はじまりの銃声(4)
「最後の一撃のタイミングがあたしの叫びとすこしばかりずれていたから、今後、気をつけるように。いいわね?」
俺が守るべき宝物の第一声は、それだった。
「返事は?」
「…………」
なんだろう、この気持ちは。
べつに労いの言葉がほしかったわけではない。ほしかったわけではないが、だからといって、「かけ声とずれていた」なんていう言葉は、もっとほしかったわけではない。
だが、いまさらプリシアにそんなことをいっても、という気持ちもある。この気持ちに名前をつけるならば、そう、「諦め」だろうか。
「あんた、なにか失礼なことを考えてるわね」
プリシアは目ざとく俺の表情を読み、いう。
「その指摘に答えるうえで質問がひとつある」
「? なによ」
「丸いものを見てこれは丸いという感想を抱くことは、失礼ということになるのか?」
「……どういうこと?」
「つまり、もうどうにもならないやつに、もうどうにもならないという感想を抱くことは失礼なのかどうか、ということだ」
「あんたが失礼なことを考えてるってことはよくわかったわ」
俺とプリシアのあいだで、目に見えない火花が散る。しかし、こんなところでいい争っていても意味がない。ふと視線をはずし、プリシアをうながす。
「とにかく、ガーゴイルは倒したんだ。魔宝石をもらってさっさと帰るぞ」
「ま、それもそうね」
打てば響くように、プリシアは答える。
毎度のことながら、この転換のはやさは見事だ。言動は子供じみているものの、芯ははっきりしているというか、優先順位が定まっているというか。そういう意味では、扱いやすい存在だといえよう。
プリシアはスキップをして祭壇をに向かう。まるで初めて使いを命じられた子供のようなその背中になにか嫌な予感を覚え、俺は慌てて声をかける。
「おい、プリシア、最後の最後まで警戒しないと――」
「なんでよ? 門番はもう倒したじゃない。平気よ、平気――」
カチリ。
「……って」
プリシアの足元から、不吉な音がした。それはまるで、物陰から俺たちを観察していた死神の乾いた足音のような、擦れた笑い声のような、そんな音だった。
「ウォーロック、これ」
プリシアの足のしたにある石畳の一枚が、ベコリとへこんでいた。いまの俺たちにはその穴が、地獄まで続いているかのように思えた。
「……バカやろう」
「ば、バカってなによ! こんな意地悪な仕掛け、まるで罠じゃない!」
「まるでじゃなくて、完璧に罠だ」
「~~~っ!」
どこからともなく聞こえてくる重々しい地鳴りは、地の底を大量の兵士が闊歩しているかのようだった。そしてそれはたちまちのうちに、洞窟全体を飲み込んだ。
さて、なにがはじまるのだろうか。
「ふえっ!?」
ふとうえを見あげたプリシアが、つぶれたカエルのような声をあげる。
それもそのはずだろう、石畳に覆われていた天井が、壁が、次々と崩落していく様子が頭上に広がっていた。どうやらプリシアがかかった罠は、この洞窟そのものを崩壊に導くものだったようだ。
「って、だれがつぶれたカエルよ! もっと可愛げがあったわよ!」
「そうじゃないだろう。このままだと、本当につぶれたカエルになるぞ」
「だから、だれがカエルだってのよ!」
……なるほど。プリシアの鬼気――もとい、危機迫る表情に、俺はあることを察した。
こいつ――完璧に現実逃避をしている。
「……やれやれだ」
そんなつぶやきは、崩れ落ちる洞窟の慟哭に飲み込まれ。
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
視界が――いや、世界が、暗転した。
……。
…………。
………………。
「ぷはっ!」
地下洞窟の崩壊に飲み込まれた俺たちがふたたび太陽と対面することができたことは、奇跡といってもいいだろう。
だが同時にそれは、当然であるともいえる。
なぜなら、俺はゴーレムであり、プリシアは宝物なのだから。
そして、ゴーレムは宝物を守るのだから。
ゆえに、俺はプリシアを守る。
洞窟の崩壊からだって、このとおり。簡単な三段論法だ。
「はっ、はっ……死ぬかと、思った」
そのまま風船のように膨らみ空へと浮かんでいくのではないかというくらいに、プリシアは空気を吸い込んでいく。風船とまではいかなくても、すこしは身長の足しになってほしいものだ。
俺もふと、深呼吸をしてみる。夕暮れの匂いがした。
たんに、洞窟に潜っていた時間が長かったのか。それとも崩落後、生還するまでに時間がかかったのか。それはわからないが、地上はすでに夕方の気配が漂っていた。
東の空には深い藍色が広がっていたし、顔を反対に向けてみれば西の空には、真っ赤になって沈みゆく太陽が、じんわりと空を焦がしていた。
驚くほどゆったりとした時間が、流れていた。
「…………」
いつのまにかプリシアは荒い呼吸を繰り返すことをやめ、彫像のように、足元を見つめていた。肩を落とす、もしくは目を伏せている、といったほうが的確だった。
「……とりあえず、助かってなによりだ」
「…………」
返事はない。
どこかを怪我しているというわけではないだろう。燃えるような夕焼けが目に染みたということはあるかもしれないが、やはりそうではないだろう。
小さい肩が、小刻みに震えていた。
その感情は、ゴーレムである俺であっても、理解することができた。半日以上掛けて潜った洞窟で、番人まで倒して――倒したのは俺だが――、ついに宝箱のまえにたどりついて、それがすべて、台無しになってしまったのだ。悔しくないはずがない。
しかし同時に、仕方がないことだとも思う。
最後の最後まで気を抜かなかったものだけが、宝箱の中身を手にする権利を得ることができる。これまでいくつもの迷宮に潜ってきたプリシアだ、それは承知のうえだろう。
「……これを反省して、次にいかせばいいことだ」
そういって、プリシアの肩に手を置くと。
「やったああああああああああああああああああああああああっ!」
太陽にも負けないくらいの満面の笑みを浮かべ、プリシアは喝采をあげた。
……どうしたのだろう。まさか脱出のさい、頭でも打ったのだろうか。
「バカなこといってないで、ほら! これを見なさいよ!」
そういって、プリシアが掲げた右手には。
「……おまえ」
白銀の魔宝石が、握られていたのである。
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