04少年忍者
●タマ
「もう閉じているにゃ」
ケットシーは何時ものとぼけ顔。
「香織は私が連れてきたのよ。それに、香織は私の友達だもん。見捨てることなんて出来るわけないじゃない。早く助けなきゃ!」
「誰も見捨てるなんて言ってませんよ」
鋼達彦は慌てる蛍を嗜める。
「恐らく、香織さんはゲートの向こうですよ。また開くまで待つしかないでしょう」
「達彦あんたって人は!」
「喚いてもゲートは開きませんよ。ゲートが閉じて行くのと同時にブランコが止まりましたから、今度開くのは早くても明日の夜です」
達彦は気のなさそうな声で告げた。
「誤解の無いよう言っておきますが、誰がなんと言おうと、香織さんは助けます」
「泉も何とか言ってよ」
前回、クリムスタンの卵を手に入れた時には何も起こらなかった。だのに今度は何故? 幾つもの疑問を残しながらも、その日は解散となった。
「昔の風景が見えたって事は、別世界じゃなくて昔に行くゲートかな?」
明けて土曜の昼下がり。部屋でクリムスタンと戯れる御子神明斗の姿。
「あき君! ちょっと手伝ってよ」
台所では、小麦粉とお砂糖を絹のフルイに何度も掛けて、戸塚泉が下準備中。
「きみが本当にゲートの守護者だとしたら、すぐにゲートが開くように出来ないかな? 向こうにいる友達を少しでも早く助けてあげたいんだ」
言葉の意味を知ってか知らずか、クリムスタンはみぃと鳴く。
「あき君早く!」
急かす泉。
「‥‥えーと」
「これ、お願いね」
二重にしたポリ袋にクリームを入れて輪ゴムで括り即席の水ヨーヨー。
「もっと激しくやって頂戴ね」
オーブンは180度。そろそろかな。卵にバターミルクに小麦粉お砂糖、お塩とベーキングパウダー一つまみ。材料を少しづづなじませな
がらふんわりと。たった今作った無塩バターを塗ったマグカップに移して、先ずは電子レンジ。もこもこしだしたら湯気の上がるケーキを取り出し、ラムにメイプルシュガーを溶いて含ませて、オーブンで10分。
そうこうするうちにピーっと圧力窯が鳴り出した。
「あき君、止めて」
キッチンタイマーをセットして、今のうちにホイップを。切ったケーキを銀紙カップに入れ、イチゴピューレとバニラクリームのお化粧すれば、ちょっとおしゃれな泉スペシャル。
「戸塚さん。鳴ったよ」
「今行くわ」
重りの蓋を外せば、鯨のように潮を吹く。蒸気の止まるのを待ってくるくると頑丈なストッパーを外す。
カッタン。う~んいい匂い。根菜も鶏肉も、菜箸がすーっと通るほどに柔らかい。失敗したのはコンソメにしたんでスープが少し濁った位かな。味はかなり薄いけれど、これは赤ちゃん用だから。
「はーいタマちゃん。あーん」
スプーンで口元に。でも、なぜか食べてくれない。みぃみぃと何かを訴えるかのように鳴いているだけ。
「あ、僕がやってみる」
今度は喜んで食べてる。仔猫は母親以外からの食べ物を受け付けないって言うけど、タマちゃんにとってお母さんはあき君らしい。
「つまんない‥‥」
泉はちょっとすねてみせた。
「あ、卵から孵った時、最初に見たのが僕だったせいかも‥‥」
「そうね。きっとそうよ。ね、タマちゃん」
どうやらタマと言う名前が定着したらしい。
泉の呼びかけに応えるかのように、クリムスタンはみぃと鳴いた。
どうやら名づけ親にはなれたようだ。食事こそ泉の手から食べてはくれないけれど、タマは泉に抱かれることを拒まなかった。タマの鱗は、つるっとしたワニ皮のハンドバックのようで、ほんのりと暖かい。鋭い牙もカッターのように鋭い爪も、まだ弱々しく甘噛みもちくりと泉の手を刺激する程度。
「今度は海老で出汁を取ったおじやにチャレンジするからねー。味見してね。ね、タマちゃん」
お話の腕輪をしていても、まだ話せない赤ん坊。いつお話をしてくれるかな。泉はタマに構けていた。
●ゲートを超えて
