新たなる答を求めて
「しんっじられない!」
宿屋の一室に、少女の悲鳴にも似た金切り声が響いた。
「どうして……どうしてあんたが、そこにいるのよ!」
全身で驚愕をあらわにする彼女は――そう、プリシア。
「そんなこといわれても、俺がなにをしたわけじゃあない。俺はただ、《エメス》につくりだされただけ。呼び出されただけだ」
金糸のような髪に、鳶色をした瞳。いつもならば年相応の好奇心を携えているであろうその顔に、いまは驚きもとい怒りの念を浮かべていた。
「……結局あたしは、またもや守れなかったってことね」
だがすぐに、日が翳るかのように顔を曇らせて、彼女はため息をもらした。ずいぶんと失礼なやつだった。
「失礼? どこがよ」
だがそんなつれない対応をとられても、やはり可愛いものである。
「だってそうだろう?」
それもそのはず。
「親に向かってそんな態度をとるなんて、失礼以外のなにものでもない」
なぜなら彼女は、俺の娘なのだから。
そう、エーテリアの実験は成功していたのだ。エーテリアにより俺の体内で錬成された《エメス》は、エーテリアの願いを吸収し、俺の――ユウリの魂を放出した。
俺の体に、俺の魂。
プリシアはそれが俺だとはいえないといっていたものの、すくなくとも俺からしてみれば、俺は俺であり、エーテリアの夫であり、プリシアの父親であった。
「ふん。べつに、あたしはあんたの娘になった覚えはないわ。……いっておくけど、あたしは認めないからね。あんたがあたしの、お父さんだなんて」
「……もう一度いってみろ」
「な、なによ、急に。……あたしは認めないからっていったのよ」
「ちがう、そうじゃない! お父さんって、もう一度いってくれ! プリシア!」
「やかましい!」
と、ご覧のように足蹴にされても、可愛いものなのだ。娘というのは。それも、もう二度と会えないと思っていたから、可愛さも倍増である。
「でも、どうしてかしら? あたしが先に、《エメス》が壊れることを念じたのに」
「《エメス》はもともと、無から有をつくりだす魔宝石だ。自壊するよりも、俺の魂をつくりだしやすかったのかもしれないし、たんにあいつの想いのほうが強かったのかもしれない」
「あいつ、ね」
エーテリアとプリシアは一応のところ、和解により落着したようだ。しかし、だからといって、もう一度ふたりでともに暮らしていけるほど、感情の整理はつかなかったらしい。エーテリアはまたどこかへ行ってしまったと、プリシアから聞いた。
俺がユウリとして蘇えったことを知っていたらまたちがったかもしれないが、もう後の祭りである。おそらく、これでよかったのだろう。
「これからおまえはどうするんだ? プリシア」
「とりあえず、ファーマ老師たちのところへ戻ろうかしら。やっぱり、あたしの故郷はあそこだから」
「ふうん」
俺のなかでのプリシアの故郷はべつのところなのだが、彼女がそういうことに異論はない。基本的に父親というのは、娘には弱いものだ。
「……一応訊くけど、あんたはどうするの? あんたはもうあたしのゴーレムじゃないんだから、好きにしていいのよ」
「好きにしていいっていわれても、可愛い娘をひとりきりにするわけにはいかないだろ」
「勘違いしないで」
俺の「可愛い」という台詞にはいっさい反応せず、プリシアはぴしゃりといい放つ。ここらへんの性格は、エーテリアに似たようだ。
「あんたはあたしのお父さんじゃないし、ウォーロックでもない。……ウォーロックはもういないの」
「そう強がるなって」
「強がってなんか――」
そういいかけたプリシアの言葉をさえぎり、俺は断じる。
「いいか、プリシア。ウォーロックはいるぞ」
「な……っ! ……あんたね、いっていいことと悪いことがあるわよ!」
肩を怒らせ叫ぶ彼女の様子から、口では強がりつつ、やはり後悔の念は大きいようだ。ウォーロックというやつがそれほどプリシアに慕われていたと思うと、父親としては嫉妬をとおりこして憎しみまで抱いちまうくらいだ。……なんて冗談はさておき。
「嘘じゃない。ウォーロックの魂は、いまもこの体のなかに、眠っている」
「……どういうこと?」
「理由はふたつある。まずひとつ――完成した《エメス》は不完全だった」
「不完全? ……なんで」
「これはまえの俺の記憶だから定かではないが、おそらく《エメス》の錬成時、俺の体内に魔力はほとんど残っていなかった。……どうだ?」
プリシアはしばし考える素振りを見せたのち、うなずく。
「……そうかもしれない。お母さんのゴーレムと、シルバ。二回も大きな戦闘をしたにもかかわらず、新たに魔力を注入していなければ、そういうこともあるかもしれない」
魔宝石の錬成に必要なものは土と魔力だ。その片方が欠けていたんだから、できあがった《エメス》が不完全でも不思議じゃないだろう。
「……ふたつめは?」
