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出会いは宝箱のなかで(4)

 この俺の申し出を、プリシアは渋々と、しかし納得し、受け入れた。本人も、どこかでわかっていたのかもしれない。俺がそう口にすることを。


 それからというもの、プリシアはいままで以上に熱を入れて修行に取り組んだ。修行の相手をする俺にも、必要以上に熱が入った。

 俺が稽古をつけると伝えたとき、プリシアは目を白黒させていたが、べつに俺は、プリシアをこの村から出したくないわけではない。たんに、村を出るのであれば、それ相応の力をつけてから、というだけだ。


 それから、一年。


 きっかり一年だった。一日早くも、一日遅くもない。そういえばたしか、時間もこれくらいだったかもしれない。太陽がちょうど頭のうえにあるくらいの、時間。


 おそらく、プリシアはあのときすでに、決めていたのだろう。

 一年でこの村を出る、と。


「やあっ!」


 プリシアの檄とともに、魔装銃が火を吹いた。


 魔宝石キャンディポップが装填されたそれは、プリシアとともに、宝箱に入れられていたものだ。おそらく、彼女の母親が一緒に入れたものだろう。引き金を引くと撃鉄が《キャンディポップ》に打ちつけられ、その衝撃を銃弾にかえて放つ代物だ。


 言葉で聞くと便利そうであり、事実便利であるわけだが、これをつくるのは簡単ではない。

 まず、撃鉄で打ちつけて衝撃を加えることができても、それが銃身から飛び出るように魔宝石を加工しなければならない。腕の悪い錬金魔術師が処理を施せば、あらぬところから銃弾が飛び出し、暴発する可能性もある。


 また、魔法石の加工も難しい。たとえば《キャンディポップ》は衝撃を銃弾にかえるわけだがら、迂闊にハンマーを振り下ろせば、それは銃弾になって返ってくるかもしれない。


 さらに、魔宝石を加工するためには、それよりも硬度の高い魔宝石が必要である。《キャンディポップ》の硬度は八。硬度は全十段階であり、硬度がそれ以上であるものは、当然、希少価値が高い。


 そしてなにより、この魔装銃は、純度の高い《ウナネイド》が混ぜ込まれていた。

《ウナネイド》は、特別なものを生みだすものではない。あえていうのならば、屈魔力性魔力転換型の魔宝石――そう、《ウナネイド》は、魔力を吸収し、魔力を生みだす、すなわち、魔力伝導の特性を持つ魔宝石なのだ。


 その仕組みを知ったとき、俺はファーマ老師と、顔を見合わせたものだ。つまり、これをつくった――もしくは用意した――プリシアの母親は、なぜ、《ウナネイド》をとりいれたのかということだ。


 魔装銃の本体に《ウナネイド》が配合されているということは、装填されている《キャンディポップ》まで魔力が届くということである。そして魔力が届くということは、《キャンディポップ》の働きを倍増させることができるということである。


 魔力を持つ人間は多い。多くの魔力を持つ人間は多くない。そして、多くの魔力を自在に扱うことができる人間は少ない。つまり、この機能は、少ない人間の役にしか立たないのだ。


 だがその疑問は、プリシアがこの銃を握ったときに解決した。


 たいしたことではない。プリシアは多くの魔力を持ち、さらにそれを自在に扱うことができる、数少ない人間のひとりだった。この時点で、俺はプリシアの母親がただものではないと悟った。


 しかし、ひとつ問題があった。


 プリシアがその膨大な魔力を注ぎ放つ銃弾が生み出す反動に、彼女の矮躯は耐え切れなかったのだ。だから必然的に、おさえた魔力で、威力をおさえた銃弾を放つことになる。


 つまり、ゴーレムである俺に、それは決定打とはならない。


「そんな!」


 左腕を前方にかざし、飛んでくる銃弾を弾き返す。当然、表面に銃弾が炸裂し爆散するが、硬度のほうが高く、再生スピードのほうが速い。

 そのまま速度を落とさず、プリシアに接近する。


「ちょ、ウォーロック、ま――!」


 あとに言葉は続かなかった。

 すくいあげるように放たれた右腕は、プリシアの腹部に直撃する。そのまま力を弱めることなく振り抜くと、プリシアの体は、風に吹かれて空を舞う木の葉のように、空に舞った。


