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出会いは宝箱のなかで(2)

「ほっほ、これはまたずいぶんと、かわった宝箱じゃな」


 聞き慣れぬ声に振り返ると、そこには長い杖を持った毛玉、もとい、獣がいた。ファーマジシャンという種族らしい。そのなかでも、年配者のようだった。

 だれだろう、こいつは。


「わしはファーマ老師と呼ばれておるよ。そのまんまじゃけどな。ほっほ」

「!」


 こいつ、いま、俺の考えていることを……?


「いかにも。長生きしすぎたせいかの、読心術の心得があってな」

「俺がわざわざ連れてきてやったんだぜ、新入り!」


 新入り? 俺のことだろうか。

 いや、そんなことよりも、まずはこの異常事態を切り抜けなければ。


「おがあああああああああああざああああああああああああああああああああん!」


 いちだんと大きくなった泣き声に、思わず顔をしかめる。


 まったく、なんだというんだ。数時間まえから、ずっとこの繰り返しだった。そして、気まぐれを起こしたのも数時間まえだった。

 数時間まえ――俺は、ふと思った。たとえるならばそれは、いつも歩いている道端に、実は花が一輪咲いていたことに気づいたような、そんな感覚だった。


 どうしてこれまで気づかなかったのだろう。


 そんな思いのもと、俺は宝箱を開けてみた。いうまでもなく、中身を確認するためである。なにを守っているかを知ることは、とても重要なことのように思えたからだ。

 すると、そこには。


「この子がいた、ということか」


 年配のファーマジシャンは目を細めてうなずいた。


 そう、宝箱のなかにいたのは、小さな人間の子供だった。宝物はなかった。


 いつのまに、宝箱に忍び込まれたのだろう。宝物をどこにやったのだと確認しようにも、俺は話すことができないし、こいつも聞く耳を持たない。


「なるほどのう」


 ファーマジシャンはおかしげにつぶやいた。


「状況はわかった。しかし、この人間の子にそれを訊く必要はないじゃろう。ほっほ」


 どういうことか、わからなかった。

 部外者からすれば関係のないことだろうが、俺としては死活問題だ。宝箱を守ることができないゴーレムなんて、ゴーレムではない。ましてや、いつ盗まれたのかも気づかないなんて、木偶の坊、汚泥のかたまりなどと呼ばれても、仕方のないことだ。


「……とりあえず、訊こうにも、まずは泣き止ませないといけないの」

「泣き止ませる? どうやってだい、老師?」


 ナイトバットが体全体を傾けて尋ねる。


「簡単じゃ、あやせばいい。……といっても、ゴーレムのきみにはやりかたがわからないだろう。ナイット、おまえさんがやれ。気をつけてな」

「気をつけるもなにも、そんなの楽勝だぜ!」


 意気揚々と舌を巻いて、ナイットと呼ばれたナイトバットは、いまだ泣きわめく人間の子に近づいていく。なぜだかはわからないが、両の羽で、顔を覆いながら。


「それ、いくぞ!」


 子は泣くのをやめて、ナイトバットを注視する。


「いないいない……ばぁっ!」


 同時だった。


 ナイトバットが羽を開いたのと。


 俺の拳が、ナイトバットに向かって放たれたのは。


「あ……っぶねぇっ!」


 ナイトバットの顔面に握り拳の先が触れたその瞬間、ファーマジシャンの杖が伸び、ナイトバットをぐいと引き戻した。間一髪、俺の一撃は虚空を切った。


「て、てめぇ! なにをしやがる!」

「…………」


 俺は、答えられなかった。

 言葉を話すことができないからではない。俺にも、わからなかったからだ――俺はいま、なにをしようとした? なぜ、このナイトバットに、殴りかかろうとした?


