少女とゴーレムの日常(3)
「これでバッチリでしょう。……あつっ」
「うん、美味いな」
俺たちはもくもくと海老や貝、それにイカなどを口に運ぶ。ガーリックオイルでコーティングされた表面は、噛むとプルンと弾け、口のなかにエキスのシャワーをまき散らす。
魚介類はまたたくまに姿を消したが、アヒージョの魅力はこれからだ。
パンをちぎると、魚介のエキスをもれなく吸収したオイルにひたし、金色の光を得たそれを舌のうえにむかえる。噛むと、深みのあるニンニクの味が味蕾を刺激し、あとを追うように、小麦の香りがふと広がった。
「……なんだ?」
いつのまにかプリシアは、テーブルにフォークを置き、食事をやめるかわりに俺の顔を注視していた。いったい、どうしたというのだろう。
「いや、本当にかわったゴーレムだな、と思って。そんなに美味しそうにアヒージョを食べるゴーレムなんて、見たことがないわ」
「その年になって粗相をする人間もいるくらいだ、なにもおかしいことではないだろう」
「その話はやめて」
「どの話だ?」
とぼけると、プリシアは重々しく息をはいた。
「ほんと、にくたらしいゴーレムだわ」
「それは心外だな。こんなに頼りになるというのに」
「それを自分でいうかしら、普通」
「なにをいう、俺は普通のゴーレムだろう」
「普通じゃないわ、残念ながらね。……むしろ、本当にゴーレムなのかすら、疑問だわ」
食後のコーヒーをすすりながら、プリシアはいう。コーヒーに含まれるカフェインには、利尿作用があるが、大丈夫だろうか。ふと心配になる。
「ゴーレムとは、土と魔核から作りだされた存在全般をさす。ならば、俺がゴーレムであることに疑いはない」
「たしかにそうだけど……苦っ」
格好つけで飲んだブラックコーヒーは、お子様の口にはあわなかったようだ。ミルクと砂糖をあわてて追加し、もう一度、今度は慎重に、口に含む。……合格らしい。
「でもそれは、体が岩石に覆われていて、その隙間を泥で塗り固められているような、そういうゴーレムよ。……あんたみたいに、人間とうりふたつのゴーレムじゃなくて」
「ゴーレムの定義に、人間との相違はあげられていない」
「そうはいってもねえ」
ゴーレムの正式名称は人造疑似生命体。土や泥、それに岩などを魔力で練りあげて形作られた存在である。錬金魔術師――ゴーレムを作りあげる人間のことだ――により人型、獣型、鳥型、はたまた機械型など、その造型はそれぞれだ。
ただし、ひとつだけ共通しているものがある。
それは、いずれのゴーレムも、元は土や泥、それに岩だということである。ゆえに、その体表面は、基本的に、岩に覆われている。熟練の錬金魔術師であればあるほど、その岩は細かくなり、遠目に見ると本物と見間違えることも少なくない。
しかし、俺は。
「どこからどう見ても、人間よね」
「……それは否定しない」
「人型じゃなくて、人間のゴーレムだわ。……まあ、でも、百歩譲って、その外見はあんたを作ったあのひと……錬金魔術師の腕だということにしておきましょう」
やっぱりおかしいことにはかわらないけど、と、申し訳程度につけたして。
「でも――」
プリシアは語気を荒くしていう。
「ゴーレムが朝寝坊をして、空腹を感じ、アヒージョにパンをひたして美味しそうに食べるって、やっぱりどうなのよ。ねえ?」
「…………」
同意を求められても、というのが本音だった。
たしかに、普通のゴーレムは朝寝坊をしないどころか寝ないだろうし、空腹も感じないだろうし、アヒージョにパンをひたして美味しそうに食べることもしないだろう。
だが、その理由など、俺にはわからない。
もっとも、プリシアもたんに同意を求めているだけだから、一言「そうだな」といえばいいのかもしれない。
しかし――いや、だから、だろうか――俺は、こう答えた。
「いいか、プリシア。……おまえはひとつ、勘違いをしている」
「……なによ」
朝寝坊をして、空腹を感じ、アヒージョにパンをひたして食べるゴーレムである俺は、いった。
「アヒージョにひたしたパンは、美味しそうではない――美味かった」
試験期間に突入したため、次回更新は1月25日土曜日夜22時を予定しています。