戦士たちの休息
「それで? 《銀閃》のシルバ」
「なにがかしら? 《おチビ》のプリシア」
「……あんた、よくこの状況でも軽口を叩けるわね」
人工の明かりが、まぶしかった。
場所は、宿屋の一室。静かな夜の街には似つかわしくない爆発音をとどろかせてしまった俺たちは、黒コゲになったアルマードと、すっかりふてくされたシルバを連れ、ここに戻ってきたのだ。
居場所がバレることはよろしくないと思ったが、プリシアいわく「これでもシルバはプロだから」とのことだ。よくわからないが、私怨では動かないということだろうか。なにはともあれ、プリシアはプリシアなりに、シルバを信頼しているのだろう。
そんな彼女はベッドに腰をかけ、かたやシルバは、縄で手足を拘束された状態で、床にへたりと座り込んでいた。ちなみにアルマードは、意識こそあるものの、体を完全に修復するためには魔力不足のようで、身動きひとつしなかった。
「とぼけないで。……どうしてあんたほどのハンターが、この町に? あそこの魔宝石店に持ち込む客なんてそうそういないことくらい、わかるでしょう」
「あなたがいたじゃない」
「結果的に、ね」
眠そうに目をこすりながら、プリシアはいう。時刻は一〇時を過ぎていた。……特に遅い時間だとは思わなかったが、子供は寝る時間である。
「白状しなさい。あたしはさっさと、シャワーを浴びたいのよ」
「いいわね、シャワー。ねえ、ウォーロック。早いところ、この縄を外してくれない? 肩も凝っちゃったし。それで、一緒にシャワーを浴びましょうよ」
「ウォーロックから離れなさいバカ!」
シルバの肩を押し戻しつつ、俺はゆっくりとかぶりを振る。ふと、香水の香りが鼻孔をくすぐった。プリシアにはまだ早いかもしれない――そんなことを考えつつ、答える。
「俺はゴーレムだ。ご一緒したいのはやまやまだが、あいにく水は天敵だ」
「それは残念」
「って、あんたもどさくさに紛れてなにいってるのよ」
「おまえが断り方というものを知らないだけだ」
ものはいいよう、という言葉を知らないのだろうか。
「おまえなんかとシャワーも浴びたくない」という断り方と、「入りたいけれど水が苦手で無理だ」と断り方の、いったいどちらがあとくされがないかは、明白だろう。
だからいまのは、あくまで建前であって、本心ではない。……本当だぞ?
「……むう。わるかったわよ」
「それに、もうひとつ」
ピッと、シルバに指を向ける。
「肩が凝る原因は拘束のせいではなく、そのふたつの脂肪のかたまりのせいだろう」
窮屈そうな服は、シルバの豊満な胸をさらに強調させることになっていた。これだけの胸を持ちながらあれだけ機敏に動いていれば、肩も凝るのも当然だろう。
「もう、ウォーロックったら、よく見てるじゃない」
「当たり前だ」
なにせ、敵同士だからな。戦闘中に敵から目を離すバカなどいない――と思ったが、どうやらここにはそれを凌ぐかんちがいバカがひとり、いたようだ。
「なにが当たり前よ……あたしの謝罪を返せコラァーッ!」
殴りかかってくるプリシアの拳をかわすも、足になにかが引っ掛かる。それがシルバの長い脚だと気づいたときには、すでに、俺の体は宙に浮いていた。
「あーっ!」
「……っ」
無様にも尻もちをついてしまった俺の耳に、プリシアの叫びが届く。どうやら、さきほどまでの眠気はすっかり吹き飛んでしまったようだ。
しかしいったい、なにについての絶叫だろう。すくなくとも、俺の身を案じてくれているようではないわけだが。
答えは、すぐにわかった。
「見るだけじゃ満足できなくなったのかしら? ウォーロック」
背中から落下したはずなのに、俺の体のしたにあったのは、硬い床ではなかった。
かわりに後頭部に触れていたのは、なにやら柔らかい、しかし圧倒的な存在感を放つ、ふたつのなにか――いうまでもなく、太ももである。いうまでもなく、だ。
まさかとは思うが、べつのなにかを想像してしまったやつはいないだろうな?
そんな思考を巡らせていると、首回りに、ひやりとした感覚を覚える。シルバの細い両腕が俺の顔を包むように伸びているのだ。まるで蛇のようだと思った。
「……さっきの話だけど」
俺の顔と天井のあいだにあるシルバの顔が、いたずらっぽくゆがむ。
「やっぱり、わたくしたちと一緒にこない?」
まるで、食事の誘いをするかのような口調だった。
「そうすれば、もっとたくさんの魔宝石が手に入るわよ? もしかしたら防水の魔宝石もあるかもしれない。そうしたら、今度こそ一緒にシャワーを浴びましょう」
「一緒にシャワーを……浴びる」
「そうよ。そしてそのあとは、わかるでしょう?」
ゆっくりと、頭上にあるシルバの顔が近づいてくる。かすかな唇の動きがわかるほどに。もれる吐息が触れるほどに。
「どうかしら、悪い提案ではないと思うけど――」
シルバの瞳に映る俺の顔までもが、はっきりと認識できるようになった、そのとき。
「いつまでやってんのよバカ!」
スパーンという気持ちのいい音とともに、シルバの顔が視界から消え失せた。
かわりに現れたのは、憤怒の表情を顔に浮かべ、俺の体のうえに仁王立ちをしている、プリシアだった。地を這う虫の視点から見た人間というのは、このように見えるのかもしれない。
「そんなに一緒にシャワーを浴びたいのなら、いますぐ浴びなさいよ!」
バシャン! という音とともに、意識が揺らぐ。
まるで冷水を頭からぶっかけられたような思いであり、事実、俺は水差しの水を、ぶっかけられていた。頭からぶっかけられなかったことは、不幸中の幸いだろう。
だが、あくまで、不幸であることにかわりはなく。
「おい、プリシア、俺が水に弱いのは知っているだろう……って、ああ、体が!」
ゆっくりと染み込んでいく冷ややかな水により、胸のあたりがゆっくりと瓦解していく。事情を知らないやつが見たら、相当程度に不気味な光景だったことだろう。
「そんなこと知らないわよ! もういい、勝手にしなさい、バカ! あたしはシャワー浴びてくるわ! 死んじゃえ!」
ヒステリックに罵詈雑言を並び立てながら、手当たり次第に周りにあるものを俺に投げつけながら、プリシアは荒々しく部屋を飛びだして行った。
「……まるで小さな台風みたいね」
シルバのたとえはもっともだった。事実、部屋のなかには突風が吹いたかのようにものが散乱していたし、俺たちは雨に打たれたかのように濡れていた。
そして聞こえてくるシャワーの音は、心なしか昨日よりも暴力的に聞こえた。
「あーあ、怒らせちゃった」
「……俺のせいか?」
「ほかにだれがいるの?」
「すくなくとも、アルマードではないだれかだ」
「それにしても、本当にいいコンビよね、あなたたち」
話を逸らしたのか、それとも最初から流れなど気にしていないのか。むしろ、それが当然の流れとでもいうかのような自然さで、シルバはつぶやいた。
「これで人間とゴーレムだっていうんだから、おかしいわ。……おかしい、うん、面白いし、それ以上に不思議だわ。あなたのような人間みたいなゴーレム、見たことがないもの」
前倒しで更新することができました。
「戦士たちの休息(2)」は明日2月8日土曜日夜22時更新予定。




