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魔宝石店に行こう(3)

「顔を離して!」


 店主の叫びのあとを追うように、魔宝石から一筋、光の軌跡が伸びた。

 それはまるで花火のように俺たちの目線まで打ちあがると、光の大輪ならぬ、氷の花を咲かせた。しかし、長くその形を維持することは難しかったようだ。ガラス細工のようなそれはやがて氷塵となり、闇に溶けていった。


「…………」


 何度も目にしているとはいえ、やはり魔法のような魔宝石の働きに、俺たちはしばし言葉を失う。ほのかな冷気が頬を撫でた。


「つまり、この魔宝石は――」


 口火を切ったのは、プリシアだった。


「屈くしゃみ性?」

「そんなわけないだろう」


 予想されたプリシアの言葉を、ぴしゃりと否定する。


 これでも――替えの下着を持っていても、宿で粗相をやらかしても――プリシアは、それなりに名の通ったトレジャーである。名の通ったというのは、つまり、それだけの数の魔宝石を入手しているということだ。

 そんな彼女が、「屈くしゃみ性」だなんて舌を噛みそうな単語を口にするのは、冗談でもやめてほしい。


「わかってるわよ……この魔宝石は、屈風性氷結転換型。そうよね、店主さん?」


 店主はいつのまにか細長い筒を手に、魔宝石に息を吹きかけていた。次第に強まっていく呼気に応じて、魔宝石がまとう冷気も次第に濃い白へとかわっていく。


 そして、魔宝石がカチリと光ったと思うと、


「素敵」


 さきほどと同じように、魔宝石から伸びた光の筋の先で、氷が弾けた。


「……そうだね。屈風性でまちがいないみたいだ」


 満足げな表情で、店主はいう。


 屈風性氷結転換型。すなわちこの魔宝石は、とりいれた風の力を、内部で氷に変換して撃ちだす性質をもつということだ。

 プリシアのくしゃみに反応したのではなく、正確にはプリシアのくしゃみによって放たれた息に反応した。なにもなくとも反応しているように見えたのは、室内におけるわずかな空気の対流に反応を示していたのだろう。


「氷結転換型、屈風性……白銀、円形……うん、《シルヴィス》だね」


 そういって、店主は分厚い書物のとある見開きを俺たちに見せてきた。


 覗き込んでみると、そこには目のまえの魔宝石と似た絵が載っていた。絵の右下には、《シルヴィス》という名称と、《B》というアルファベットが記載されている。


「Bランクかぁ」


 プリシアが残念そうにいう。


「いやいや、そんな悲しい顔をする必要はないよ。もうすこし詳しい鑑定が必要だけど、状態もいいようだし、BはBでも、B+といったところだ」

「それでもやっぱり、Bランクであることにちがいはないわ」

「うん、でも、ぼくがこの店を開いてもう数十年になるけど、Aランク魔宝石なんてそうお目にかかれるものじゃないよ。もっと大きな街の魔宝石店になれば、またちがうんだろうけど」

「一応いっておくけどね、店主さん」


 慰めの言葉を口にする店主に、プリシアは顔のまえで指を振る。その仕草の意味はわからなかったが、本人としては格好つけているつもりなのだろう。


「あたしたちが探している魔宝石は、Aランクなんかじゃないわ」

「この世に五種類の存在が確認、もしくは噂されている、Sランク?」

「いいえ」


 先回りした店主の言葉を制し、プリシアは静かに口を開いた。


「賢者の石よ」

「なっ……」


 店主の目は驚愕に見開かれていたが、やがて目尻に深い笑みが浮かんだ。


「なるほど、賢者の石、ときたか」


 プリシアはバカにされたと思ったのか、にわかに怒気をにじませ、いう。


「冗談をいっているわけじゃないわ、あたしは本気よ」

「いや、もちろん、決してお嬢さんをバカにしたわけじゃない」


 プリシアをなだめるように手のひらをかざしながら、店主はいう。口元こそ緩んでいたものの、その目には、強い光が宿っていた。


「賢者の石……だれも目にしたことのない、噂ですらない、伝説級の代物が、本当にあると思っているのかい?」

「すくなくとも、あなたが賢者の石を見たことがある、という情報よりは、信憑性が高いと思うわ。……逆に訊くけれど、店主さんは、本当にないと思っているの?」

「あるさ」


 店主は断じる。あたかも、妖精がこの世にいることを信じてやまない、子供のように真剣なまなざしで。


「あるに決まっているさ。……知っているかい? ぼくが子どものころは、Sランク魔宝石――空の魔宝石・《エア》、玉の魔宝石・《トリノ》、心の魔宝石・《ハーティア》、原始の魔宝石・《マテリア》、終焉の魔宝石・《エデン》――は、同じように伝説級の代物だったのさ。でも、いまや、《ハーティア》以外の魔宝石は、その確認が噂されている。なら、賢者の石も、決して伝説でなくなるときがくる。ぼくは、そう信じているんだ」

「ええ……あたしもよ」


 そして店主は、苦笑まじりに肩をすくめる。


「いや、失礼。ついつい力が入り過ぎてしまったようだ。……でも、そうか……ならきみたちは、賢者の石を求めて、旅を?」

「……厳密には、そういうわけじゃないんだけどね」

「?」


 店主は眉根を寄せる。これまで、銃撃戦のごとく言葉を返してきたプリシアが、突然言葉を濁したことに、戸惑いを覚えているのだろう。


「ひとつ、質問してもいいかしら」

「……なんだい?」

「ここ数か月以内に、印象に残った客はいるかしら」

「印象に残った……客?」


 その質問に、店主はいまいちピンとこなかったようだ。それも無理はないだろう。プリシアの質問は、質問というにはずいぶんと具体性を欠いていた。


「なんかこう、もうすこし、ないのかな? その、きみのいう……印象の内容について。外見でも、なんでもいいんだ。きみのいうとおり寂れた店ではあるけれど、意外と客が多くてね」

「そうしたいのはやまやまなんだけれど……あいにくあたしも、それを知らないのよね」

「……なにか事情があるみたいだね」


 そこでようやく、店主もプリシアの様子がおかしいことを察したらしい。


「探しているひとがいるの。顔は知らない。名前もわからない。でもたぶん、そのひともあたしたちに、探されていることをわかっている。……そう、なにもわからないといったけれど、ひとつ、わかっていることがあるわ。それは、女性だということ」

「女性」


 店主は、はじめて耳にしたかのように、言葉を繰り返す。しかし一方で、瞳には、なにやら確信めいた色が浮かんだ。


「そしておそらく、彼女はあたしに、似ている」


 そしてその予想は、やがて確信へとかわる。


「似ている……まさか、その女性というのは」

「ええ」


 海の底のように暗く、冷たい瞳で、プリシアはいう。


「あたしの、母親よ」


「魔宝石店に行こう(4)」は明日1月29日夜22時投稿予定です。

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