銀閃と黒鉄(3)
正面からぶつかりあう、拳と拳。力と力の拮抗。稲妻のような衝撃が、打ちあった指の先から、腕を駆け抜け、胴体を貫き、足のつま先まで届く。
《ヴォルカニカ》により生じた塵芥が晴れていく。さしずめ、第二幕のはじまりといったところだろう。細く短く、息を吐く。
そして姿を現したのは、黒光りする甲冑だった。背中から肩にかけて盛りあがったいびつな外骨格は、地獄の深淵から顔をのぞかせる髑髏のようにも見えた。
《魔針細工》は、細工師シルバの独自の技だ。俺に用いた、魔経絡の流れを妨げる《魔抗針》と、魔力を流し込む《魔注針》により、アルマードの体内の魔力を操作、半強制的に形体を変化させることができる。
「……あいかわらず、見事な手並みだな」
「あら、ありがとう。どうしたのかしら? 急に」
「べつに……どうした、来ないのか?」
「ふふ、なにを焦っているのでしょうね。大丈夫よ、ほら」
そういって、シルバの細い指で示された方向には――。
「プリシア!」
ところどころに生傷をつくった、プリシアがいた。「使役者を狙うのは美しくない」という言葉どおり、致命傷はもらっていないようだが、それでも何発かはくらってしまったようだ。
しかしそれは、アルマードのせいではない。シルバのせいでもない。ましてや、プリシアのせいなどでもない。
プリシアを守れなかった、俺のせいだ。
「……すまない」
「挨拶がわりにしては、ずいぶんマジじゃない」
俺の言葉を無視して、プリシアはシルバをにらむ。
「ごめんなさい。でも仕方がないことよ。だってわたくしとあなたは、恋敵なんですもの」
「こっ……!? ……たしかに、あたしとあんたは敵同士だけど」
「恋敵、といったわ」
「……っ! たしかに! あたしと! あんたは! ~~~敵同士だけどっ!」
「……これだから、お子様は」
「なによ!」
「いいえ、べつに」
フッと息をもらし、シルバは笑う。怜悧な光を帯びた瞳で、プリシアを射抜く。
「ただ、わたくしとおチビさんでは、話にもならないということよ。魔宝石でも、恋でもね。だって、欲しいものはこの手で手に入れる。それがわたくしの、ハンターとしての美学ですもの。……守られてばかりのおチビさんには、わからないでしょうけど」
「…………」
プリシアは、沈黙していた。だがそれは、決していいかえす言葉がなかったわけではないだろう。込みあげる千の罵詈雑言を飲み込み、腹のなかに蓄えているのだ。怒りという名の、力に。
「耳に挟んだことがあるんだけど」
嵐のまえの静けさ――そんなフレーズが、うってつけであるように思えた。
「東洋でもっとも美しいのは――」
プリシアが魔装銃を俺に向けて構える。暗い銃口が光で満ちる。
「それが朽ち果てる、その瞬間らしいわよ!」
魔力弾。
体が内側から膨れあがっていく感覚。破裂する。視界が白くとんだ。あたかも、水を得た魚のように――水が天敵である俺としては、不適切な表現だろうか――力が全身に行き届く。
体がべつのものにかわっていく。体がべつのものに、生まれかわっていく。
「性質変化――《サザーノース》!」
赤銅色ではない。《ヴォルカニカ》ではない。
俺の体はいま、薄緑色に変質していた。風の魔宝石、《サザーノース》。自然と魔力による奇跡の賜物は、ときとして風という、姿かたちのないものまで生みだすことができる。
「浅葱色の魔宝石……ああ、なんて美しいのかしら! 転換属性はなに? 屈性は? どこで手に入れたの?」
恍惚の色を浮かべ、シルバは嬌声をあげる。
しかし、プリシアは、淡々とした表情で。冷静さのしたに、怒気を押し殺して。
「それは――自分の身をもって、体感しなさい!」
ノーモーションで、俺はアルマードの懐に潜り込む。
筋肉の伸縮ではなく、脚と地面との作用・反作用でもなく、風の力を利用した急加速。踏み込みも一呼吸もいらない、〇から一への移動術だ。
「スピードで翻弄するのよ!」
プリシアの叫びとともに、アルマードのあごをぶち抜く。正真正銘、第二幕のはじまりだ。
「それで? 《銀閃》のシルバ」
「なにかしら? 《おチビ》のプリシア」
どうやら、プリシアとシルバも、俺たちとはべつに戦いをはじめたようだ。プリシアの手には魔装銃が、シルバの手には針が、それぞれ握られている。
「勝手にあたしの二つ名をつけるな!」
プリシアが引き金を引く。
シルバは身にまとっていたマントを剥ぎとり、宙に放る。マントのしたは、黒いタイトなコスチュームを身につけていた。その姿は――これはあくまで、客観的な描写を心掛けるゴーレムとしての意見だが――とても、セクシーだった。
「だってあなた……ほかにこれといった特徴もないじゃない? ねえ?」
「ふ、ふんだ! どうせあんたの《銀閃》も、自分でつけたものなんでしょう!」
「そ、そそ、そんなわけないでしょう!」
シルバの手が弧を描く。
一直線に伸びる針は、まさに闇夜を裂く銀閃。プリシアもシルバも、遠距離タイプの戦い方を好む。ゴーレムが前方に、自分は後方に。それが使役者としての基本戦法であるから、当然といえば当然だが。
しかし――いや、だからこそ、プリシアはシルバに向かっていく。
「近づかせないわよ!」
ふたたび、細針が夜空を翔ける流星のごとく、プリシアに放たれる。しかしプリシアは、それを難なくかわしてみせた。不敵に微笑み、告げる。
「あんたの銀閃……いい目印になるわ」
「それはどうかしら」
「な――っ!?」
漆黒の手に足をつかまれたかのように、プリシアの歩みがとまる。
目を凝らせば、プリシアを包むマントの裾に、黒い針が刺さっていた。それが地面にまで貫通し、動きを止めてているのだ。目立ちやすい針で注意を引き、目立ちにくい針を当てる。
「本命はそっちよ。……ふふ、《おチビ》のプリシアから《おバカ》のプリシアに改名したらどうかしら?」
「だから、どっちでもないっつーの! ……ウォーロック、そっちは!?」
「一言でいうのなら、劣勢だ」
「なんで!」
言い返そうとする俺の言葉をさえぎり、シルバが答える。
「《骸玄武》は防御特化型の魔針細工。それこそ、《ヴォルカニカ》と対等に渡りあえる程度のね。それを、風に乗せて放つ攻撃くらいで、簡単に破れると思って?」
「なら、《ヴォルカニカ》で――」
「本当に、それでいいのかしら?」
そういって、シルバは空を――闇を孕んだ空を、見あげる。
月はでていた。当たり前だった。姫には騎士がいるように、シルバにはアルマードがいるように、夜には月がいる。
しかしいま、月を包むように、夜を覆うように、雲が渦巻いていた。だから、地表には闇が蔓延していた。そう、光はうつろで、弱々しかった。
「光が……。で、でも、魔力弾で、強制的に増幅させれば!」
「できるかしら。アルマードの手で痛めつけられた、その体で」
「銀閃と黒鉄(4)」は明日2月3日夜22時に、また、「銀閃と黒鉄(5)」は明後日2月4日夜22時に更新予定(おそらくここまでは確定)。なお、「銀閃と黒鉄」の章は(5)で終了し、水、木曜日空いたあとに、続きを投稿する予定(こちらはあくまで憶測)です。




