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《賢人》エーテリア(4)

 俺の動きを止め、いったいなにを仕掛けてくるのかと思いきや、意外にも《賢人》はそう俺に問いかけてくるのみだった。話の核は、錬金魔術師という呼び名の由来、だろうか。


「こら! ウォーロックを解放しなさい!」


 と、プリシアは俺の腕にしがみつき必死に動かそうとするが、微動だにしない。《賢人》はそれすらも意に介す様子はなかった。


「錬金術師とはそもそも、その名のとおり、金をつくろうとしたもの。それも、石ころから。そこらへんに落ちている石を、金にする……これ、なにかに似ていると思わない?」

「石を……金に」


 つまりそれは、吸収したものを、べつのものにかえて放出するということであり。


「……魔宝石?」

「そのとおり。彼彼女らは、石を金にかえるために、魔宝石をつくりだしたの。錬金魔術師とは、魔宝石をつくりだすものたちの総称だった。……そのことは知っていたかしら?」


 首を振る。《賢人》も、答えは期待していなかったのだろう。話を続ける。


「そうでしょうね。だっていまは、錬金魔術師といえば、魔宝石ではなく、ゴーレムをつくりだすひとたちのことだもの。いったいどうして、かわってしまったのかしらね」


 その微笑みは、まるで自分は答えを知っている、とでもいうかのようだった。


「できればもったいをつけずに教えてくれ。この体勢はなかなか疲れる」

「……どうしようかしら」


《賢人》はぽつりとつぶやいた。それはどうやら、俺への返答ではないようだ。

 その証拠に、《賢人》はふとライオットに手をかざした――次の瞬間、ライオットは、まるで頭上から大きな鉄球が落ちてきたかのように、ぐしゃりと崩れ落ちた。


「な――っ」

「どうしたの?」


 俺の反応を楽しむかのように、《賢人》はいう。


「だってライオットは、あの子の攻撃を阻むことができなかった。わたしを守ることはできなかった。守ることができないゴーレムはゴーレムではない……そうでしょう?」


 俺たちの驚きをよそに、《賢人》は黙々と、ライオットの残骸を漁る。そしてふと、手の動きが止まった。泥のなかからとりだされたのは、水色の白色のコントラストが美しい、ひとつの魔宝石だった。


 そういえば、ライオットの体内には魔宝石が埋め込まれていると、《賢人》はいっていた。宙に浮かぶことができるのは、あれのおかげといっていたが、宙に浮かぶことのできる魔宝石など、あっただろうか?

 同じことを、プリシアも思ったらしい。


「……それは?」

「空の魔宝石、《エア》」

「!」


 何気ない口調でいったそれは、Sランク魔宝石のひとつだった。そして、何気ないからこそ、飾っていないからこそ、その言葉が真実であると俺は直感した。


「……どこで、それを?」

「ここで、よ」

「ここ?」


 プリシアは首をかしげる。


「ライオットの体内で、ということ」

「……どういうことだ?」


 ゆっくりといわれても、内容がわからないことにかわりはない。

出来の悪い子供を相手にするかのように《賢人》は深くため息をつき、いう。


「ライオットは、ゴーレムであり、実験体だったの」

「実験体? ……まさか」


 先ほど《賢人》がいっていたことを、俺は思い出す。錬金魔術師とはもともと、魔宝石をつくりだす人間たちの総称だった。ならば、《賢人》の指す実験とは、ひとつしかないだろう。


「そう、魔宝石をつくりだすための、実験体よ」


 やはりか。


 しかし、いまだわからないことのほうが大多数を占めていた。魔宝石とは、自然がつくりだす、奇跡の造形物であるはず。それがなぜ、魔宝石と対極に位置するともいえる人工物であるゴーレムから、うまれるのだろうか。それも、Sランク魔宝石である《エア》が。


