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出会いは宝箱のなかで(3)

 それから一週間は、怒涛の勢いですぎていった。

 俺は少女のために奔走した。


 飲用水は洞窟の湧き水で事が足りたが、食事は洞窟に生息するコケや草木では事が足りることはなかった。ナイットやファーマ老師に訊いて、森に入り、木の実や果実を採集した。


 もちろん、少女と一緒に。


 本当ならば、獰猛な魔族も生息している森に彼女を連れ込みたくなかったのだが、いかんせん、彼女は俺の守るべき宝物だ。ひとり洞窟に残していくわけにはいかない。

 彼女の体をマントで包み、背中に抱えて森に立ち入ったが、常にうしろが気になり、手がつかなかった。仕方ないから、彼女に木の実や果実を採ってもらい、そのあいだ、俺は周囲の警戒にあたった。ゴーレムだから疲れるはずはないのに、なんだか疲れたような気がした。


 ファーマ老師にそれをいうと、「ゴーレムなのに、か?」と、笑われた。

 少女もそれを真似して、「ゴーレムなのにかー?」といい、笑った。

 思わず、俺も笑った。ゴーレムなのに、だ。


 それから一ヶ月は、さらに怒涛の勢いですぎていった。

 俺の言葉に笑ったものの、ファーマ老師はしっかりと俺たちのことを考えてくれたらしい。俺は、その地域の魔族の会合に参加することになった。


 青い光が地表を照らす夜、会合は開かれることになっていた。

 俺はナイットと――もちろん背中には寝息を立てている少女がいた――一本松の木のしたに向かった。そこには、たくさんの魔族がいた。


 ファーマ老師とナイットが、先に話を通しておいてくれたらしい。俺はすんなりと受け入れられた。もっとも、向こうがすんなりと受け入れるまでに、迂闊にも少女に触れようとした魔族たちを二、三匹、吹っ飛ばしてしまったが。


 だが、それにより、俺たちの生活は格段に楽になった。

 なかなか森に入ることができず、入ったとしても木の実や果実を採集してそそくさと退散してしまう俺たちに、肉や魚を届けてくれた。かわりに俺は、基本的に体が小さく、非力な彼らのために、力を振るった。道を塞ぐ岩をどかしたり、切り倒した木材を運んだりした。


「この子に、名前はつけないのかね?」


 ある日、ファーマ老師は薬草茶をすすりながらそういった。


「つけないのかねー?」


 少女もそういった。


 名前、か。薬草茶を飲んでむせている少女を見ながら、その言葉を反芻した。

 たしかに、必要かもしれない。いや、むしろ、どうしてこれまでのあいだ、そのことに気が付かなかったのだろう。俺と彼女のあいだだけであれば、それは不要だったかもしれない。