「うぐっ」


 もちろん、放る方向も計算のうちだ。

 茂みがクッションかわりになり、落下の衝撃が分散される。たいしたダメージはないはずだが、プリシアはなかなか起きあがってこない。


「……大丈夫か?」


 返事のかわりに聞こえてくるのは嗚咽だった。漏れ聞こえてくる悔しさを耳にしつつ、俺は諭すようにいう。


「まずは魔装銃で俺を食い止められるくらいまで、大きくなれ。話はそれからだ」


 返事はない。


 俺は小さくため息をついた。挑戦に負けたあとは、いつもこうだ。特に今日は、おそらく節目である挑戦だったから、なおさらだろう。またファーマ老師にお願いして、機嫌を直してもらわないとダメだろうか。


 ガサリ、と音がした。


「……いと」


 プリシアが立ちあがったのだ。

 髪の毛には葉が絡み、陶器のように白い肌には、赤い切り傷がついていた。うつむく彼女の顔には静かな影が落ち、表情は読めない。魔装銃を強く握るその両手は、まだ彼女の決意が折れていないことを示していた。


「……はやく、探しに行かないと」


 魔装銃が、ふと輝いた。

 プリシアが、その体の大きさからは予見できないほどに膨大な魔力を、魔装銃に注いでいるのだ。俺というゴーレムをつくった母親ゆずりの、すさまじい魔力。


「そう焦るな。おまえはまだ子供なんだ」


 明らかに、プリシアが制御できるレベルを超えていた。


「子供だからってなによ」


 一度放てば、強力な銃弾はあさっての方向に飛び、彼女はその反動で勢いよく後方に吹き飛ぶだろう。怪我のひとつやふたつ、するかもしれない。良い薬になるかもしれない。


「そんなこといってるあいだに」


 プリシアは走りはじめた。魔装銃を包む光が、さらに白く輝く。


 ――くる。


「あのひとは、どんどん遠くに行っちゃうじゃない!」


 雷が落ちるような轟音が、春の草原に響いた。プリシアが膨大な魔力を練り込んだ《キャンディポップ》弾をを放ったのだ――それも、うしろを振り向いて。


「!」


 そう認識した瞬間、腹部に強烈な衝撃を感じた。


 いや、感じたときにはすでに、はるか後方に吹き飛んでいた。


 なんということだ、プリシアは、制御できない銃弾を、制御できないことを承知のうえで、放ったのだ。その勢いで、特攻を仕掛けるために。


「~~~いったああああああああああああああああい!」


 衝撃はあったが、痛みはない。

 転げ回るプリシアが頭を抱えていることから、渾身の頭突きが炸裂したようだ。当然、俺の体には、傷ひとつない。むしろ、彼女の頭が割れていないかどうかが心配だった、


 しかし、もし、彼女が一本のナイフでも持っていたら。


「ウォーロック!」


 プリシアが叫んだ。

 岩壁に思いきり頭突きをしたようなものだ、目には涙をためている。しかし、その口調は、まっすぐで、力強かった。


「子供だからっていうのは言い訳にならないし、しない。したくもない。これがあたしの気持ち。……あたしは、あのひとを探さなければならない」

「…………」 


 涼しげな風が、なだらかな丘の稜線に草木の波を描いた。風はそのまま森のなかに入り、空に抜けていく。鳥の群れが一緒に旅立った。あの鳥は、どこへ行くのだろう。


「いまの一撃が俺にあたったのは、偶然だ」


 プリシアの抗議の声をあげようとするのを目で制し、続ける。


「ならばおまえの気持ちは、必然である運命よりも強いということだ」

「……っ!」

「行くぞ――いや、行け、プリシア。俺はただ、おまえを守るだけだ」


 そして俺たちは翌日、村を離れた。


 プリシアは、自身の母親を探すために。


 俺は、宝物である彼女を、守るために。


「10年後の約束(仮)」は2月15日土曜日夜22時投稿予定です(先週同様、一日前倒して更新するかもしれません)。


また、「銀閃と黒鉄」の冒頭にイラストを追加しました。よろしければご覧ください。

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