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約束

 それは、長い夢だった。


「あら、目が覚めたみたいね」


 目のまえにいたのは、夢の終わりからさらに一年と半分だけ成長したプリシア――ではなく、たしか意識を失うまえに部屋を出て行ったはずの、シルバだった。


「む……、シルバか」

「なんで不満げなのよぅ。こんな美人に介抱されるんだから、幸せに思いなさい?」

「……ゴーレムである俺に、幸福を感じる機能はない」

「またそれ? ……幸せを感じる機能はないのに、夢を見る機能はあるのね」


 どうしてシルバがそのことを知っているのだろう。そんな俺の疑問を察知したのか、シルバはつけたすようにいう。


「寝言、口走ってたわよ」


 寝言、か。ゴーレムである俺は夢を見て、あまつさえ寝言を口にしていたらしい。いったいどんな内容だったのだろう。

 それを問うようにシルバに目を向けるも、シルバは口の端を吊りあげるばかりだった。答える気はないらしい。仕方なく、俺はべつの質問をぶつける。


「プリシアは?」


 シルバは横目で答える。

 視線の先に目を向ければ――そこはソファだった――プリシアがおだやかな寝顔を浮かべながら、横になっていた。ブランケットをかけられた肩は規則正しく上下している。目尻についた涙のあとが、痛ましかった。