「だから気をつけろといったじゃろう、ナイット」

「ろ、老師、あんた、こうなることをわかってたのかよ!」

「わかっていたから警告したのじゃ。……そして、おまえさんも、わかったかの?」


 ファーマ老師は俺を見据え、そう問いかけた。


 わかっていること。それはいま、俺は危険を覚えたということ。腹の奥を、体の裏側を、生温かい舌で舐められたような、そんな感覚を感じたということ。


 だから、俺は、ナイトバットに殴りかかった。

 まさか。……まさか、そういうことなのだろうか。


「いかにも」


 俺はふたたび、人間の子に視線を落とす。


 人間の子は――少女は、笑っていた。絹のような金髪は、左右で短く結ばれていた。さきほどまで涙をいっぱいにためていたその目は、いまは喜びの色を浮かべている。さんざん泣きわめいていた口からは白い歯がこぼれ、頬はほのかに紅潮していた。


 ゆっくりと両手を伸ばし、腕のしたに手をいれ、持ちあげる。


 小さな少女には、まるで世界がその姿かたちがすっかり様変わりしたかのように思えたのかもしれない。きゃっきゃと甲高い笑い声をあげた。ガラスの鐘が鳴ったかのようなその音は心地よかった。


 少女は真っ赤なマントを着ていた。着ていたというより、包まれていたというべきか。

 マントからは真っ白な手足が伸びていた。土も、泥も、砂一粒すらついていない、綺麗な手足だった。まるで、生まれてこのかた地面に足をついたことがないかのように。まるで、たったいま、この宝箱のなかから生まれてきたかのように。


「いかにも」


 もう一度、ファーマ老師はいった。


「そのお嬢ちゃんこそが、おまえさんの宝物じゃ」

「……っ!」


 そんなことが、あるのだろうか。

 ナイトバットも同じ気持ちだったらしい。パタパタと慌ただしく羽を動かしながら、


「この子が宝物って……どういうことだよ? この兄ちゃんをつくった錬金魔術師が、宝箱のなかにこの子を入れたってことか? ……まさか、そんなことが!」

「経緯はわからん。理由もわからん。だが、結果としてはそうじゃ。もし疑うのなら、もう一度、そのお嬢ちゃんに、ちょっかいをだしてみい」


 さきほどのことを思い出したのだろう、ナイトバットの顔から血の気がひく。


「いやいや、兄ちゃん、俺はそんなことをするつもりはないぜ? ……だからもう、殴らないでくれ!」


 そんなことをいわれても、俺もおまえを殴るつもりはないのだが。


「で、おまえさんはどうするつもりじゃ?」

「…………」


 どうするつもりか。難問だった。ゴーレムは、ものを考えるようにはできていない。


 だが一方で、やはり俺はゴーレムであり、ゴーレムのやることはひとつなのだ。それは、使役者の命令を遵守すること。

 そしてこの場合、それは宝物を守ること。


 ならば、答えもまた、ひとつしかない。


「……決まったの」


 ファーマジシャンは、俺の心を見透かしたように――いや、事実、読心術で見透かしているのだが――いった。


「おお、それならさっそく、歓迎会をしないとな! ……そうそう、紹介が遅れたな、俺はナイットだ。よろしくな、兄ちゃん!」


 そういって、ナイットは片方の翼を俺に向かって差し出した。握手、という言葉が脳裏をよぎった。右手で握り返そうとする。

 そのときだった。


「お?」


 ぐう、と、どこからか音がした。


 少女の腹から聞こえたようだ。少女の顔を見ると、少女はどこか恥ずかしそうに、両手で腹をおさえた。そして一言、こういった。


「おなか、へった」


 瞬間、俺は右手を――ナイットの翼を握りしめた右手を、少女に向かって突きだした。ポカンとする少女に、「食え」という意味をこめて、もう一度、ぐいと突きだす。


「お、おい、兄ちゃん! 俺を食っても美味くないぞ!? 骨ばっかりだし、肉はないし、それに生じゃ食えないから、焼かないと……って、火責めもいやああああああああああっ!」

「ほっほ。……これはこれは、なかなか面倒なやつみたいじゃの」

「ファーマ老師も笑ってないで、はやく助けてくれよ! ああ、ダメ、お嬢ちゃんも噛むな噛むな……噛むなァーッ!」


 俺はこの日、このときから、この少女のゴーレムになった。


「出会いは宝箱のなかで(3)」は明日2月11日火曜日夜22時更新予定。また、「出会いは宝箱のなかで(4)」は明後日2月12日水曜日夜22時更新予定です。

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