登山シューズに迷彩服。ポケットやリュックの中には、サバイバルナイフやエマージェンシーブランケット。シャラフやチューブテントにいたる用品がぎっしりと詰まっている。
ワープロとコピーで造った星座観測の申し込み承諾書が利いたのだろう。風邪を引かないようにカイロを持たせてくれた。保温式の水筒には熱々の甘酒。星座早見盤と学研の科学の教材である望遠鏡はご愛嬌。
「行ってきます」
こう言う時、放任主義の親はありがたい。
「あ、そうだ‥‥」
気休めかも知れないけど、神社の御守り。達彦はポケットに仕舞い込んで家を後にした。
「あき君。それ全部貸出禁止なんだけど‥‥。それにコピーは10部までよ」
「えーと‥‥。その‥‥。お願い」
山のような資料を机の上に積み上げるのは御子神明斗。
「どうしても、夕方までに『司馬天』の資料をまとめたいんだ」
「ど~れ・『お姉さん』に任せなさい。司馬天でいいのね?」
付箋を持って来て、手早く頁をマークする。
「司馬天の絵は、神社の奉納絵馬だけみたいね。絵の具とか剥がれちゃってるけど」
手に火輪を携えた仏画の童子のような絵姿が写真に載っている。その面立ちは憤怒の少年のようで、服は筒袖の上着に短い伊賀袴。足には履。腰に袋を括り付けている。
「コピーはこれだけでいいのね? 今度だけよ」
写真モードで72%縮小。手馴れた感じで出来あがる紙の束は20枚を超えていた。
「ありがとう、お姉さん」
パンチで穴を開けてバインダーに束ねるのももどかしく、明斗はかばんに放り込む。何時も持ち歩いている背負うタイプの黒いかばん。本当はノートパソコン一式を入れるためのものだから、けっこう容量はある。
「えーと。あ、もう4時だ」
いつゲートが開いたとしても後悔しないように、準備を整えなくてはならないんだ。薬に電池に懐中電灯。遠足じゃないけど水筒に食べ物も用意しとかなくちゃ。お小遣いを叩き、ディスカウントストアの缶詰やビスケットを買い込む。向こうでどのくらい掛かるか解らないから着替えやタオルも少し持って行こう。圧縮袋を使って量を減らして‥‥。
家に帰って準備をしてると、それでもかぱんはパンパンに膨れ上がった。
「みぃ‥‥」
ベッドの上から可愛い声。ポンと軽くジャンプして、明斗の背に乗る小さな命。
「タマ? 一緒に行くかい?」
明斗の背に小さな爪でしがみ付き。クリムスタンはみぃと鳴いた。
午後6時。公園の妖怪ブランコの前に、まるで打ち合わせたかのように鋼達彦・御厨蛍がやって来ていた。そして、
「あき君! あんたが行くのは勝手だけど、その子まだ赤ちゃんなのよ。解ってんの?!」
4人目。戸塚泉ご到着。
「しっ、動き出すぞ‥‥」
達彦が小声で促す。ブランコはゆっくりと揺れ始めた。4人の目がチョークの印、香織が姿を消したあたりに注がれる。蛍の放つ光よりも微かに、マンホールの蓋くらいの地面が星を映す水溜りのように明らんでくる。注意していなければ見逃すくらいの明るさだ。
「ゲートが開いた。行くぞ!」
真っ先に飛び込んだのは鋼達彦。続いて御厨蛍。
「あ、待って‥‥」
蛍の身体に触れた御子神明斗も転ぶように後
に続く。
「まちなさいよ!」
明斗の肩のタマを追うように戸塚泉。
「なによこれ?」
泉は叫ぶ。幾つもの光が映画のようなビジョンを映して飛びさって行く。
「すげー。なんか知らないけどすげーや」
達彦は宇宙遊泳のような体重を感じない開放感に興奮を禁じえない。
「え? え?」
「あき君のばかぁ!」
ほとんど身一つで飛び込んだ泉が逆さになりながらスカートを押さえる。
その時だった。
「みぃ!」
クリムスタンのタマが吠えた。緑色のメタリックな輝きが、タマから明斗へ、そして明斗から泉へ、泉から達彦と蛍へ伝播し、4人はセントエルモの火のように身に輝きをまとう。燐光のように幽かな光は、4人を同じ輝きの光のほうへ引き寄せて行く。城、荒地、そして馬に乗った侍達。昨日見た情景の世界へ、加速して引き寄せられて行く。
