表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

一般ファンタジー小説

京都幽玄譚-黄昏時のハローウィン

作者: 藍上央理

 生まれて初めて京都を訪れたわたしは、前々から興味を持っていた仏閣を訪れて、京都という空間を楽しんでいた。

 十月も終わりを告げようという寒い季節の京都は、目に鮮やかな紅葉こうようが景色にえて、何枚でもカメラに風景を収めたいという気持ちに駆られてしまう。ただの町並みにすら風情を感じ、通りすがる地元の人達の視線も気にせずにデジタルカメラのシャッターを押した。

 八坂通やさかどおりにある建仁寺けんにんじ風神雷神図屏風ふうじんらいじんずびょうぶ、天井を舞う二匹の龍、パノラマに広がる整然美とした白洲しらすの庭、打って変わり紅葉舞い散り苔むすしっとりとした風情の庭、寺内のふすまにすら美と荘厳な迫力が籠められていて、ただただ陶然とした心持ちで堪能して回った。建仁寺をあとにし、今度は松原通まつばらどおりを越え、六波羅蜜寺ろくはらみつじに向かった。

 わたしにとって、京都東山は特に六波羅蜜寺が見所で、そこの重要文化財でもある十一面観音立像は実にたおやかで優しい顔つきが心を癒やしてくれる。他にも傑作と思える彫刻が納められていて、一つ一つの彫像を丹念に見て回った。平安時代から始まり、鎌倉時代へと続くいくつもの彫像の繊細かつ薄皮の奥底をも見通した秀美に、取りかれたように見入り、時が過ぎるのも忘れてしまう。満足しきって寺を出るとあかね色に染まった空が、朱墨しゅずみき飛ばしたように広がっていた。

 観光ツアーが予定している夕食の時間まで一時間ほどしかなかったが、心穏やかな時間に終りを告げるのが名残惜しく、わたしはゆっくりと六条通へ向かった。古い建築と新しい建築の家とが混じり合い、どことなく現実味のない町並みを眺めながらそぞろ歩いた。時々、濃い橙色をしたかぼちゃの顔を模したプラスチック製の、ユーモラスな飾りを施した家がある。

 そうか、今日はハローウィンなのだ、とわたしは思い当たった。

 幽玄ゆうげんな町並みとハローウィンの飾りはあまりにもそぐわない気もしたが、飾り付けられた家々を黄昏たそがれ時に眺めていると、それもあり得るんじゃないかと思えてくる。

 多分、先程までの夢心地を今も引き摺っているのだろう。ふわふわとした気分が酩酊めいていしたときのように、わたしの認識を緩ませている気がした。手にしたカメラを構え、わたしはその飾りも京都の一部だと受け入れてシャッターを押した。

 と、つんつんと裾を引くものがいる。わたしは振り返り、誰もいないはずの通りを見回した。しかし、またも裾を引かれた。視線を下げるとそこに白い着物姿の五歳くらいに見える男の子がいた。額に幽霊の漫画でよく見る三角の布を巻き、着物は浴衣のような布地で五歳の男の子に着せるには小さすぎて、つんつるてんだった。

 外灯が点くほどでもなく、かといってはっきりとものが見えるわけでもない。こんな薄暗闇に小さな子供が一人いるのも珍しく感じる。

「どうしたの?」

 比較的優しい声音で、話し掛けてみた。すると、男の子が右手を差し出して、小さな声で言った。

「飴ちょうだい」

「飴?」

 わたしは背後の家に飾られたかぼちゃのおもちゃを振り返った。ああ、トリックオアトリートお菓子をくれなきゃいたずらするぞ、そういうわけか。一人納得し、肩掛け鞄の中を見てみる。飴はいつも持ち歩いていた。のど飴だが、たまに舐めたくなるときがあるからだ。わたしは一粒取り出して、男の子の差し出した手のひらに載せた。

「これでいたずらはしないでね」

 わたしの言葉に、男の子がにっこりと笑顔を見せ、「ありがとう」というと、包みを破り飴を口に含んだ。他の家に立ち寄るのだと思い込んでいたわたしの考えを裏切るように、わたしが辿ってきた建仁寺に通じる道へと走っていき、突如として消えた。

 驚いたわたしは夕闇に消えた男の子を探してみたが、杳として知れず、消えた場所に駆け寄ったとき、示し合わせたかの如く、外灯がぱちりと点った。隠れる場所もない通りで霞のように消えてしまった男の子を追って、来た道を戻る。

 松原通まで戻り、わたしはいきなり現実に引き戻され、我に返った。

 道を抜けた先、松原通を挟んだ真向かいに『幽霊飴』という幟を見つけた。わたしは道を渡り、店に入った。店先に飴の由来が書かれたチラシがあり、幽霊飴というラベルの貼られたベッコウ飴が売られている。

 わたしが男の子にあげたのど飴は、ベッコウ飴ほどには甘くない。さぞかし甘くないのをもらった、と不満の思いで消えてしまったのかも知れぬと感じ、わたしは店主から幽霊飴を一袋買い上げて、黄昏が深まる京都の町へと再び戻っていった。

 これを読むあなたがわたしの話を嘘だと思うのならば、あの通りにおもむいてみるといいだろう。あなたもあの男の子に出会えるかも知れない。幽玄の都、京都ではなにが起きても不思議はないのだから。




 了

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