「プリシ――」

「寝かせておいてあげなさい」


 俺の呼びかけをさえぎるように、シルバはいう。


「ここ三日間、おチビさんは寝ずに看病をしていたのよ」

「三日?」


 シルバの言葉を繰り返す。てっきり俺が気を失っていたのはせいぜい数時間かと思っていたが、どうやらそういうわけではないらしい。俺は三日ものあいだ、眠っていたのだ。

 とすれば、俺は三日もあの夢を見ていたということ。だが、考えてみれば、プリシアと出会ってからの一〇年近くを見ていたにしては、短い気もする。


「……いったい、なにがあったの?」

「それは俺の台詞だ。……いったい、なにをした?」


 そう、俺が気を失ったのは、シルバと会話をしているときのことだ。距離も近かったこともあり、てっきりシルバが俺になにかをしたのかと思ったが。


「なにをしたって……べつにわたくしは、ゴーレムの意識を奪う術なんてもっていないわ。男の心を奪う術なら持っているけれど……ふふ」


 と、シルバは肩をすくめるのみ。


「だけど、あえてわたくしにその責があるというならば、問うわ」


 俺の目の奥を覗き込むように、心の底を見透かすように、いう。


「ウォーロック、あなたはいったい、わたくしとの会話で、なにを感じたかしら?」


 シルバとの会話で感じたこと――それを思い出そうとすると、視界の隅からふたたび、虫の軍勢のように、闇が迫ってくるのがわかった。


「おっと、無理はやめてちょうだい。またここであなたが気を失って、足止めをくらうのは本意ではないもの」


 おそらくこの闇は、逃げることのできない問題だ。しかし一方で、シルバのいうとおりでもある。ここで無理をして気を失うことは、避けたいところだった。

 言葉に甘えさせてもらい、ふと気になったべつのことを口にする。


「足止めといったが、シルバ、たしかあのときおまえは、部屋を出て行っただろう」

「ええ、そうよ。でもそのあと、宿屋の外にまでおチビさんの金切り声が聞こえてきたら、なにかあったって思うでしょう」


 そのときのプリシアの様子を頭に思い浮かべるのは容易だった。


「優しいんだな」

「それはどうも。……さて、そろそろわたくしたちは行くわ。こんなところで三日もつぶれるなんて、予定外だったもの」

「……すまなかった」


 頭をさげる。

 話はこれで終わりかとおもいきや、シルバにはまだなにか話したいことがあったらしい。口をもぞもぞと動かし、やがて言葉を吐きだした。


「《賢人》と会って、どうするつもり?」

「……会うのは俺ではない。会うのはプリシアであり、俺はあくまでプリシアについているだけだからな」

「なら、おチビさんは、どうするつもりかしら? ……まあ、だいたい予想はつくけれど」


 同感だった。あのプリシアが自分を捨てた母親と会って、平穏無事に終わるはずがない。


「だとすれば、ウォーロック。あなたはそのとき、どうするの?」

「…………」


 そのとき。

 かりにプリシアが母親に魔装銃を向けたとして、母親が――最強の錬金魔術師《賢人》がプリシアに反撃の意思を示したとき、俺はどうするのだろう。


 おそらく――いや、確実に、俺はプリシアを守るはずだ。なぜなら、俺はゴーレムだから。


 しかし、シルバが示唆していることはそうではない。


 シルバが伝えたいことは、《賢人》と対立するプリシアを俺が守ったとき、はたして《賢人》は、それを是とするだろうかということだ。

 さらにいえば、シルバの指摘――俺に課せられた命令がプリシアを守ることではなく、プリシアを《賢人》のもとに連れていくことだという指摘――が正鵠を射ているとすれば、なおさら危険度は跳ねあがる。


 虎穴に入らずんば虎子を得ず、どころではない。

 もしかすると俺は、虎子を返すために虎穴に入っている、いや、入らされているのかもしれないのだ。なぜ親虎は、一度捨てた虎子をもう一度呼び寄せているのかもわからずに。


「一度、話しておいたかもいいかもしれないわね。おチビさんと」


 そういって、シルバは体をひるがえした。それまで黙って屹立していたアルマードが雷に打たれたかのようにトビラのまえに移動し、シルバに道をつくる。見事なコンビネーションだった。ただしそれは、一方的なものにも見えたが。


「おまえはどうするつもりだ。……そもそも、どうしておまえはこの街にいた?」

「偶然、といいたいところだけどね」


 アルマードが開けたトビラの向こう側を見ながら、シルバは答える。


「わたくしも、追っているのよ――《賢人》を」

「どうして」

「どうしてって、わたくしはハンターよ。ハンターが獲物を狙うのは、あなたがおチビさんを守ることと同じくらい当たり前だわ」


 なるほど、シルバの言葉には一理あった。そして次の瞬間、俺は、自分でも驚くくらい予想にしていなかったことを口にした。


「なら、俺たちと組まないか?」

「……へえ?」

「俺たちはただ、《賢人》と会いたいだけだ。《賢人》の持つ魔宝石に興味がないとはいわないが、優先度が低いことも事実。だから、魔宝石はおまえたちに譲ろう」


 言葉を並べるうちに、それは案外悪いものではないような気がしてきた。シルバも同じことを感じたのだろう、ふたたび体をこちらに向ける。

 ハンターに相応しい猛禽類のような鋭い眼光を、瞳に携えながら。


「かわりに、わたくしたちはなにをすれば?」

「もし俺が《賢人》になにかをされたら、おまえの《魔抗針》で俺の動きを止めてほしい」

「……なるほど」


 手をあごにあて、シルバは考え込む。そんな彼女が導くであろう結論は、その口元に刻まれた勝ち誇った微笑を見れば、明らかだった。……もしかすると俺は、シルバの策に乗せられたのかもしれないという疑念が、思わず頭をよぎるほどに。

 シルバはポケットのなかからひとつの魔宝石を無造作にとりだし、放った。


「これは?」

「《テレパ・テレパ》。世にも珍しい、ふたつでひとつの魔宝石よ。効果は……いえ、それはまたあとでにしましょうか。三日ぶりの再会を邪魔するのは、美しくないもの」


 そういって、今度こそシルバは部屋を出て行く。入れ替わるように、パサリという音と、かすかに震えた呼び声が、耳に飛び込んできた。


「ウォー……ロック?」


 プリシアが目覚めていた。充血した目が、信じられないものを見るかのように、真ん丸に見開かれていた。目がこぼれ落ちてしまわないかと、思わず心配になるほどに。


「……迷惑をかけたな、プリシア」


 ふたたび、頭をさげる。こんなにも人間に頭をさげるゴーレムもまたいないだろうと、苦笑まじりに。

 そして、頭をあげると。


「って、あんたねええええええええええええええええええええええええっ!」


 ガコーンと。


「うおっ!?」


 プリシアの足蹴が、俺の頭部に直撃した。


 ……その後、プリシアはつま先をおさえ部屋中をたうち回ったことは、いうまでもない。


前倒し更新をすることができました。

「約束(2)」は明日夜22時更新予定。第3章終了です。

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