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魔宝石店に行こう

 ミルブラン――それが、いま現在、俺たちが拠点としている街の名前である。


 街の大きさは中規模。「町」と表記するほど小さくはないが、「大都市」といえるほど大きくもない。これまた中規模の魔脈群が付近に流れているから、かつては魔宝石産業でそれなりに活気があった街のようだが、いまはやや衰退気味。そんな印象の街である。


 だが、腐ってもかつては魔宝石業で栄えていた街だ。

 いたるところに魔石を使った設備が整えられており、また先ほどの食堂のメニューの一部として用いられていたりと、ひとびとの生活に根づいているといえるだろう。

 しかし、それにしては、《シンプリィ魔宝石店》はこじんまりとした外見だった。


「……寂れた店ね」

「たしかにそうだ。しかし、店の構えと鑑定眼に関連性がないことも事実だ」

「開けるわよ」


 木製のトビラは立てつけが悪いのか、キィと短い悲鳴をあげつつ、ゆっくりと開く。


「いらっしゃい」

「…………」


 前言撤回だ。《シンプリィ魔宝石店》は外見だけでなく、内装もこじんまりとしていた。


 魔宝石店といえば、無駄に豪華か、必要以上に質素かのどちらかであることがほとんどだが、この店は後者のようだ。

 魔宝石が入った箱が陳列されているのはレジに併設されたガラスケースのなかだけらしく、壁棚には魔石が乱雑に並べられている。レジのなかで新聞に目を通している壮年の店主の存在が、その寂しさを際立たせていた。


 魔宝石店とはその名のとおり、魔宝石を扱う店である。なかにはこの店のように魔石を扱う店もあるが、メインは魔宝石だ。

 そして、魔宝石――ゴーレムが人間により作りだされた奇跡なら、魔宝石は自然により作りだされた奇跡である。

 魔脈が流れている地において形成された宝石は、ときに複雑な結晶構造をなし、様々な特性を持つ。それは、吸収した力を、べつの力に変換し、放出するものだ。

 その摩訶不思議な現象を目にした昔のひとびとはそれを魔法だと信じ、魔法の力を持つ宝石――ということで、魔宝石という名がついたとのことだ。


 いまでこそ、それが魔力による多少に効用を借りた自然現象だと判明しているわけではあるが、やはり「魔法のよう」であることにかわりはない。いや、魔法というものがないこの世において、魔宝石は魔法そのものであると考えることもできる。


 つまり、魔宝石は、非常に高価である。

 そして、魔宝石は、自然のなかで形成されるものである。

 ならば、魔宝石を求めるものがあとを絶たないのもうなずけるだろう。魔宝石を欲した人間たちは、山、谷、洞窟、森、ときには海底など、いたるところに足を伸ばした――プローラーのはじまりである。


 そしてプローラーたちは、驚くべき事実を観測した。なんと、自然の奥底で暮らす魔族たちもまた、魔宝石を求め、収集しているというのだ。

 理由はわかっていないが、研究者たちのあいだでは、魔族は人間よりも純粋な理由――すなわち、自然の奇跡とでもいうべき存在である魔宝石に畏敬の念をはらうためだ、というのが有力説になっている。

 証拠といってはなんだが、彼らは魔宝石を集めることはあっても、魔石を集めようとはしていない。そして、見つけた魔宝石を、昨日のように、住処である洞窟などの最奥部に祀りあげるのだ。


 自分たちが見つけなくてもいい。魔族たちが見つけてくれるのなら、それを奪ってしまおう――そう考えたひとびとが、トレジャーである。

 すなわち、魔族たちが巣食う洞窟などに自ら乗り込み、最奥部の魔宝石を持って帰ろうという、いわば強盗まがいのことを生業としているものたちだ。

 魔族たちもせっかく見つけた魔宝石をただで盗られるわけにはいかない。そのため、危険度でいえばプローラーたちに比べ物にならないほどだ。

 しかし、魔宝石を探すという手間を掛けずにすむという意味では効率的でもあることから、腕に自信のあるものはトレジャーになることが多い。ちなみに、俺たちはトレジャーである。


 自然界から直接、魔宝石を探すものが、プローラー。

 魔族たちから魔宝石を奪おうとするものが、トレジャー。

 実はもうひとつ、べつの手段で魔宝石を手に入れようとするものがいるのだが、それはいまでなくてもいいだろう。


 妙にかしこまった仕草で、プリシアは店主に声をかける。


「もしもし、店主さん。……店主さんで、いいのよね?」

「おお、いかにも。ぼくがこの店の店主だ」

「ひとつ訊きたいんだけど、こんな寂れた店でも、魔宝石の鑑定はやっているのかしら?」


 ……初っ端から大した口の利き方である。

 しかしどうやら初老の店主は気のいいひとらしく、孫を見るかのように目を細める。


「もちろんさ、お嬢さん。特に鑑定の腕は大したものだよ。あまりにも的確な鑑定をするものでね、なかなか買取り価格を支払うことができないんだ」

「鑑定料はかかるのかしら?」

「まさか。ぼくはね、多くの魔宝石を拝むためにこの店を開いたようなものさ。むしろ僕がお金を払いたいくらいものだよ。素晴らしい魔宝石と、それを得るために費やされた、きみたちの努力に」

「ふうん」


 店主の素朴な、しかし心のこもった手放しの賞賛に、プリシアは鼻の穴を膨らませる。


 その外見と生意気な口調に、こういった店に魔宝石を持ち込んでも、冷やかしだと思われたり、胡散臭いものを見るような目で見られることも少なくないプリシアにとって、この店主の対応は合格だったようだ。

 振り返ったプリシアは、高らかに笑いだしたいのをこらえているのか、口元をゆがませていた。そして、これまた演技くさく、厳かに呼びかける。


「ウォーロック」

「ああ」


 賛同の意を込めつつ、うなずく。

 たしかに寂れた店だが、よくいえばシンプルだともいえる。シンプルはいい。なにより、魔宝石だってシンプルなのだ。自然が形作った、もっとも効率的な構造――それが結晶であり、それが魔宝石なのである。ならばそれを扱う店も、同様にシンプルでなければならないのではないだろうか?


 そんなことを考えつつ、革袋から黒い箱をとりだし、プリシアに手渡す。それを見ていた店主は軽く目を見開き、プリシアと俺の顔を交互に見比べた。その様子から、やはり俺たちが魔宝石を持っているとは思っていなかったのだろうとわかるが、まあいい。


「それは……魔宝石かい?」

「もちろんよ、店主さん」


 プリシアは横柄にうなずく。

 黒い箱は、未鑑定の魔宝石を安全に保存するためのものだ。もちろん、傷をつけない、という意味もあるが、実際にはそれ以上の意味がある。

 ときには衝撃を、ときには光を、べつの力に変換して放出する魔宝石を迂闊に外に出しておくことは、危険以外のなにものでもない。

 黒い箱――通称《宝石箱》は、そんな外部刺激から、魔宝石を守る役割がある。


「とれたてほやほや、新鮮ぴちぴちの魔宝石よ。鑑定をお願いするわ」


 店主の表情が、にわかに気色ばんだ。


次回更新は1/26日曜日夜22時です。

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