気が着くと4人と一匹は、真昼の光の唯中をゆっくりと降下していた。山の象、海岸線。見覚えのある地形が見える。ただ、違うのはビルも道路も商店街も何も無い。乾いた大地が底にあった。そして、明斗と泉は学校の裏山そっくりの山の頂きへと降り立った。
「暑いや。まるで夏だよ」
明斗は噴出した汗をぬぐう。冬の夜から夏の昼に、やって来たのだ。
「あれ? 達彦の馬鹿と蛍ちゃんは?」
戸塚泉は二人の姿が見えないのに気が着いた。
●碁盤石
草深い野原。自分の背よりまだ高い稲科の草が茂っている。そこへ蛍は舞い降りた。
近くに、彼女の腰の高さ程の奇妙な石がある。黒くてごつごつした上が平らなその石は、コンクリートのベンチのように草原の中に埋もれていた。見ると五寸釘の太さに碁盤の目のような溝が刻まれて居る。
明る過ぎる。日向の匂いが一面に御厨蛍の身体を包んでいる。世界が今より広かった小さい頃、草の中をお家にしてままごと遊びをした。そんな時の様に高い草の壁。空は悲しいほどに青く、草の茎は濃い緑。遠くに蝉の声が聞える。
「どこなのよ? ここ‥‥」
草のジャングルが邪魔をして良く判らない。
パサ。人の気配。
「誰!」
蛍はカプセルを握り締めて誰何する。
「蛍さん。私ですよ」
「なんだぁ、びっくりさせないでよ」
顔を出したのは鋼達彦。
「ま、あんたでもいないよりはマシね」
蛍はほんの少しだけ安堵した。
「時間は2時くらいと言うところですかね?」
コンパスを見ながら達彦は言う。ストッパーや照準がついた、本格的なサバイバルグッズ。
「うーんと、あそこの樹まで出ましょう。マッパーお願いします」
蛍より5センチもチビの癖に、達彦はさっさと目印を見つけて行動を開始する。そして、
「はい。蛍さん」
万歩計を手渡す。
「歩数を記録しておいてください。北を0として38度7分。私の後に続いてください」
なんか水を得た魚と言うか、野生児の本能発揮と言うか、少しばかり達彦のことを見なおしてもいいかな。そう蛍が思いかけた時、
「PA14度21分18秒、PB57度41分44秒、PC63度58分3秒、PD117度2分51秒、PE145度6分。こんなとこでいいかな? 蛍さん、ちゃんとメモっといて下さいね」
「‥‥なによ‥‥いったい」
「山の頂きを計ってます。今の位置を覚えておかないと、還れなくなるかも知れませんよ」
そうだった。ゲートはここに通じていたんだから、こっちからも通じてるのかも知れない。
「高くて結構目立つ樹ですから、帰りにもあれを目印にしましょう。ところで蛍さんはオリエンテーリングやった事がありますか?」
得意そうに達彦は笑う。蛍はちょっとカチンと来るものがあったが、
「ない‥‥」
素直にそう答えた。
「帰る時は、磁石のN極を南に合わせて、来た時の角度で帰るんです。簡単なんで覚えとくと良いですよ」
冬の夕暮れの公園では、ちょっと危ない人に見えた鋼達彦の迷彩服も、今はちょっとだけ頼もしい。歩きながら、時折達彦から告げられる数字と、万歩計の数字を手帳に鉛筆に記して行く。その要所要所で草を踏み固め、草を縛り色チョークで印を着ける。
そんな行程を5回ばかり繰り返し、御厨蛍と鋼達彦は丘に生える一本の樹の根元までやって来た。
「これで良し。と」
ナイフで根元の樹皮に印を着ける。そして、紙の上に分度器と定規を使ってやって来た場所の地図を描き、写しを折畳んで洞の中に隠した。
「万が一の時はこれで元の場所へ戻れるよ」
草の原を抜けた二人は、河の方に歩いて行った。そちらに集落が見えたためである。家はまばらで、一軒一軒が100メートルは離れているだろうか? 蛍達はそのうちの一番大きな屋敷の近くに来ていた。
「蛍さん、そこにいて」
荷物を預けた達彦が、カードを手に先行する。姿勢を低くしてさっと物影から物影へ。
(おや? なんだあれは?)
時代劇でも先ず見ないぼろを纏った人達が、畑の草を抜いていた。
(これってやっぱり本物ですか?)
