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魔宝石店に行こう(2)

 走りだすことこそなかったものの、店主は足早に店内をめぐり、窓にカーテンを閉めて回った。「昼休ミ」と書かれた看板を表に掛け、施錠をすませる。裏手に回ると火の灯ったロウソクを手にし、最後に部屋中の明かりを落とした。

 部屋のなかは、たちまちのうちに柔らかな闇に包まれる。ロウソクの弱々しい火だけが、じんわりとした光の輪を作っていた。


「で、これを……」


 そういってとりだしたのは、両腕で抱えるほどに大きな、透明の箱。上部のふたを開け、魔宝石が入った《宝石箱》を内部に入れる。《宝石箱》はさも当然、というような顔をして、なかに鎮座した。


「準備完了、ね。開錠は済んでるわ。開けてちょうだい」


 瞳を宝石のように輝かすプリシアに、店主は苦笑し、さとすようにいう。


「お嬢さんはもうすこし離れたほうがいい。たしかにこの箱は《宝石箱》と同じものだけど、可視化のため光だけは遮断しない仕組みになっている。光源は必要最低限に抑えているものの、もしこの魔宝石が強力な屈光性なら、危険だ」


 店主の指摘はもっともだといえよう。


 そもそも魔宝石の鑑定が資格を持っているものにしかできない理由は、未知数ともいえるその危険性にある。未鑑定の魔宝石は、光に反応するかもしれない。衝撃に反応するかもしれない。そして、炎を生むかもしれない。鉄球を放つかもしれない。


 鑑定するにあたり、注意を払いすぎるということはないだろう。


「あら、それは心外だわ」


 しかしプリシアは、口を斜めにしてみせた。余裕綽々という言葉が頭をよぎった。


「もしもよ、店主さん。もし、あなたの子供が、なにかと周囲に当たり散らす癇癪玉のような反抗期を迎えたとき、あなたはそれを人任せにして、ただ傍観するのかしら?」

「……バカやろう」


 店主はあんぐりと口を開けるだけだった。やがて、そうすることを忘れていたかのように、ふと息をもらす。その口元はわずかに緩んでいた。


「あいにく、ぼくは独り身でね。……魔宝石だけが恋人なんだ」

「素敵だわ。ならなおさら、あたしの気持ちがわかるでしょう?」

「わかったよ」


 聞き分けの悪い子供に折れる大人のように――いや、目に入れても痛くないくらい可愛らしい子供をまえにした大人のように、だろうか――店主は苦笑してみせる。


 そして、俺のほうを向いたかと思うと、


「まあ、もしものときは、きみがこのお嬢さんを守ってくれるんだよね?」


 といった。瞳の奥底には、なぜか子供のような茶目っ気が浮かんでいたが、その意図はわからなかった。わからなかったが、店主の言葉にちがいはなく、俺は即座に首肯する。


「無論だ」


 次いで、プリシアもうなずいた。


「当たり前だわ」


 それも、いまにも中身があふれてきそうなくらい、自信たっぷりに。


「…………」

「なによ」


 怪訝な表情を浮かべてプリシアの顔を見る俺に、プリシアは怪訝な表情を浮かべる。


「いや……そういうことは、おまえがいうことではないだろう」

「なんでよ? 守ってくれないわけ?」

「そういうわけではないが」


 返答に窮す。プリシアはそれ見たことかとばかりに鼻を鳴らし、


「ならいいじゃない」

「……おまえを守る、守らないは、おまえが決めることではない」

「いいえ、あたしが決めることよ」


 プリシアは首を振り、たしかな口調でいう。


「だってあたしは、決めたもの――あんたが必ずあたしを守ってくれるって、信じるって」

「……やれやれだ」


 俺は会話をそこで打ち切った。返答に困ったからではない。これ以上、プリシアを説得する術を持たなかったからでもない。たんに、いまの答えでじゅうぶんだったからだ。


「はは」


 一連の会話を聞いていた店主は、おかしげに肩を揺すった。


「ずいぶんと面白いコンビのようだね、きみたちは。なんにせよ、注意はしておいてくれよ」


 はやる気持ちを抑えるかのように、店主は静かにまぶたを閉じた。深く息を吸い、深く息を吐く。そのままゆっくりと一礼をする。この老人なりの通過儀礼なのだろう。


「では、ご対面といこうか」


 店主はうなずき、巨大《宝石箱》の左右から手を入れる。薄氷に触れるかのような慎重さで、ふたのについているボタンを押す。プシュという空気が入り込む音とともに、ふたがゆっくりと浮きあがった。