「Sランク魔宝石というのは、たしかに珍しい……いえ、その程度の言葉ではあらわせないほど、希少なものよ。でも、これまでに存在が確認されていなかったわけではない。それはつまり、実在しうるということ。ほかの魔宝石と同じように、条件をクリアすればね」


 そんな俺の心を見透かしたかのように、《賢人》はいう。もしかしたら、事実、見透かされているのかもしれない。なにせ俺は、彼女のゴーレムなのだから。


「たとえば《ライジーン》は雷の止まぬ地で生まれるし、《ブラック・ジュビティ》は、磁場により重力が歪曲した大地で生まれる。……あとは、魔脈群があればそれでじゅうぶん」


《賢人》のいうとおりだった。俺たちは専門家でこそないものの、トレジャーとしてすくなからず活動をしてきているわけだから、それくらいのことは知っている。

 だからこそ、《賢人》がなにをいおうとしているのか、俺にはさっぱりわからなかった。


「究極的にいえば、魔宝石をつくるために必要なものは、ふたつだけ――魔力と、大地よ」

「……魔力と、大地」


 それは、どこかで聞いたことのある組みあわせだった。プリシアが短く「あっ」とつぶやいた。当たり前だ。なぜなら、そのふたつの組みあわせは、そう。


「ゴーレムの材料もまた、魔力と泥。奇しくも、魔宝石を生みだすために必要なふたつの条件を、ゴーレムという存在は満たしている」


 いや、と、《賢人》はかぶりを振った。


「偶然でも、奇跡でもないのでしょうね」


 そういって、《賢人》は、ひとつの答えを口にする。


「かつての錬金魔術師たちは、魔宝石をつくるために――ゴーレムをつくりだした」

「……そんなことが」

「できるの」


 静かに、《賢人》はいう。冬の湖よりも静かで、夜空に浮かぶ月よりも寂しげに。


「できたのよ、実際に。実験の結果は、成功だった」


 太陽にかざすと、《エア》はきらきらと輝いた。魔力を込める必要もなく、《賢人》の体がふわりと浮きあがった。

 それは、彼女の言葉よりも雄弁に、事実を語っていた。実験の成功という、事実を。


「もっとも、ライオットが成功するであろうことは、わかっていたわ。……すでに成功は、証明されていたのだから」

「その口ぶりだと、ほかにもSランク魔宝石を手にしているかのように聞こえるが」

「ええ、そういっているのよ。……すべてではないけどね」


 そう答えた《賢人》は、静かに手を広げた。 そこにあった魔宝石は――四つだった。Sランク魔宝石は全部で五つ。ひとつ、たりなかった。


「《トリノ》、《マテリア》、《エデン》、それに《エア》よ」


 だとすれば、たりないのは。


「ええ」


 無造作に、無感情に、《賢人》は俺の胸に、右手を突き刺した。


「!」

「ウォーロック!」

「最後のSランク魔宝石、《ハーティア》。その条件が、わたしにはわからなかった」


 五本の指が、べつべつの意思を持ったかのように、俺の体内をうごめいていた。


「が……っ」


 指が、ピタリと止まった。


「でももし、その《ハーティア》が――心の魔宝石が、心そのものなのだとしたら」


 なにかを、掴んだ。


「泥と魔力と……あと満たすべき条件は、ひととのふれあいだと仮定し、わたしはあなたを、あの子とともに行動させた」


《賢人》がその手を引き抜いた。


「あの子を守るなかで、心が生まれると思ったから」


 体に力が入らなかった。


「なにを試すのか、と訊いたわよね。……決まっているでしょう、あなたに心があるか、よ」


 だんだんと、意識が暗闇に溶けていくのがわかった。


「そして実験は」


 引き抜かれたその手に握られていたのは、血のように赤い――魔宝石。


「成功した」


 プリシアの叫びが、聴こえた気がした。


次の更新は明日2月20日夜22時です。

分量的には1000字程度なのですが、話をわけたほうがいいかなと思い、わけることにしました。

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