見たところちょんまげの頭は日焼けして黒い。畑は一面の白い花が咲いている。ただ、なんだかしおれかかって元気が無い。辺りは彼ら以外の人影が認められなかった。
「どう?」
「‥‥」
蛍の問いに達彦はかぶりを振る。
「香織さんは見えません。それにしても、ここは本当に昔の世界みたいですね。何時の時代か解りませんが」
幸い、今は気付かれなかったようだけれども、だとすると二人の服装は露骨に怪しい。
「一先ずどこかへ。一目につかない場所をベースにしましょう」
「出来たら、あのお城とか調べてみたいけど、入り込むのは」
「無理です。直ぐに気付かれますよ。魔法を使えば暴れることはできますが、後がことですよ」
「解ってる。でも、香織はこの世界にたった一人で来ちゃってるのよ。きっと私達を待ってる」
達彦も頷いた。
「こんな世界でも、多分お寺とかはある筈です。お寺なら怪しい人でも話は聞いてくれますよ」
リュックに再び手を通しながら、達彦は立ちあがった。
●少年忍者
眼下の大地は全くの荒れ野。遠くに見える河の傍に、僅かに畑らしきものが見えるくらいだ。
視界一面草の原。しかし、右手に連なる山並みは、つい昨日見たばかりのそれと同じ。天文台が在るはずの高見山には、黒い壁のお城が見える。向こうに見える川筋は、七曲にうねり、いくつかの三日月湖を従えていた。
こんな眼下の大地を眺めながら、御子神明斗と戸塚泉は他の二人を持っていた。けれども、小一時間過ぎても誰も来ない。
「みぃ!」
「どうしたの? タマちゃん」
泉がクリムスタンのあごの下を撫でながら、視線の先を追って見ると、
「たいへん! あき君来て」
ぼろぼろの紙衣を着た子供が底に倒れている。そう、身体はがっちりしているものの、まだ子供。髪は虱でもいそうなくらい汚くて、そして、
「血が出てるよ。どうしよう」
どきっとしながら調べて見る。背中に刺さった2本の‥‥手裏剣?!
「傷の手当て‥‥あ、そうだ」
泉はポシエットに手を突っ込み。
「出て来い! アシスタント」
虹色の光と共に現れるメイドさん。
「お呼びですか?」
「お願い。この子の手当てをして」
「刺さってる手裏剣が蓋の役目をして下手に抜くと危険です」
「なんとかなんないの?」
「薬もありません」
「これで駄目かな? 多分これでなんてかなると思うけど」
明斗はポシェットからキャンディーを取り出した。全部で6つある。
「回復のキャンディーですね? 3つくらいあればなんとか」
「私、お水を汲んでくる」
駆け出そうとする泉を留め、
「いや、僕が行く。これ、忍者が使う武器だよね。まだ近くにいるかも知れないよ」
「みぃ‥‥」
心配げにタマも鳴く。
「大丈夫。僕だって男だよ」
明斗は虚勢見え見えに囁いて、タマを泉に預けた。
●
ブナと楓の樹を抜けて、水を探しに御子神明斗が降って行くと、麓近くで岩の裂け目から、清水が湧いている場所に出た。水は岩の窪みの砂の中から湧いて出て、小さな小さな流れを作り、林の間に消えて行く。落ち葉の間に消えて行く。流れは、公園の水のみ場で5ミリほど水が噴出すようにしたくらいの勢いだ。
手を浸すと清冽な水は冷たく湧いている。すくって口に含めば、うん。美味しい。水筒のコップに汲んで持って行く。
早く届けなきゃ。と、明斗が坂を戻ろうとした時。
「わっぱ。何処から来た」
柿色の衣を着た覆面の男が左後方の視界に現れた。手には棒手裏剣。忍者だ。
その頃、山頂で泉とアシスタントは少年の手当てを済ませていた。3つも使ってしまったのは計算外だが、回復のキャンディーの効果はてきめんで、早くも傷跡はピンクの薄皮が張っている。養生すれば回復は間違い無い。
「ご主人様。もう命に別状はありません。ですが、無理をすれば直ぐに傷は開きます」
「そう言えば、あき君遅いわね」
「みぃ」
タマも少し心配そう。
「う‥‥」
少年のまぶたがぴくりと動く。どうやら意識を取り戻したようだ。
少年は、泉とアシスタントの姿を見て、咄嗟に動こうとする。
「無理しちゃだめ! やっと傷がくっついたばっかなんだかもん」
泉は慌てて制止する。
「お前は誰だ?」
露骨な警戒心。声はまだ幼い。
