山賊と悠
男はその場を華麗に跳び跳ねて俺の元に鉤爪を立てる。持続している『スピードレイズ』の補助で何とか交わせるが、男の方が素早さは上だった。着地と同時に回転を効かせると砂埃を俺に浴びせて、目が眩んだのを確認してから二段蹴り。
戦いのスキルが高いだけで経験が殆ど無い俺が直ぐに勝てる筈もなく、男の素早い動きに翻弄されて、まるで操り人形の様になっていた。
「なんだお前、威勢が良いのは最初だけか?」
「お前だって……豪快な見た目の割に、繊細な動きするんだな」
「なんだとゴラァ!?」
息を切らしながらの挑発に応じてる所から見ると頭は弱そうだ。こういう奴には呪文系が効くと相場が決まってる。俺は咄嗟に『デウスコロナ』を放とうとし、手を止めた。
目の前にフラッシュする死体。
俺は、人を殺してしまうんだ、と頭で考えた瞬間に男の撃鉄が身体にぶつかり、頭から空に跳ね跳ぶ。
「……くっ……がはっ」
地面を転がった俺は、側に血溜まりを作った。
「お前、名前は?」
「…………三ヶ峰銀人」
「サガミネ? 珍しい苗字だな……」
「そういうお前の名前は?」
「悠。ただの悠だ。苗字は無い」
ある程度血反吐を吐き終えるのを切れ長の瞳が俺を睨み付けると、悠は鉤爪を俺の喉元に冷酷に突き立てる。
「俺は山賊だ。奪うのは、お前の命さ。安心しな、後で美味しく料理してやるからよ!」
ニカッと笑ったその顔はまるで無垢な少年のようで、筋肉隆々な姿とは対照的でギャップがある。だが、そんな事を思ってる内に鉤爪を俺へと降り下ろされた。顔は子供みたいでもやることはエグい。
思わず目を瞑り、神を恨む。
――こんな奴が居るなんて聞いてない、いや、これは俺が人を殺してしまった代償なのか。
そう考えると、何だかこのまま受け入れても良いような気がしてきた。俺がした罪を禊げるのはこれくらいじゃないかとすら思える。俺は抵抗を止めて、じっと死を待った。
……何秒経っただろう。暫くしても、何の痛みもない。
刺されたりしたら異物が身体を抉る感覚があることを知っている俺はその事態を酷くおかしく思った。ゆっくりと瞳を開けば、目の前で鉤爪は止まっている。
「…………お前、抵抗しねぇの?」
重みを含んだ声色。冷や汗が止まらなかったけれど、この場で彼に言い残す事は一つだけだ。駆け引きも何も無しに俺は笑った。「俺が殺した罪は消えないから」と。
「……プ、アハハハ!!」
「え?」
嘲笑、冷笑、黒笑。そのどれとも違う突然の笑いに金魚のように目を丸くさせて俺は固まる。なんだ、何で笑ってるんだ。遂に俺は幻覚を見てるのか、とそこまで考えた所で悠は目に笑い涙を浮かべて口を割る。
「お前、今時おもしれぇ奴だな」
「面白い…………!?」
「ああ、義賊でもそんなこと言わねぇよ。お前、いいやつなのな」
そう言って悠は鉤爪を外して、俺に手を差し伸べる。おずおずとその手を握った俺に暖かさが流れ込んで来るのが解った。グイ、と引っ張られて立ち上がる俺を見て、悠は一仕事終えたような雑な動きで背中を向ける。
「なーんか、興が削がれちまった。止めた。山賊は気が早いんだ。だからお前の命は助けといてやるよ」
「何で俺なんか助けるんだよ……俺はお前の」
「おっと、それ以上は無しだ。あいつらは己の力量を知らずにお前に突っ込んで、お前は自分の身を守っただけ。お前に殺しなんて出来やしねぇ」
何という奔放さ。これが山賊なのか。
俺が言葉に詰まってると、悠は高らかに笑う。
「お前、これから行くとこあんのか?」
「いや……此処が何処なのかも分からない」
「丁度良いや。お前殺すのは何となく気が引けてきたし、これから行く街でなんか奢ってくれたらあいつらの事は許してやる」
歯を見せて言う悠に圧倒されて、俺は「お前にとって仲間ってその程度の物なのか」という言葉を見失った。だが、悠はそんなこと気にしてない、という様子で、一人でさっさと歩いていく。
拳に嫌な汗が沸いてきた。
その言葉は「ついてこなければ殺す」という意味を含めているような気がしてならなかったのだ。それに、人の命を何とも思わない奴は嫌いだ。自分がそういう奴に殺された反動からかもしれないが許せない。
「……何でそんな簡単に俺を許す?」
「簡単な算数だ。あいつら五人より、お前と居た方が面白いと思ったから」
「…………それはありがとう」
そういう考え方もあるのか。大柄な悠の横に何とか足を並べて森だった所を二人黙々と歩く。口を開くと「やっぱりお前、面白くない」と言われて切られそうだったから、という理由もある。生きれる環境になったら急に生にしがみつくなど都合の良い人間だ俺は。
これから、どうなるのだろうか。
この男がなんと言おうと俺は人を殺してしまった。チートな能力には付き物なのかもしれない。でも、殺さない人だって居るんだ。能力をキチンと使いこなさないとこれからもこんな事があるかもしれないのだ。
「これから『横臥宮』に行く、そこで良いか?」
「『横臥宮』? なんだそこ」
「知らねぇのか? 『横臥宮』ってのはこの辺じゃ五本の指に入る程の大きな街でよ、そこの街では『睡眠姫』の名で知られてる金持ちの女が居るくらい堕落に特化した街だ」
「なんでそんな女の人の事を知ってるんだ……」
「俺一応山賊だから」
ニヤリと意地悪く悠は笑う。睡眠姫。どんなお姫様なのか気になるけれど、その街で魔法の使い方をしっかりマスターしておくべきか。
――兵藤さんに申し訳無い。
結局俺は生き返っても兵藤さんに気に入られるような男になるのは無理なようだ。ガックリと項垂れた俺の隣で悠が喧しく笑っていた。
「とりあえず宜しくな! 銀人!」
「…………お、おう」
気まずさと優しさに包まれて、俺は歩き出すのであった。
次回、世界観の設定を投稿させて頂きます