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真理の終着点(4)

 ふたりのあいだで行われる緊迫したやりとりを、俺はただ聞いているだけだった。いや、正確にはそれは、聞いているという行動ですらなかったかもしれない。空気の振動が鼓膜を叩くという現象のひとつを、感じているだけだった。


「……くだらない挑発ね」


 少女は深く息をはいて、いう。


「いや、挑発にもなってない挑発だわ。ウォーロックがあたしのお父さん? 笑わせないで」

「ウォーロックが、ではなく、ユウリが、よ」


 そう訂正して、エーテリアは続ける。


「どうしてそう思うのかしら。まさか、若すぎるから、だなんていわないわよね。ゴーレムが年をとらないことは、わたしが証明しているわ」

「それだけじゃ、証拠にもならない」

「ならこれまでに、あなたたちふたりが似ているといわれたことは? 親子でなく、それこそまるで兄妹みたいだ、と」

「そ、それは――」

「あるみたいね。心当たり」


 エーテリアは満足げに、しかしどこか寂しげに微笑む。それは、沈みゆく太陽を見守るときと同じまなざしだった。「今日も頑張った」という満足感と、「今日も終わってしまう」という寂寥感。そのふたつは、表裏一体の関係なのだろう。


「そしてなにより、わたしがここまでする理由が、あると思わないかしら。ユウリはわたしの夫であり、わたしが愛した男性。だからこそ、わたしはここまでできた」

「…………」


 エーテリアの言葉が、ゆっくりと少女の体内に染み込んでいくのがわかった。


「……もし」


 少女は苦しそうに言葉をつむぐ。


「もし、あんたのいうことが本当なら……あたしのお父さんは」

「ええ。……ユウリは、ずっとまえに……死亡している」

「……っ! ……それで、お母さんは……お父さんの、死体を……」

「ゴーレムとして、甦らせた。そして、次は心をつくるべく、賢者の石を探し求めた」


 目を伏せて、エーテリアはいう。


「おまえは、訊いたわね。なぜ捨てたのか、と。……それしかなかったの。Sランクの魔宝石を手に入れるための旅は、幼いあなたには過酷すぎた」


 そしてふたたび顔をあげたとき、エーテリアは、驚くべきことに、目に涙を浮かべていた。


「でも、これでようやく、わたしたちはまた三人で、幸せな生活を送ることができる」

「……三人」

「そう! わたしと、ユウリと……プリシア、あなたよ。これまで辛い思いをさせてしまったわね。でも、これで大丈夫……これでわたしたちはもう一度、一緒に暮らすことができる!」

「……一緒に」


 まるで魔法の言葉を耳にしたように、少女は顔をあげた。その表情もまた、魔法をかけられたかのようだった。つまり、浮かぶ感情は読めなかった。


「……そろそろ、《エメス》の錬成が完了したかしら」


 急に話を振られ、俺は思わず戸惑った。しかし、自分が戸惑ったということがわかったということは、それだけ精神が落ち着いたということだ。


《エメス》の錬成は完了したのだろうか。たしかに俺の体内は、さきほどの荒れ狂う海原のような状態からうってかわり、静かに凍りついているようだった。無色透明で、内部の様子まで見通すことができる。しかし、動かすことはできない。


 俺はどうなるのだろうか。話を聞くかぎりだと、俺はユウリというエーテリアの夫であり、少女の――プリシアの父親になるらしい。


 では、いったい誰からだろう。


 プリシアがウォーロックと呼ぶものから?


 エーテリアによってつくりだされた、ユウリの抜け殻から?


 それとも、俺自身から?


 しかし、だれからにせよ、関係はなかった。すくなくとも、俺がユウリになることで、エーテリアも、プリシアも、幸せになれるようのだから。

 なにより、俺はゴーレムだ。ゴーレムは使役者の命じるままに、その命に従うのみ。たとえその命を、失っても。……もちろんゴーレムである俺に、命などというものは存在しないということは、いうまでもない。


「……どうしたの?」


 と、エーテリアは俺の顔をのぞきこむ。

 いったいどうしたというのだろう。べつに俺は、どうもしていない。なのにどうして、エーテリアはそんなに心配そうな顔をしているのだろう。


 もしかすると俺も、彼女と同じように、心配そうな顔をしていたのではないだろうか。


「……なかったよ」


 いったいどうして、彼女は。


「え?」


 プリシアは。


「……辛くなんて、なかったよ」


 幸せになれるはずなのに。


「……プリシア?」


 そんなにつらそうな涙を。


「あたしは!」


 浮かべているのだろうか、と。


「あたしは、辛くなんてなかった! だってあたしには、ウォーロックがいたから!」

「~~~っ! プリシア! あなた!」


 とまらなかった。


 プリシアの激白も、プリシアの感情も、プリシアの涙も。堰が切れたかのようにあふれでるそれらは、無秩序に周囲のものを飲み込んでいく。


「お父さんなんて知らない! お母さんも、お母さんなんかじゃない! あたしにはウォーロックだけなの! ウォーロックがいればそれでいい! あたしはプリシアだ! あんたじゃなく、お父さんでもなく、ウォーロックがつけてくれた、プリシアだ!」


「な、なんてことを――わたしがこれまで、どれだけ苦労してきたか、わかってるの!?」

「わかるもんか! わかったって、わからないっていってやる!」


 もはやそれは、子供の口喧嘩だった。論理もなにもない、純粋な感情のぶつかりあい。


「だってあんたは結局、あたしじゃなく、お父さんを選んだんでしょう!?」

「それはちがうわ、プリシア! わたしはただ、あなたのために――」

「そんなのウソ! それならよっぽど、お母さんと暮らしたほうが、あたしのためだった! たしかにお父さんがいないのはさみしいけど――お母さんと一緒なら、それでよかった!」


最終話「真理の終着点(5)」は明後日3月1日土曜日夜20時に更新予定。

そして同日夜22時に「エピローグ」を更新、完結となります。


また完結後、活動報告にて今後の「ハゴです。」についてや、反省会を行う予定です。もうしばらくお付き合いください。

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