銀閃と黒鉄(4)
シルバの指摘に、プリシアは好戦的な笑みを浮かべる。
「舐められたものね。このくらい屁でもないわ。見てなさい、いますぐにでも――」
言葉はあとに続かなかった。目にもとまらぬスピードで、プリシアの頬を針がかすめたからだ。それがどこから放たれたものであるかは、いうまでもなかった。
「わたくしたちが、それを黙って見ているとでも思って?」
冷ややかな闘志を放ちながら、シルバはいう。
ただの魔力弾ならまだしも、わずかな光を、それこそ《骸玄武》を上回るまで増幅させることができる濃厚な魔力を練りあげる暇は、どうやらないようだ。
「あら、怖いのかしら? 《銀閃》のシルバとあろうものが」
「ひょっとして、それは挑発のつもり? ふふ、子供の口喧嘩じゃないんだから。……でも、答えてあげる。怖いかって? 怖いに決まっているでしょう。……もちろん、おチビさんが、ではないわよ」
シルバの視線が、俺を射竦めるのがわかった。
「……俺?」
「そう、ウォーロック。あなたが、よ」
姫の言葉の邪魔はしないとでもいうかのように、アルマードは半歩、うしろにさがった。シルバはそれに軽く目配せをしつつ、続ける。
「だってあなた、あの《賢人》の作品なんでしょう?」
プリシアが、ハッと息を飲むのがわかった。
「……どこで、それを」
「風の噂よ。……その反応、半信半疑だったけれど、噂は本当だったみたいね。おお、怖い怖い。賢者の石にもっとも近いといわれる、《賢人》のゴーレムなんて……怖くないわけがないわ。もっとも、使役者がへっぽこでなければね」
シルバはおおげさに肩をすくめる。
「さて、どうする?」
「どうするって」
「《シルヴィス》を渡せば、見逃してあげるわ――と、いいたいところだけど」
俺の目のまえまで歩いてきて、シルバはいう。
「ウォーロック。あなた、わたくしたちと一緒にこないかしら?」
「な――っ」
驚愕に目をみはるプリシアを尻目に、問う。
「どういうことだ」
「言葉どおりよ。わたくしのほうが、あなたを上手く使えるわ。……そのおチビさんよりね」
「俺の答えはかわらない――断る」
「仲間にならないと、おチビさんを殺す、といっても?」
シルバの瞳に、底光りするような嗜虐の色が浮かびあがった。プシリアの顔に、にわかに緊張が走る。まったく、ビビりなのはあいかわらずのようだ。
眼閃を真正面からにらみかえし、告げる。
「無論だ」
「へえ。冷たいのね」
「冷たい? ……プリシアは俺が守る。それで問題はないだろう」
「状況をよく鑑みてからいいなさい。おチビさんは疲弊していて、旋風の魔宝石は《骸玄武》のまえでは無力。効果があるとすれば《ヴォルカニカ》だけど、屈性反応を起こす光は微弱。魔力を練ろうにも、わたくしたちがさせない」
なるほど、いまの状況を、わかりやすくまとめてくれているようだ――しかし。
「信念というのは、どんな状況でもかわらないからこそ、信念だろう」
「……本当、口の減らないゴーレムだこと」
「よくいわれる」
「交渉は決裂ね」
余裕の表情を崩さないシルバに一矢報いるべく、俺はいう。
「ひょっとして、いまのが交渉のつもりか? ……子供の口喧嘩かと思ったぞ」
「~~~っ!」
「意趣返し……はは、ウォーロック……あんた」
そんな状況を一緒になって笑うかのように、風が吹いた。厚ぼったい雲が重い腰をあげ、のろのろと流れていく。その切れ間から一瞬、丸い月がのぞいた。
しかし、それだけだ。月はふたたび雲の裏側へとその姿を隠す。隠してしまう。
「さて、どうする。《サザーノース》の風で、雲でも吹き飛ばしてみるか」
「どうしたの? 今日は、ずいぶんと饒舌じゃない」
そうかもしれない。
ゴーレムである俺にも、冗談をいう機能がついていたとは知らなかった。それこそまさに冗談だというのは、余計なお世話だ。湿気は嫌いだが、ウィットにとんだ会話は嫌いじゃない。
「でも、その必要はないわ」
なにを思ったか、プリシアは腰につけた革袋から、《宝石箱》を――《シルヴィス》をとりだす。ふと、嫌な予感が頭をよぎる。
「あら? ……まさかとは思うけど、ひょっとして、それを、わたくしに? 潔いといえば潔いけど……意外といえば意外だわ」
「お、おい?」
かすかな夜風に反応する《シルヴィス》。
キラキラと輝くそれは――たしか、そう、スターダスト現象。《シルヴィス》の冷気により空気中の水分が凝結し、光を乱反射しているのだ。
「ああ、でも……美しい」
シルバは吐息をもらす。闇の輪郭をなぞるかのように、手を、指を伸ばす。
「いいでしょう、ウォーロックの勇気とあなたの潔さ、そして、《シルヴィス》の輝きに誓う――わたくしたちは、それを手に入れれば、即座にこの場を立ち去る……さあ、おチビさん。それを、こちらに」
「…………」
俺はゴーレムだ。そして、プリシアは使役者でこそないものの、俺が守るべき対象である。彼女につきしたがい、守ることはあっても、口出しをすることはない。
《シルヴィス》を渡すことが、プリシアにとって危害となりうるならば阻止する。それは当然だ。しかしこの場合、シルバを撤退させることができるという意味では危機回避につながるのだから、阻止する理由はない。
ゆえに俺は、見守ることしかできなかった。
手に持った《シルヴィス》に視線を落とす、プリシアを。
「……だれが」
深呼吸一回分の間をおいて、プリシアはぽつりとつぶやいた。声こそか細いものだったが、頑固たる決意がにじんでいた。《シルヴィス》を持つ手を、ゆっくりと沈める――そして。
「だれがあんたなんかに、渡すもんですか!」
《シルヴィス》を、宙に放った。
「!」
数多の星々が織りなす天の川のようだった。冷ややかな夜気に身をゆだねた《シルヴィス》は氷の欠片を振り撒き、放物線を描く。
そのさきにあるのは、俺の、大きく開いた――口。
「アルマード、《シルヴィス》を!」
視界の隅から、巨大な黒い影が肉薄する。
しかし、間に合わない。
姫の手をとる騎士のように、白銀の魔宝石を舌のうえに向かえ――。
「残念でした」
ゴクリと、嚥下した。
「銀閃と黒鉄(5)」は2月4日夜22時更新予定です。




