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約束(2)

「へえ。そういうことだったの」


 俺の説明を聞いたあと、プリシアはばつの悪そうにコホンと咳払いをし、そういった。


「ああ。だからシルバも、この街にいたらしい。つまり……《賢人》がこの街にいたというのは、ほぼ確実のようだ」


 おまえの母親が、とはいえなかった。

 プリシアにならって「あのひと」と呼ぶのは違和感があったし、だからといって「おまえの母親」というのはあまりに無神経だと思った。……ゴーレムである俺に神経はないだろう、というのもまた無神経だ。無神経と神経がないことはちがうのだから。


「会えるのかな、あたしたち」

「……会ったら、どうするつもりだ?」

「とりあえず一発、殴ってやるわ」


 単純明快な解答だった。あたかも、それひとつでこの世のどんな問題も解決できるのではないかと思えるほどに。


「……なによ」

「いや、おまえらしいと思ってな。……そのあとはどうする」

「ファーマ老師たちに、報告に帰ろうかなって」


 俺としては、殴ったあと、さらにどうするのか、という問いかけだったのだが。プリシアのなかでは、自分を捨てた母親との問題はそれで解決、ということなのだろうか。

 わかったことは、ふたつ。プリシアには母親と暮らすつもりはなく、彼女にとっての家族というものは、ファーマ老師やナイットたちだということだ。

 しかし、あえて指摘することなく、続きをうながす。


「それで?」

「……すくなくとも、あたしが旅をする目的は、なくなるわね」


 ならば、俺の旅も終わるのだろうか。プリシアが旅をする理由は終わる。そうすれば、プリシアを守るためにしていた旅をする理由はなくなる。


「そしたら、あんたはどうするの?」

「かわらない。俺はただ、おまえを守り続けるだけだ」

「守り続けるって……いつまで」

「決まっているだろう、ずっとだ」

「あたしが年をとって、大人になって、おばさんになって、おばあさんになっても? ……それ、普通に迷惑じゃない? ……それに、あたしだって……」


 頬を赤らめ、プリシアは口をとがらせる。


「け……結婚とか、するかもしれないのよ?」

「!」


 結婚、ときたか。まだ一〇とすこし、おもらしの癖も抜けていない少女の口から出てくる言葉としては、妙に現実的な響きを持っていた。

 そのアンバランスさにユーモアを感じつつ、俺はいう。


「なるほど……それも案外、悪くないかもしれないな」

「にゃっ!?」


 プリシアの顔が、にわかに紅潮した。


「わ、悪くない……? そ、そそ、それは、け、結婚が……ってこと?」

「ああ。そのときは俺が、おまえの子供のおしめでもかえてやるさ」

「あ、あたしの子供ぉっ!?」


 素っ頓狂な声とはまさにこのことをいうのだろう。それはまるで、宝箱から人間の赤子が出てきたかのような叫びだった。さらに目を白黒させ、いう。


「う、ウォーロック、あんた、いま、なんて……?」

「? なんだ。俺はゴーレムだが、子供の世話くらいできるぞ。だてに一〇年、おまえの世話をしてきていない」


 しまった――そういいつつ、俺は自らの失言に気づいた。

 こんなことをいうと、なにかと口うるさいプリシアのことだから、「べつにいまあんたの世話になった覚えはない」だとか、「だれも頼んでないから」だとか、てっきりそういう言葉が返ってくると思ったのだが。


「……結婚……は、できる……? ……で、でも……子供は……で、できる……の? ……い、いや、そうじゃなくて……」


 などと、よくわからない、うわごとめいたことをつぶやいていた。

 やがてプリシアは、なにやら重大な決意を目の奥に秘め、俺に指を向ける。まるで爆弾処理をしているかのように、指先は震えていた。


「ほ……本気、なのね?」

「ああ、もちろんだ」


 俺はうなずく。


「しかし、そうだな。もしおまえの結婚相手が俺よりも強かったら、俺がわざわざ守る必要はないだろう。そのときは、ひとりでどこかに消えるさ」

「……へ?」


 プリシアの指が、カクンと落ちた。


「だってそうだろう? 俺が守らなくても、結婚相手が守ってくれれば、問題はないはずだ。それによくよく考えてみれば、結婚生活に俺が入り込むというのも、いかがなものかとも思うしな。……って、どうした?」


 小刻みに震えるプリシアの肩をまえに、なにやら嫌な予感がした。おそらく、笑いをこらえているのではないだろう。もしそうだとしたら、いったいどれほど嬉しいことか。


「どうしたって……あんたねえ!」


 案の定、爆弾処理は失敗に終わったらしい。さらにもうひとつ。どうやら爆弾処理にとりかかっていたのは、プリシアではなく、俺だったようだ。爆弾は、プリシアだった。

 そして、処理に失敗した爆弾は――爆発するのみ。


「いや、わかってたけど! わかってたけど、すこしは期待しちゃうじゃない! って、あたし、なにをいって……ああ、もう!」


 頭をかきむしってプリシアは声を荒げる。


「すまないが、プリシア。怒るなら、俺にわかるように怒ってくれ」

「……もういいわ」


 プリシアは小さく嘆息した。それは、小さく笑ったようにも見えた。


「……もう、怒っていないか?」


 おそるおそる尋ねる。


「ええ、怒ってないわ――けど、あたしを怒らせた罰を与えるわ。いいわね?」


 それはやはり怒っているということだったし、また、俺に拒否権はなかった。だからといって無条件に罰をうけいれる気もさらさらなく、俺は一言、告げる。カードゲームでいうところの「パス」にも似た手だった。


「聞くだけ聞こう」

「はは、なによそれ」


 今度こそプリシアは笑い、判決をいいわたす。


「……これからもずっと、あたしと旅をしてよね」


 それは、悪くない罰だった。

 守るべきものではなく、守りたいもの。

 そんな約束だった。


 そして、数日後のことだった。

 遠隔通信用魔宝石・《テレパ・テレパ》に、緊急の信号が舞い込んだのは。


第3章終了。

最終章第1話「《賢人》エーテリア(仮)」は明日2月16日夜22時更新予定です。

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