はじまりの銃声(3)
「……めんどくさいのね、ゴーレムって」
プリシアの発言を訂正すべく、俺はゆっくりとかぶりを振る。
「面倒なのは俺でなくおまえだ。そんな面倒なおまえを守るという、もはや俺には制御することができない行動原理が、結果として面倒になっているだけにすぎない」
「ああ、もう、うるさいな」
頭をかきむしって、プリシアはいう。
「あんた、ゴーレムなんでしょう? ゴーレムならゴーレムらしく、黙ってあたしを守ればいいのよ! それなのに、ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ……。饒舌なゴーレムなんて、聞いたことがないわ!」
「俺がゴーレムらしからぬゴーレムだということは、おまえがいつも指摘しているとおりだろう」
口うるさく、反抗的で、人間のような姿かたちをしている、だったか。
「だが、それをいうなら、おまえもらしくない」
「らしくない? あたしが?」
「ああ。……チビで、ビビリで、そのくせよくチビる――年のわりにな」
たちまちのうちに、プリシアは金色の頭からのぞく耳の先まで、真っ赤に染めあげる。
「ち、チビってなんかないわよ! きちんと洞窟に潜るまえに、用は足したもの! 水分だってあんまりとってないし! それに、万が一に備えて、予備の下着だって……って、淑女になにをいわせるのよ!」
「……いや、べつに俺は、いまおまえがチビっているといったつもりはないのだが」
「へ?」
「……まさかプリシア、おまえ」
そういって俺は目を落とす――目のまえにいる少女の、下半身へと。そんな不躾な視線を察知したプリシアは慌てて、
「も、もちろん、わかってるわよ! あんたはいまのあたしの話じゃなくて、いつものあたしの話をしたのよね! チビで、ビビリで、よくチビる……うん、そのとおりだわ! って、んなわけあるかーっ!」
プリシアの渾身の蹴りを受けつつ、俺は人知れずため息を漏らす。
……持ってきているのか、替えの下着を。備えあれば患いなしということなのだろうが、俺に憂いしかないのはなぜだろう?
「訂正しなさいよ、このむっつりゴーレム!」
「…………」
あいにく、泥でできた脳みそに「むっつりゴーレム」という文字列の情報はない。しかし、どうやらそれが悪口の一種であることは、容易に予想できた。
「訂正の必要はないだろう。なぜなら事実おまえは、チビでビビリでチビリだからだ。ハードボイルドを気取るなら、まずはその半熟の肝っ玉から鍛えなおすんだな」
「なんですって!?」
「ごっこ遊びの気分で務まるほどトレジャー稼業は楽ではない。ましてや、おまえの探しているやつには、人差し指の甘皮すらも届かないだろう……――っ!?」
頬のすぐ近くを、銃弾がかすめた。
目のまえには、銃を体の正面に構えるプリシアの姿があった。そして俺の背後では、いまにも俺に襲いかかろうとしていたガーゴイルが、真後ろに吹き飛んでいた。
「……たとえ」
幼い顔立ちに暗い影を落としながら、プシリアはつぶやく。
「たとえこの手が届かなくても――この銃弾が届けば、それでいい」
「……覚悟だけは一人前だな」
肩越しに振り返り、ガーゴイルをにらむ。
衝撃に伏せっていたガーゴイルは、ゆっくりと起きあがった。俺の拳とプリシアの銃弾を受けているはずだが、鋭い眼光を携えたその瞳は、いまだ戦意じゅんぶんといったところだった。
「まったく、しつこいわ」
プリシアはおおげさに肩をすくめる。
「そういうな。こいつはゴーレムでこそないものの、宝を――魔宝石を守るその心意気だけは、立派なゴーレムだ。賞賛に値する」
「まさか、情がわいたんじゃないでしょうね」
「それこそまさかだ。俺はゴーレムだ。そんな機能はない」
「こういうときだけゴーレムぶって」
「ゴーレムぶるもなにも、俺はゴーレム――」
口にしかけた俺の言葉を手で制し、プリシアは呆れたようにいう。
「あー、もうそれはわかったから、いわなくていいわ」
「む」
ガーゴイルが腰を落とした。
「いわなくていいから、せめて」
プリシアは銃をふたたび俺に向けて構え――。
「行動で、示しなさい!」
放った。
「!」
俺の体に撃ち込まれたのは、《キャンディ・ポップ》による実弾ではない。プリシアの体内で練りあげられた、純粋な魔力弾。魔力のかたまりのようなもの。
「いくわよ、ウォーロック」
それがいま、俺の体に注がれていく。
「性質変化《ヴォルカニカ》」
それがいま、俺の能力を発動させる。
ひんやりとしたものが体の奥底に広がった。すっかり感じ慣れた、プリシアの魔力だ。金属のように冷ややかで、蜜のように濃い、上質の魔力。やがて熱を帯び、ふつふつと沸騰をはじめる。熱かった。まるで腹のなかで、火の蛇がうねっているかのようだ。
「ウォーロック、まえ!」
いつのまにか、ガーゴイルの顔が正面にあった。速い。見れば、両の翼がなかった。片翼など、あるだけ無駄だということだろうか。捨てた翼のぶんだけ、身軽になったのだ。
ガーゴイルは放たれた独楽のように急回転する。その勢いを利用し、足を振りおろす。とっさに突きだした左腕が、木の枝を切り落とすくらいの気軽さで、やすやすと切断された。
ガーゴイルの口角があがる。
「ウォーロック!」
だがその笑みは、続くプリシアの叫びにより、驚愕にかわることになる。
「左腕なんて気にしないで、殴り抜きなさい!」
「ふっ」
今度は、俺が笑う番だった。まったく、ビビりなのかそうでないのか、よくわからないやつだ。
「……いくぞ」
いつのまにか赤銅色の輝きを見せていた右手を――Bランク魔宝石《ヴォルカニカ》へと変化した右手を――力強く握りしめる。
そう、俺は、体内にとり込んだ魔宝石を、自在に操る力を持つゴーレムだ。
《ヴォルカニカ》は呼吸をするがごとく、周囲の光をひき寄せ、吸い集める。ヒカリゴケから発せられた弱々しい光だが、じゅうぶんだ。プリシアの魔力により、魔宝石の内部で反射、増幅を繰り返す。
そして、《ヴォルカニカ》が一際強い光を放ったその刹那。
「オラァッ!」
ガーゴイルの顔面に、思いきり右手を叩き込む。威勢のいい破裂音とともに、その顔面が爆散した。《ヴォルカニカ》は光を爆発に変換する魔宝石だ。
「まだまだああああああああああっ!」
プリシアが高らかに吠えた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
振り抜いた右手を裏拳で返す――爆発。
右の蹴脚をあごに叩きつける――爆発。
さっきのお返しだ、さらに回転して、もう一撃――爆発。
ぐらりとひるんだところに、頭突きをお見舞いする――爆発。
そのまま脳天に、右腕を振りおろす――爆発。
「とどめよ!」
そして、右腕を振りかぶり――。
「《赤爆石の連撃》!」
腹を、ぶち抜いた。
「……おい」
光彩が消えていくガーゴイルの瞳に、俺は言葉を投げかけた。聞こえているのかはわからない。俺の言葉が届いているかもわからない。
しかし俺は、伝えずにはいられなかった。
「たしかにおまえは無口で忠実な、ゴーレムの鑑だった――けどな」
まるで、俺自身に、いい聞かせるかのように。
「宝物を守れないゴーレムは、ゴーレムじゃない」
――爆発。
3/14改稿しました。