 しかしいまや、少女は、ファーマ老師とも、ナイットとも、ほかの何匹かの魔族たちとも、遊んでいる。ならば、つけるべきだろう。

 だが、あいにく、ゴーレムである俺に、人間の子の名前をつける機能はないのである。


「ほっほ。べつに、機能云々は関係なかろう。おまえさんがこの子につけたい、ふさわしい名前を、与えればいいだけじゃ」

「そのとおりじゃー」


 ならば、と俺はある名前を口にした。水が上から下に流れるかのような滑らかさで口をついたということに、わずかばかりの戸惑いを覚えながら。


「プリシア、か。……うむ、いい名前だ」

「いい名前だー!」


 少女の――いや、プリシアの笑顔を見ながら、俺はほっと胸をなでおろした。

 拒絶されたらどうしようかと思っていたからだ。まだ幼いとはいえ、彼女にも名前はあっただろうからだ。だが、彼女は覚えていないという。


 これでいいのだろうかという思いと、これしかないのだという思いを胸に抱いたまま――。


「ウォーロック!」


 一〇年の月日がすぎた。


「なんだ、プリシア」 


 肩越しに振り返ると、そこには一〇年まえと比べ、一〇年分成長した、プリシアの姿があった。

 金色の髪は草の匂いがする風に揺れ、柔らかな日差しのなかで輝いていた。ここしばらくは四六時中、太陽のしたにいるというのに、肌はかわらず透き通るように白い。


 子どもながらに整った顔をゆがめて、プリシアはいう。


「わかってるでしょう、ウォーロック。あたしは、この村を出る」

「おまえもわかっているだろう。この村を出るための条件はひとつだと」

「わかってるわよ! ……いくわよ!」


 高々と、プリシアが跳んだ。


「!」


 逆光だった。

 太陽を背に跳んでいるため、直視できない。黒い影と化したプリシアが銃を構えるのがわかった。真横に跳ねる。あとを追うように緑のカーペットが爆ぜた。


 この一〇年間でかわったのは、容姿だけではない。


 いつからかプリシアは、ともに暮らしていた魔族たちから戦い方を学ぶようになった。魔装銃の扱い方を学び、ファーマ老師からはさまざまな魔石や魔宝石の知識を学んだ。


 そしてまた、俺もかわった。外見こそかわらなかったものの、「ウォーロック」という名前を手に入れ、言葉を手に入れた。


 そしてあるとき、プリシアは、ひとつの決意を告げた。


「あたし、この村を出る。……探したいひとが、いるの」


 その「探したいひと」がだれか、すぐにわかった――彼女の母親だと。

 べつに、だれが教えたわけでもないだろう。教えるなという決まりがあったわけではないが、教えないほうがいいだろうという雰囲気はあった。

 だが、教えようとせずとも、伝わってしまうものだったらしい。あたかも、地面にじんわりと染み込む雨のように。


 プリシアの瞳は、雨を吸い込んだ地面のように、強固な決意をはらんでいた。


「外は危険だ。行かせられない」

「許可を求めてるんじゃないわ。行く、っていったの」


 思わず笑みがこぼれた。

 いつのまにか、彼女はこんなにも、成長していたのだ。俺はまるで成長していないというのに。……かわったことはもうひとつあったようだ。俺は、冗談をいうこともできるようになっていたらしい。


 そんな感情を隠すかのように、顔を伏せて、かぶりを振る。


「否定しているんじゃない。行くな、と命令しているんだ」

「行くわ」

「行かせない」


 俺とプリシアのあいだで、見えない火花が散った。

 しかし意外にも、先に折れたのはプリシアだった。


「ま、あんたはそういうわよね。だってあんたはあたしのゴーレムなわけだし、あたしを守るっていうのがあんたの役目なんだから」


 俺は黙ってうなずく。


「だから、ウォーロック。あんたも行きましょう」

「……ほう」

「ま、あたしもひとりで行くっていうのはすこし不安だしね。……それならいいでしょう?」


 すこし考えて、問いかける。


「どうやって、探すつもりだ?」


 もちろん、俺は知っていた。プリシアの母親が、ときおり自分の居場所を示す信号シグナルのようなものを、発信していることを。


「わからないわ。でも、ここで待っていても、あのひとは絶対に現れないことはわかるもの」

「街に出れば、旅をすれば、金がかかる。それはどうする?」

「トレジャーになるわ。魔宝石を手に入れて売れば、それなりのお金になるでしょう」


 問答を繰り返すうちに、プリシアが思いつきで口にしたわけではないことがわかった。

 プリシアは本当に、母親を探そうとしている。俺とこの村を出て、トレジャーとして魔宝石を手に入れつつ、旅をしようとしている。その想いは、本物だろう。


 だが。


「ダメだ」

「なんでよ! あんたって、考え方まで岩でできてるわけ!?」

「もちろん、おまえが旅に出るというのなら、俺もついていく。それは当たり前だ。だが、それ以前の問題だ。旅に出て、トレジャーになるというのなら、プリシア。おまえは弱い」

「――っ」


 言葉を失ったプリシアに、俺は告げる。


「おまえが村を出るための、唯一の手段」

「……なに?」

「俺を倒せ」


「出会いは宝箱のなかで(4)」は2月12日夜22時投稿予定です。

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