ。今回はこの辺にして、市街地へ行こう。」
その言葉に、ルルーは小さくガッツポーズした。どうやら彼女の小さな体には、この熱波は少し堪えていたようだ。
トウカイが水筒を差し出すとルルーは一口飲んで、ありがとうと言った。