銀閃と黒鉄(2)
「あいにく、俺はゴーレムだ」
風に木々が揺れるかのように、シルバは首を振る。
いや、本当に、風が吹いたのかもしれない。太陽はいつのまにか姿を消し、空気はすこしずつ、本来の落ち着きを取り戻しつつあった。ゆっくりと、夜の足音が近づいてきていた。
「そんなことは関係なくてよ。……いいえ、だからこそ、かしら? わたくしはゴーレムであるあなたが好き。完璧なゴーレムであるあなたが、ね」
愛を歌う小鳥のように、シルバは言葉をつむぐ。
言葉も、声も、抑揚も、髪をかきあげる仕草も、かきあげた髪が柔らかい月明りを照り返す様子も、すべてが計算しつくされたかのような、美しい所作だった。
震える指先で針をつまむ。ひっぱるが、動かなない。完璧に固定されてしまっているようだ。さすが《銀閃》だと、口のなかで小さくつぶやく。
さて、どうするか――考えを巡らせつつ、口を動かすことも忘れない。
「俺は謙虚なゴーレムだ。だから、俺は決して完璧ではないと、否定させてもらおう」
「謙虚は美徳よ。それもまた、美しいわ」
「……べつに、俺が完璧なのではなく、俺を作った人間こそが完璧なのだと思うが」
「そして次は、その人間を作った神様こそが完璧だとでも、いうつもりかしら?」
シルバは微笑む。それは、ゴーレムである俺さえも魅了してしまいそうな、妖艶で、蠱惑的な微笑。まるで、つくりもののようですらあった。
「完全な神は、不完全な人間を創った。そしてそのなかの、不完全な人間のひとりが、完全なゴーレムを創った……ああ、なんて美しいのかしら!」
「……美しい?」
あいかわらず、よくわからない美的センスをしているやつだと思う。
「わからないかしら? わたくしは思うのよ、偽物が本物を超えたときこそ、なににもとらわれることのない、純粋な美しさが顕現していると。それはたとえば、『絵のように美しい』という言葉にもあらわれている」
呼応するかのように、唸る衝撃が地を揺らした。体の自由がきかないいま、その衝撃の原因をたしかめることはできない。しかし、おそらくそれが、アルマードの攻撃によるものだということは想像に難くなかった。
プリシアはいま、戦っている。しかし、俺は動けない。それが歯がゆかった。
「大丈夫、殺すだなんて美しくない真似はしなくってよ」
くっくと喉の奥を鳴らし、シルバはいう。
「ただ、魔宝石店で鑑定してもらっていたやつを、もらおうと思っただけ。本当は、挨拶だけにしておくつもりだったんだけど、羨ましくて。《シルヴィス》……月下で銀色に輝くっていうじゃない。きっと、わたくしの髪によく映えるでしょう」
「……人様から魔宝石を奪うというのも、美しくないと思うがな」
《銀閃》のシルバと、《黒鉄》のアルマード。それなりに名の知れたハンターだ。
プローラーとも、トレジャーともちがう、ハンター。自然や魔族からではなく、人間から魔宝石を奪うというかたちで、魔宝石を手に入れるひとびとのことである。
「そうかもしれないわ。けど、魔族から奪っているあなたたちハンターも、同類よ。わたくしと同じように、美しくない。だからこそ、一転の曇りもない美をまとう、魔宝石を求めるのでしょう?」
散々耳にしたことのあるシルバの御高説だ。
「それで、どう? 返事を聞かせてもらえるかしら。返事の内容によっては、《シルヴィス》を奪うだけで勘弁してさしあげましてよ」
考えるまでもなかった。放られた球を放り返すくらいの気軽さをよそおい、答える。
「もちろん、断る」
その言葉を聞いたシルバの口元がほころぶのを見て、続ける。
「だいたいおまえだって、それを期待していただろう」
「そのとおり。その程度で折れる心なんて、美しくもなんともないですもの。……ふふ、よくわかっていることね。以心伝心というやつかしら」
「それこそまさかだ。ゴーレムである俺に、心なんてものはない」
「……その発言は美しくないわ」
ふと、シルバの瞳に翳りがさした。
いまだ――と、自由の効く左手を振りかぶる。
どうやら、この体はもうダメなようだ。俺の油断と慢心により、シルバの放った針が、しっかりと体に刺さり、魔経絡の流れを妨げている。魔力は体内を巡らず、もはや俺の存在はゴーレムですらない、泥のかたまりに等しい。
だとすれば、俺のとるべき行動はひとつ。左半身に残る魔力をかき集め、左手に集中。スキル《性質変化》により赤銅色に灯った左手を――右半身に叩きつける。
薄暗い路地裏に、ひときわ大きい爆発音が響いた。
「へえ」
三日月のように目を細め、シルバは感嘆の声をもらす。
「《ヴォルカニカ》……それを利用して、動かない半身を、針ごと破壊した、と」
「そうだ。……これで体は、再生する」
左手を壁につき、左足に力を入れ、ゆっくりと立ちあがる。
爆散した右脚が修復していく。右足を踏みしめる。空いた腹にふたたび中身がつまり、さらに右腕が再生していく。もちろん、そこに魔経絡の流れを止める針はない。
「美を追求するおまえには、格好悪いやり方だったかもしれないがな」
「いいえ。大切なひとを守るために、自らの体を犠牲にする。……美しいわ。ましてや、それだけの複雑な思考を、自分でやってこなすのだから、なおさらよ」
「お褒めにあずかり光栄だ――だからといって、手加減はしないが」
脚に力を込める。泥でできた筋肉が膨らむ。地を蹴り、シルバに肉薄する。
物覚えの悪い子供を見るかのようなまなざしで、シルバは小さくため息をついた。
「でも残念ね、使役者狙いというのは、美しくないわ」
「俺はゴーレムだ。美意識という概念はない」
握りしめた赤銅色の拳は、さらに赤白く灼熱する。
「《赤爆石の――》」
「アルマード!」
暗闇から形作られたかのように、俺とシルバのあいだに、アルマードがあらわれる。姫と騎士。人と影。主と従。そんな表現がしっくりとくるようなコンビネーションもまた、シルバにとっては美しいのだろう。
シルバの手が、旋律を奏でるかのように、自由自在に動く。シルバの指が、歌にのせて踊るかのように、変幻自在に針を放つ――アルマードに向けて。
「魔針細工――」
針の先端からアルマードの体内へと、魔力が流れていく。魔力が膨れあがっていく。
「《一撃》!」
「《骸玄武》!」
「銀閃と黒鉄(3)」は明日2月2日夜22時更新予定。……2がたくさん!




