はじまりの銃声(イラストあり)
地下へと続く階段は薄暗く、侵入者である俺たちを拒むように闇が満ちていた。どこかに地下水脈の滝でもあるのだろうか、ザーという音が間断なく続いている。
生温かい闇と、水が滂沱と流れる音。そんな状況下で俺は、思い出さずにはいられなかった――プリシアとはじめて出会ったときのことを。
そう、たしかあのとき、闇が満ちた洞穴の外では、針のように細い雨が降り続いていた。いつあがるともわからない灰色の幕をにらみながら、俺はふと気になったものだ。
俺が守るべき宝物は、いったいなんなのだろう――と。
「ウォーロック?」
「!」
プリシアの呼びかけに、俺はハッと顔をあげた。
いつのまにか歩みをとめていた俺に、プリシアは鳶色の瞳を細め、いぶかしげな視線を向けていた。微風が流れているのだろう、金髪のツインテールの先が、かすかになびいていた。
「どうしたのよ、ぼうっとして」
大声でなくても洞窟内に残響するような、子供特有の甲高い声だった。正確な年は知らないが、おそらく一〇代前半といったところだろう。
「どうもしていないから、ぼうっとしていただけだ」
「ゴーレムのあんたが、なに人間みたいなこといってるの。人間と同じなのは、外見だけにしてちょうだい」
フンと鼻を鳴らし、プリシアはあごで階段の先を示す。
「ほら、最深部につくわよ」
階段を降りると、そこには妙に整備された石畳が広がっていた。床だけではない。壁も、天井も、パズルのピースのように、きっちりと石の板がはめ込まれていた。
足元はほのかに光が灯っている。地下であるにもかかわらず明るいのは、石板に密生するヒカリゴケによるものだ。最深部特有の光景は、にわかに俺たちの気分を高揚させた。
はやる気持ちを抑え、慎重に歩みを進めていく。
「……あ」
ふと、プリシアが吐息をもらした。その視線の先には祭壇があった。次の瞬間、弾かれたように駆けだそうとしたプリシアを、俺はすばやく手で制した。
「待て」
「……なによ」
プリシアは不満げに俺をにらむ。差し出されたお菓子をまえに「おあずけ」を命じられた子供のようだ。もっとも、彼女はまだ子供なのだが。
「よく見ろ」
祭壇を取り囲むように、三本の柱が設置されていた。そのうちの一本の頂には、鳥のような姿形をした魔物――ガーゴイルだ――が腕を組み、屹立していた。祭壇に向けて落とされた視線は、わずかな変化すらも見逃さないだろう。
「……気づいてたわよ、それくらい」
口をとがらせて、プリシアは応じる。
正直なところ、本当に気づいていたかどうかは疑わしいものだった。彼女の好奇心という名のレンズは、ときに思いがけないものを発見するのに役立つが、たいていの場合、周囲は曇っていて、頭をぶつけたり足をひっかけたりと、トラブルを導く要因になっていたからだ。
「気づいてたっていってるでしょう! ……宝の番人ってとこかしらね、あれは」
「起動条件はおそらく、祭壇への侵入だろう」
さて、どうする――と、プリシアに目配せをする。
「どうする? どうするかって?」
くりくりとした瞳をこれでもかというくらいに剥いて、プリシアはいう。
「決まってるでしょう、玄関のチャイムを鳴らして、真正面からお邪魔するのよ」
「玄関のチャイム?」
見たところ、そんなものはないようだが。
「あんたって本当にユーモアがないわね。体だけじゃなくて、脳みそまでお堅いのかしら」
プリシアはなにやら上等な冗談でも口にしたかのように、口元をゆがめる。それはいまだ少女と呼ぶべき人間の笑い方にしては、いくぶんの邪悪さも感じられるものだった。
絹糸のような金髪のツインテールも、聡明さが見てとれる鳶色の瞳も、色づきはじめた果実のように赤い頬も、年相応のものである。
しかしそれでもなお、彼女が年相応にも見えない理由があるとすれば、それは、全身を包む真紅のコートと、ホルスターにしまわれた銃、そして、磨き抜かれたナイフのように鋭い、眼光のせいだろう。
プリシアはホルスターに手を伸ばし、銃を構える。
白い牙を剥いて笑う。
「お邪魔するわよ、可愛い番鳥さん?」
そういってプリシアは、弾倉に――正確には、弾倉の内部に装填された加工済Aランク魔宝石に――そっと口づけた。いつどこでこんな仕草を覚えたのかは、わからない。
まだ小さい赤子の手に触れるような繊細さで、プリシアは引き金に指を添える。
添えて――引く。
撃鉄が持ちあがり、また落ちる。《キャンディ・ポップ》を叩く。衝撃を弾丸に変換し撃ち出す《キャンディ・ポップ》を叩く。
吸収した力を、べつの力に換えて放出する――それが、魔宝石。
「いけ!」
撃ち出された銃弾はガーゴイル像の足元に着弾し、爆発音が洞窟内に反響した。
なるほど、それはたしかに、派手な玄関チャイムだった。チャイムを鳴らすタイミングとしては、いささか遅すぎるようだったが。
3/5改稿。「キマイラ」を「ガーゴイル」に。
二話以降も引き続き改稿を進めていく予定ですが、明日から旅行に行くため、しばらくは二話以降では「キマイラ」のままの表記が続くと思います。すいませんが脳内で補完してください。