 緊張の一瞬だった。


「……大丈夫みたいだね」


 どうやら《宝石箱》のなかの魔宝石は、空気などに強烈な反応を示すものではなかったようだ。もっとも、洞窟のなかでも反応を示している様子はなかったことから、その可能性は低いとわかっていたが。


 そして、ゆっくりとふたが開かれる。


「……おお」


 店主の口から、感嘆の吐息が漏れた。


 その黒々とした瞳にうつるは、磨き抜かれた鏡のように輝く魔宝石だ。暗闇のなかでも、たしかな銀色を放つその様は、夜空に浮かぶ月のようでもあった。

 大きさは、赤子の握りこぶしよりも小さいくらい。その表面にはひとつの角も、ひとつの傷もなく、きめ細やかな光もまた、生まれたての赤子のようだった。


「……素晴らしい」

「転換属性はなにかしら?」

「これは、ブロード洞窟で? ……ああ、それならきっと、氷結転換型だ。あれは海底洞窟の一種でね。冷気と魔脈群が作用しているから」


 危険は少ないと判断したのだろう、《宝石箱》から魔宝石をとりだし、さらに間近で観察する。さきほどプリシアにいったことなど、とっくに忘れているようだ。


「反応が弱いみたいだ」

「なら、屈衝撃性かしら?」

「いや。たしかに弱いけど、でも決して反応がないわけじゃない。見てごらん、魔宝石のまわりで、わずかに冷気を放っている」


 店主はロウソクの乗る燭台に手を伸ばし、白銀の魔宝石のうえで、さっと振った。しかし、闇に描かれた柔らかな光の尾は、魔宝石を撫で、その姿を浮き彫りにするだけだった。


「屈光性でもない、と」

「だとすれば、あとは――」

「屈磁性、屈熱性、屈重力性。珍しいのでは、屈波性なんていうのもある。なんとね、声や音――音波というのかな、そういうものに反応する魔宝石らしい。……らしいというのは、実際に目にしたことがないからなんだけど」


 店主は鼻息を荒くし、聞いていないことまで言葉を並べる。興奮しているのだろう。しかし一方で、プリシアは真剣な面持ちでぶつぶつとつぶやく。


「ううん、でも、磁石は持ってないから反応しないでしょうし、ロウソクがダメだったから屈熱性もちがう。屈重力性……は、あとで落としてみないとわからないわね。屈波性もないでしょうけど……ウォーロックの頭でっかち! 石頭! ……うん、ダメね」

「おい」


 大声をだしてみるにせよ、なにかもうすこし、ほかにあっただろうと思う。


「とりあえず、屈重力性を試してみようか。ちょっと待ってくれ」


 そういって店主がカウンターのしたからだしたのは、柔らかい、厚手の布きれだった。それを《宝石箱》のなかに詰めていく。なるほど、このなかに魔宝石を落下させるということか。


「……は」

「よし、これで……どうしたんだい、お嬢さん?」


 プリシアは、まるで棚から落ちてくる餅を待つかのように、大口を開けていた。そしてそのまま、大きなくしゃみをひとつした。


「はくしょん!」

「ああ、ごめんごめん。しばらく使ってなかったからね。もしかしたら、ほこりがついていたのかもしれない」


 それは、大きなくしゃみだった。


「いえ、大丈夫よ。さっそく続きを……って」


 魔宝石が、反応を示すくらいには。


「まさか」


 白銀の魔宝石の内部が、静かに輝いていた。


次回は1/28火曜日、夜22時更新予定です。

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