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少女とゴーレムの日常(2)

「まったく。いったいいつになったら、おまえの悪癖は治るんだ?」

「…………」


 プリシアからの返答はなかった。

 かわりにパンを乱暴にちぎり、口に放りいれる。荒々しく咀嚼し、ごくりと飲み込む。彼女の脳内でパンが俺に置き換わっていないことを切に願った。


 俺たちはあのあと、街に繰り出し、《ハルシオ料理店》とやらに来ていた。ほかにも食堂はいくつかあったが、選んだのはここだった。理由は特にない。しいていえば、看板が大きく、一番に目がついたから、その程度のものだった。

 だが、適当に選んだわりには、店内はそれなりににぎわっていたといえよう。いつか、この店の倍くらいある看板を構えた店を建ててみたいと思った。すくなくとも、コーヒーはその程度の味だった。


「それと、やらかすたびに、その罪を俺にきせることはやめてくれ。……もっとも、宿屋の女将は、犯人がおまえだと気づいていただろうけどな」


 女将の薄笑いを思いだしながら、俺はいう。


「うるさい」

「……やれやれ」


 どうやら、相当ご立腹のようだった。もっとも、赤らんだその頬は、恥ずかしがっているように見えないこともない。どちらにせよ、この話は厳禁ということだ。

 話題をかえてみることにする。


「鑑定に持ち込んだあとはどうする」

「……なにが」

「だから、この街にもうすこしいるのか、それとも場所を移すのか」


 スープをすくったスプーンに視線を落としながら、プリシアはしばし思案する。


「ほかに、魔族が集まっているところはあるのかしら」

「さあな。だが、女将の話だと、昨日の洞窟が最大級とのことだった」

「……あのひとの反応は?」

「ない。まえにもいったように、反応は微弱で、断続的だ」


 まるで、俺たちを思いのまま動かすように――という言葉は、胸のなかにしまっておく。

 そうね、とプリシアはうなずき、スープを口に含む。


「三日はここにいましょう。そのあいだに反応がなかったら、次の街へ行くわよ」

「了解」


 三日か。おそらく、反応はないだろう。そして、また旅を再開して、忘れたころに、ふと反応があるのだ、きっと。数週間前、ここ――ミルブランの街にて、反応を感知したときのように。


「魚介類のアヒージョです」


 会話の切れ目を狙いすましたかのように、食堂の店員が新しい料理を運んできた。

 たっぷりのガーリックオイルにひたされた海老や貝などの魚介類が、熱せられた鉄鍋に盛られている。そしてその鍋は、あらかじめ用意されていた台のうえに置かれた。


「熱いので、お気をつけください」


 そういって店員は台座のしたに、黒ずんだ石を置き、ポケットに入れていた小さなハンマーを取りだした。二回、三回――五回も叩くと、オイルはふたたびにわかにパチパチと小気味いい破裂音をはじめた。鉄鍋が温められているのだ。


 黒ずんだ石は、魔石――Eランク魔石・《ヒートリア》のようだ。

《ヴォルカニカ》よりも質の悪い、よくいえば大衆向けの魔石だ。与えられた衝撃を、爆発までとはいかないが、熱に変換し、ゆっくりと放出する。そんな特性から、ここのような大衆向け食堂では重宝されている存在である。


 魔石と魔宝石は、基本的に同じものだ。

 厳密にいえば、魔石は、美しさ、珍しさ、そして硬さというみっつの観点によりAからFランクにふりわけられ、A、B、Cランクの魔石が魔宝石と呼ばれている。


 たとえば《ヒートリア》を例にとるならば、見てくれはただの石ころ。そして珍しさも、石ころ程度――とまではいかないが、魔石のなかでは見つけやすい部類に入る。だからこうして街の大衆料理店でも出てくるわけだが。最後に硬さもやはり石ころ程度と、いたって普通の魔石である。ゆえに、Eランク認定されているわけだ。


 一方で《ヴォルカニカ》は、目にするものを魅了する力強い赤銅色をしており、また、硬度は七。石ころの硬度は二であるから、その差は歴然である。


 また、珍しさという観点においても、《ヒートリア》はある程度の地熱がある場所であれば流れる魔脈はすくなくてもいいが、《ヴォルカニカ》はホットスポットの近く、かつ毛細血管のように魔脈が流れていなければならないから、やはり比べ物にならない。


 だが、勘違いしないでほしい。

《ヴォルカニカ》は、光を爆発に変換する――専門用語でいえば屈光性爆発変換型だ――Bランク魔宝石であるが、本来は戦闘使用の目的に耐えうるものではない。


「気をつけてっていってたけど、これ、あんまり熱くないわ」


 海老を口に入れたプリシアは、不満顔でいう。


「温めなおしてもらうか?」


 熱くないアヒージョなんて、苦くないコーヒーのようなものだ。店員を呼ぶべくあたりを見渡すも、プリシアはそれを制する。


「べつにいいわ、こっちでなんとかするから」

「って、おまえ、まさか――」

「大丈夫よ、大丈夫。……ハンマーはないけど、フォークでいいかしら」


 カツンと、プリシアは手にしていたフォークで、《ヒートリア》を叩いた。衝撃を熱に変換する――ちなみにこれは屈衝撃性熱変換型となる――魔石を。


 本来ならば店員がやったように、小型のハンマーで五、六回叩いて、ようやく温かくなる程度である。フォークで一回小突いただけでは、息を吹きかければ消えてしまうほどの熱しか発しないはずだ。


 しかし、そこに魔力をくわえると。


「えいっ」


 魔力により、与えられた衝撃が《ヒートリア》の内部で加速し、反射し、拡散する。つまり、実際にくわえた衝撃の何倍もの衝撃が与えられたときと、同等の熱量を生むわけで。

 結果、《ヒートリア》は、にわかに赤銅色に染まる。


「おお」


 油が跳ねる、小気味いい音が聞こえてきた。

次回は1/20月曜日夜22時更新予定です。

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