はじまりの銃声(2)
爆発の衝撃により、柱が崩れていく。
立ち込める塵芥のなかで、甲高い金属音のようないななきとともに、ガーゴイルの目が赤く光った。体の正面で組まれていた腕はほどかれ、たたまれていた翼が雄々しく空を衝く。
覚醒したガーゴイルは勢いよく空に身を躍らせる。上空から俺たちの姿を視認すると、無感情な瞳を怪しく輝かせ、銃弾のように滑り落ちてくる。
「正面から突っ込んでくるなんて、舐められたものね! 《キャンディ・ポップ》!」
銃声が三発、鳴り響く。
しかし、数秒後に銃弾が爆ぜた場所は、ガーゴイルの体のいかなる部分でもなく、そのうしろの天井だった。まったく、期待を裏切らないやつである。
「正面から突っ込んでくるなんて……なんだって?」
「うっさい!」
そうこうしているあいだにも、ガーゴイルはすさまじいスピードで接近する。肉薄する爪は、体の奥が冷え冷えとするほどに鋭い光を放っていた。
「ウォーロック!」
「わかっている」
ガーゴイルと交錯する刹那、俺は思いきり右手を振るう。
硬いもの同士がぶつかりあう音が鈍く響いた。スピードと重量をじゅうぶんに備えた重い一撃であることを示すように、火花が散った。もしもプリシアに当たっていれば、彼女の柔らかな肌など、いとも簡単に裂かれていたことだろう。
しかし俺ならば、問題はない。
「?」
上空で体をひるがえし、ガーゴイルは首をかしげる。
どうしてあいつの胴体と腕は切り離れていないのだろう。どうしてあいつの腕から、真っ赤な液体が吹き出していないのだろうと、不思議に思うかのように。
そんなどこか人間味あふれる仕草に、プリシアはおかしげな口調でいう。
「ふふ、あいつ、頭なんてひねってる」
「笑ってる場合じゃない。冗談はおまえの銃の腕前だけにしてくれ」
「……本当、生意気なやつ」
そういってプリシアはふたたび銃を構え、撃つ。しかし、空を伸び伸びと飛翔するガーゴイルのスピードには、今一歩足りないようだ。ガーゴイルの尾を追うように、壁が、天井が、けたたましく爆ぜていく。
「このっ……このっ!」
「おい、あまり被害を広げるな」
「ここまできてひきさがれるわけないでしょう!」
あきらかに苛立ってきたプリシアを嘲笑うかのように、ガーゴイルは祭壇のほうに旋回していく。ますます狙いがブレていき、やがて、すさまじい音とともに壁の一部が崩落した。
「……おい」
俺たちの狙いは魔宝石であり、魔族の住処を荒らすことではない。ましてや、ここを墓場にして、心中することでもないはずだが。
「うるさい、うるさい、うるさーいっ! ちょっと、全然当たらないわよ? なにこれ、ひょっとして《キャンディ・ポップ》を叩きすぎて、イカレちゃったんじゃないの?」
「まったく」
ため息をひとつついて、俺はいう。
「口をついてでる言い訳だけは、機銃掃射並みだな」
「くっ……じゃあ、なんのせいだってのよ!」
「おまえのせいだ、下手糞め」
「あ、あんた、使役者に向かってそういう口をきいていいと思ってるの?」
「残念ながら、俺はおまえのことを使役者だと思ったことはないし、事実、おまえは俺の使役者ではない」
「……ふーん?」
なにを思ったのだろうか、プリシアは口の端をめくりあげて笑う。なにか悪いことを考えついたときの微笑みであり、だれにとって悪いかといえば、それはもちろん、俺であって。
「ならあたし、抵抗するの、やーめた」
「なっ」
そういって、プリシアは銃をホルスターにしまってしまう。パチリというボタンのとまる音が、やけに挑発的だった。
「どういうつもりだ」
「べつに。もう抵抗するのもめんどくさいから、いいかなって。だからほら、あんたも逃げるなり隠れるなり、好きにしたら? だってあたしは、あんたの使役者じゃないんでしょう?」
「……おまえ」
そのどこか得意げな表情に、俺は気がついた。こいつの、たくらみに。
プリシアは俺を、試そうとしている。しかもそれは、彼女にとって、結果がわかりきっている実験だ。たとえるなら、壺を抱えるこの手を離せばどうなるのかという、その程度のもの。
「ほら、ガーゴイルがくるわよ」
挑発的な態度を崩さず、プリシアはいう。
「わかった」
おまえがそういうつもりなら、俺は抵抗してやるまでだ。
腕を組み、その場に腰をおろす。できることなら石畳とこの体を縫いつけてしまいたいところだが、あいにく、ゴーレムである俺にそんな機能はない。
ガーゴイルはガーゴイルで、そんな仲たがいを気にとめる様子はない。それどころか、むしろ好機とばかりに唸り声をあげる。どうやら狙いはプリシアのようだ。
プリシアの顔に緊張が走った。
しかし、俺は動かない。
激突。
「~~~っ!」
肉が裂け、骨が砕ける音が響いた。
「…………」
生温かい血が、石床を赤く染める。
「……ふっ」
そして俺は、手をゆっくりと引き抜いた。
「…………ふふ、ふっ」
ガーゴイルの苦悶の声とともに、ガーゴイルの体から。
「あーっはっは!」
ついにこらえられなくなったとばかりに、プリシアは高らかに笑う。その顔には、返り血ひとつついていない。かわりにはりついているのは、勝ち誇った表情だけだった。
「あは、はは、ふっ、ふへ、はーはっは! ……あら、どうしたのかしら、ウォーロック? 抵抗するといったわりには、降伏がはやかったわね?」
「…………」
俺は返事をしなかった――それがせめてもの、抵抗だった。
そう、ガーゴイルの牙がプリシアに刺さるその瞬間、俺は弾かれたように立ちあがり、その片翼に刺突をお見舞いしたのだった。プリシアを守るために。
目尻に浮かんだ涙をぬぐいながら、プリシアはますます調子づいた様子で続ける。
「なにあんた、実はツンデレだったわけ? 身も心も泥でできた、ゴーレムのくせに?」
「身も心も泥でできたゴーレムだから、だ。ゴーレムの役目は、宝を守ること。そしてその宝は、おまえだ。……不本意ながらな」
3/14改稿しました。