「あたし泉。戸塚泉よ。あのねぇ。人に名前を尋ねる時は、先ず自分が名乗るものよ」
(戸塚? まさかそんなはずは‥‥)
「ねぇ。名前は?」
「あ、すまん。わしの名はサンコ」
少年は、まだ声変わりしていない甲高い声で、泉にそう告げた。
「サンコ? くすっ。おかしいわ。なんか女の子みたいな名前ね。あ、これ上げる」
泉は胡桃のクッキーを差し出した。サンコはそれを押しいただくように受け取ると一口だけかじって
「うめー! これは南蛮菓子か?」
お手製に感激されて、泉の機嫌の悪かろう筈は無い。南蛮菓子の意味もわからなかったが、鼻高々に
「あたしが焼いたの」
と宣言する。サンコはすっかり感心して
「胡桃が入ってるが、この甘さは?」
「お砂糖だけど」
途端にサンコは平伏した。
「え? え? サンコ。なんで‥‥」
「戸塚の殿の姫とお見受け申し上げる。わしは、藤左の配下にて、輿入れの蔭供をおおせつかったサンコめに候」
(なんか変な事になっちゃったなあ)
泉は唯戸惑うばかり。
それから小一時間程して、明斗が戻ってきた。
「あき君。なにして‥‥」
「おかしら!」
但し一人ではない。柿色の衣をまとった男と一緒にだ。
「泉さん。ちょっと話が‥‥。悪いけど、二人だけにしてくれませんか?」
サンコと彼がおかしらと呼んだ男から30mくらい離れた樹の下で、明斗はかいつまんで説明する。
今はだいたい戦国の終りくらいらしい。この地の田神氏って豪族と縁組をした戸塚氏って地方豪族が居て、彼らはその輿入れの警護らしい。
「えー。輿入れって結婚の事なの? あたしまだ4年生よ。第一あたしみたいなチビ。子供だって見ただけで解るでしょ?」
「この時代は政略結婚って行って、子供でも結婚したんだ」
真顔で言う明斗はちょっと怖い。
「それで?」
「田神氏の中に内紛があって、戸塚氏では無く、別の所と縁を結びたがっている連中がいるんだ。彼らは戸塚の姫を亡き者にして‥‥」
「で、忍者が出て来って訳?」
泉はちらりとサンコとおかしらの方を見る。
「そう。こんなことは郷土の本にも乗ってなかったけどね」
明斗は郷土資料のコピーをめくりながら言った。
●人相書き
生い茂った草原を迂回して、達彦と蛍が荒れたお寺に辿りついたのは日も暮れかかった頃。
生垣は伸び放題、半分崩れ掛け、いや、萱葺きの屋根から生きた草が生えている始末だ。
「今夜はここで泊まりましょう。先ずは情報を集めませんと」
達彦はどしどしと入って行き、
「ここが良いですね」
高さが3mは在ろうかと言う、本尊の木彫りの如来の後ろに荷物を運んだ。
「なんでわざわざそんなところへ?」
「見て下さい。この回りの床だけが、染みがありません。ここだけ雨漏りしてない証拠ですよ。それに‥‥」
さっさとシートを敷いてお泊まりの準備。
「それに?」
「誰か来た時、外からは見えません」
夜は直ぐにやって来た。二人は林間学校でも見たことの無い、本当の夜の本当の闇の中でシュラフを被って横になる。達彦の提案で、ファスナーを外して布団形態にして使っている。
念のために闇でも物が見えるケットシーを不寝番にして、二人がうとうととし始めた頃。
ガタ。殆ど意味を為していない戸が開く。二人は起きあがり息を殺してそーっと様子を伺う。
ケットシーはさっと音も無く天井の鴨居の陰に飛び乗った。
手に燃える草の束を持った何人かが本堂に入って来る。炎は眩しく彼らの顔を映し出す。お世辞にも良い人には見えない。どう見ても山賊の類だろう。男達は本尊の傍らに蝋燭を据え、大将らしき人物が本尊を背に鎮座する。
「まもなく戸塚の姫が輿入れする。今度の仕事は、そいつをすり替えちまうことだ。見ろ、こいつがその姫だ」
ばさっと懐から藁紙を取りだして明かりにかざす。似顔絵を見て蛍は思わず声を出しそうになった。なぜなら、それはあまりにも香織に似ていたから。
「幸い、イサの野郎が姫そっくりなガキを捕まえてある。なぁに、仮にも御領主様の奥方だ。身寄りのなさそうなガキだから、因果を含めれば俺達の思いのままになるって寸法だ」
揺れる一筋の蝋燭の炎。幻獣のカプセルと魔法のカードを握り締め、二人の子供は息を殺して耳を潜んでいた。