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《賢人》エーテリア(3)

「……生みの親に手を振るうとは、躾がなっていないわね」


 プリシアに殴られた頬に手をあて、《賢人》は独り言のようにつぶやく。ゆがんだ口元とは裏腹に、金色の瞳の奥には憤怒の炎が燃え盛っていた。

 しかしなるほど、こうして見比べてみると、たしかにふたりは似ていた。瞳の色こそちがうものの、口や鼻などの顔のパーツ、そしてなにより金糸のような髪の毛が、ふたりが血のつながった親子であることを明確に示していた。

 だが一方で、わずかな違和感もあった。その正体はわからなかった。


「教えて。どうしてあんたは、あたしを……捨てたの?」


 それは、これまでの一〇年間で蓄積された、問い掛けだった。

 しかし《賢人》は答えるどころか、プリシアの存在そのものを無視して、俺にいう。


「あなたというゴーレムがありながら、この体たらく……なにをしていたのかしら」

「ちょっ……、無視するな! 答えろ!」

「ほら。口の利き方もなってない」

「それは仕方のないことだろう。俺はゴーレムだ。俺に課された使命はプリシアを守ることであり、それ以上でも、それ以下でもない」


 一瞬、《賢人》の放つ気のようなものが膨れあがった。だがすぐに、潮が引いていくようにその感覚は消え失せた。いったいいま、彼女はなにに反応したのだろう。


「だが、それを承知のうえで訊かせてもらおう。おまえはどうして、プリシアを……手放した? そして一度手放したにもかかわらず、どうしてふたたび、呼び寄せるような真似をした?」

「……上出来ね」


 そういった彼女の口角は満足げに吊りあがっていた。

 彼女が初めて見せた感情らしい感情だった。しかし、それは笑顔というのには程遠く、まるで笑い方を忘れてしまった人間が微笑みの真似をしているようであったし、人形を無理に笑わせているようでもあった。


「いいでしょう、教えてあげるわ。あなたのその、ゴーレムらしからぬ言動を讃えて。……そうそう、自己紹介がまだだったわね。わたしの名前はエーテリア」

「……エーテリア」


 なんだろう、その言葉に俺は、不思議な感覚を覚えた。もしかしたら、旅をしているどこかで耳にしたことがあるのかもしれない。

 しかしプリシアはそんな態度などすこしも見せず、いう。


「自己紹介なんてどうでもいいわ、さっさと理由を教えなさい」

「物事には順番というものがあるのよ、プリシア」

「……っ! あんたに名前を呼ばれる筋合いなんてない!」

「ふっ、つれないわね。……まあいいでしょう、すぐにわかるわ」


 表には出さなかったが、俺はこのとき、おびえていた。


 シルバの指摘――俺に与えられていた命令がプリシアを守ることではなく、プリシアを《賢人》のもとに連れていくことかもしれない――が真実であることを恐れたのだ。


「質問は、どうして……どうして彼女を手放したか、だったわよね。そして、それにもかかわらずどうしてふたたび呼び寄せたのか。……そう、たしかに呼び寄せたのはわたし」


 その一言で、俺の胸は安堵で満ちあふれた。

 よかった。俺はこれまで、プリシアを守ることがすべてだった。そしてこれからも、それはかわらないのだ。


 でも、と、《賢人》は続ける。嫌な言葉のはじまりだった。いいことの次には、たいてい悪いことがくる――「でも」とは、そんな当たり前の現実を文字にし、音にしたものだからだ。


「あなたは勘違いもしているわ。わたしが呼び寄せたのは、この子ではなく、あなた」

「……俺?」

「正確には、心をもった、あなた」


 また、心か――というのが、正直な感想だった。俺はお決まりの台詞を、口にする。


「あいにくだが、俺はゴーレムだ。ゴーレムである俺に、心なんてものはない」


 その一言で、じゅうぶんであるはずだった。いつもならば。


「どうして?」

「……は?」


《賢人》はいたって真面目な表情でそう口にした。冗談をいっているわけではないらしい。


「どうして、と訊いたのよ。どうして、あなたがゴーレムなら、心がないことになるのかしら。わたしには、わからないわ」

「……俺は、泥と魔力でつくられている」

「だから、心がないと?」

「そうだ」


《賢人》はフンと鼻を鳴らす。その仕草は、プリシアにそっくりだった。


「なら、質問をかえるわ。心というのは、なに?」


 唐突だった。そしてその質問は、唐突にしては、大きすぎる問いかけだった。


「…………」

「わからないのかしら? わからないのに、それがゴーレムであるあなたに芽生えないものだと、どうしてわかるのかしら?」

「それは」


 答えはかわらなかった。俺は泥と魔力で形作られたゴーレムだ。ゴーレムに心が宿らないことくらい、ゴーレムである俺にもわかる。


 ――いや。


 はたしてそれは、本当なのだろうか。俺はわかっているのではないか、もし本当に心がないゴーレムならば、自分に心があるかどうかを考えることすら、ないということに。

 だからあのとき――シルバに問い詰められたあのとき――俺は、気を失ったのではないか。自分に心があるという事実を、認めたくなくて。


「たしかにあなたは……その大部分が泥と魔力でつくられた――いや、わたしがつくった、ゴーレムよ。けど、だからなに? ゴーレムだから心が生まれないというのは、早計よ。いうなれば人間だって、骨肉と血でつくられている、ただの人形にすぎないのだから」

「…………」

「まあ、あなたの気持ちもわからなくはないわ。……なら、試してみましょうか」

「試す……なにをだ?」


 答えるかわりに、《賢人》はゆっくりと近づいてきた。まるでそれが神聖な儀式の一部であるかのように、重々しく片手をあげる。かすかに震えた指は、まるでナイフの切っ先のように胸のあたりをついた。

 まずい――体が内側からひっくり返るような、そんな感覚が全身を襲った。


「《動くな》」

「!」


 体が見えない糸で縫い固められたかのように、動かせなくなる。《魔抗針》とはちがう、内部から動きが抑制されているような、そんな感覚だった。

 俺はゴーレムだ。そしてゴーレムは使役者に逆らうことはできない。そんな至極当然の事実を、俺は文字どおり身をもって体感していた。


「不思議に思ったことはない?」


《賢人》はあたかも重大な秘密を口にするかのように、声をひそめる。


「ゴーレムをつくることができる――いえ、ゴーレムをつくることしかできないひとびとが、なぜ錬金魔術師と呼ばれるのか」


「《賢人》エーテリア(4)」は明日2月19日水曜日夜22時更新予定。

その次は一日か二日あけて更新する予定です。

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