「《エメス》はあくまで、俺の魂をつくりだしただけだということ。無から有をつくりだすだけであり、もとからあった魂を消すことはできない」
「でも、ウォーロックの魂は《ハーティア》になったんでしょう?」
「魔宝石は自然現象そのものじゃない。たとえば《シルヴィス》をとったら、その地からは氷が消えるのか? ……消えないよな」
「つまり……まだ、その体のなかには、ウォーロックの魂が眠っている?」
「おそらく」
プリシアの瞳に、光が戻った。頬には赤みがさし、白い歯がこぼれた。花のような笑顔とはこういうものをいうのだろう。それも、まだ太陽はでていないにもかかわらず、だ。
花は咲いただけでは喜びを表現できなかったのだろうか。
「ウォーロックとかわりなさい!」
と、プリシアは俺につかみかかるようにしていう。元気な子に育ったようでなによりだ。
「できるわけないだろ、おまえは俺に死ねっつーのか?」
「そうよ」
「っておい!? ……今度こそ守るんじゃなかったのかよ」
「うっ」
さてはこいつ、本当に俺に死んで欲しいと思っていたようだ。……まったく、だれに似たんだろうな。いや、もちろん、エーテリアなんだろうけど。
「……まあ、でも、一度は死んだ身だ。いまさら生にすがるつもりもないし、可愛い娘の想いびとの体をいつまでも借りておくわけにもいかないだろう」
「べ、べつに、あたしとウォーロックはそんなんじゃ……っ!」
プリシアは耳の先まで真っ赤に染めあげ、慌てふためく。本当に可愛い娘だと思う。
しかし、問題がひとつあった。
「あいにく、死に方がわからない」
「……死に方?」
「体が壊れれば、魂も死ぬだろう。しかし、体を壊せば、ウォーロックの魂も壊れる。俺は――俺たちは、俺の魂だけを壊し、体は残さなければならない」
「そんなこと……できるの?」
「わからない。だが、無から有をつくりだす魔宝石があるくらいだ。有から無をつくりだす魔宝石があってもおかしくない」
プリシアは俺の言葉をたっぷり数秒間吟味し、そして、口を開いた。どこかうんざりとした様子なのは、おそらく気のせいだろう。
「つまり、なに? ウォーロックをもう一度会うために、今度はあんたと一緒に旅をしなければならないってこと?」
「そういうことだ。……よろしくな、プリシア」
俺は笑顔を見せていう。しかし、プリシアは対照的に、露骨に嫌そうな顔をする。
「……最悪」
「なんでだよ! お父さんとのスキンシップを楽しもうぜ!」
「いやにきまってるでしょうが!」
「娘がいやだといってもやめないのが父親のつとめだ!」
「って、きゃーっ! 抱きつくな! バカ! ウォーロックの顔をして変なことしないで!」
「な……っ、それはちがうぞ、ウォーロックが俺の顔をしてるんだ!」
「ちがう!」
「ちがわねえ!」
俺たちは鋭い犬歯をむきだしにして威嚇しあう。こういうスキンシップは、べつに求めていないんだけど。ま、楽しいからいいってことだ。
「もういい、さっさと行くわよ!」
そういい放ち、プリシアは荒々しく部屋を出て行こうとする。
実際問題、プリシアとうまくやっていけるのかはすくなからず心配だったし、俺の魂だけを消す魔宝石が存在するのかも知らなかった。先行きは不安しかなかった。
それに、俺の体を持ち、俺の魂を持つ俺――であるはずの俺。
正直なところ、その俺が俺――ええい、まどっろこしいな――つまり、みながいうユウリである保証はないのだ。プリシアはユウリのことをなにも知らない。なら、俺がユウリであるかどうかは、わからないのだ。
俺はいったいだれなんだろう。そんな気持ちが影のようについて離れなかった。
そのときだった。
「……どうしたのよ、ぼーっとして」
プリシアが怪訝な顔をして、こちらに顔を向けていた。その表情が、その呼び声が、俺の心の奥底のスイッチをカチリと押したかのようだった。
「どうもしていないから、ぼーっとしていただけだ」
そんな言葉が、自然と口をついてでた。
「……え?」
振り返ったプリシアの瞳に浮かぶ憤怒の色が、ふと、氷解した。目はまぶしげに細まり、そしてにわかに大きく見開かれた。まるで目のまえに、大切なひとがいるかのように。
俺はいったいなんなのか、だと?
「プリシア」
そんなこと、決まっている。
「……うそ」
俺はゴーレムだ。
「これからもずっと、一緒に旅をしていくぞ」
いまもむかしも、
「そういう約束だっただろう」
これからも。
「……うん」
ずっと。
「これはハーレムですか? いいえ、ゴーレムです。」はこれにて完結です。
以前にも後書きに記したように、次回作の参考にするため、感想や指摘等をもらえると嬉しいです。今後の「ハゴです。」についてなどを含めて、今日明日中に活動報告にて毎度恒例の反省会を行う予定ですので、そちらへのコメント、もしくは感想、メッセージ等でよろしくお願いします。
また、最後にはなりましたが、ご愛読ありがとうございました。




