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サランの戦士~Little Hero Paradise~  作者: 緒方 敬
第1話 妖怪ブランコ
3/26

03異世界の門

●副読本

 パサっ。ベッドに仰向けにダイビング。勢い余って、パジャマのお腹がめくれちゃったけど、ふんわりとしたお布団に身体を預け、御厨蛍はじっと天井を見る。木目を睨みあれこれ考えてみる。

「‥‥私なにやってんだろ」

 あまりにも慌しい出来事だったので、なんとなくあの場は解散になったんだけど。事件は全然解決していない。そうよもっと下調べして行けば良かった。

 気になることはとてもたくさん。なぜドラゴンの卵なんて公園にあったのか、ブランコが揺れるのはなぜか、あの悪趣味な魔王の手下は何をしようとしたのか、その魔王の手下を止めた女の子は誰なのか。全然事件は解決してないじゃないのよ。

 あの公園は、良く覚えていないけどちっちゃい頃からずっとあそこにあった記憶がある。

「あ、3年の時の社会の本」

 郷土の昔の話も少し載っていたっけ。朝が来るのを待てなくて、仕舞い込んだ押入れの段ボールをひっくり返す。

 小一時間ほど掛かったろうか? 埃の積った段ボールの中から、ちびた鉛筆やテストの答案なんかと一緒に、社会科の副読本が現れた。町の主な公共施設なんかの話と一緒に、瑞穂町の昔の事が載っていた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 江戸時代は半農半漁の小さな村だった瑞穂町は、

 明治21年に開通した立花用水により発展。水利が悪くて荒地だった一帯に水田が拓かれ、

 水運の発達により養蚕業が発展した。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「あれ?」

 巻末付録の土地利用変化の地図を眺めていた時、蛍は不思議な事に気がついた。丁度あの公園の辺り。大抵、明治の初めには荒地で用水開通の後に水田になっているのだが、ここだけは昭和18年まで荒地のまんま。取り残されたようにぽっんと地図に残っていた。

 そして、高度成長時代に住宅地や商店街。工場などが立ち並んで行く中。あの一帯だけは開発が遅れている。ようやく宅地開発されたのは昭和の終りから平成にかけて。

「何があったんだろう。そうだ、おばあちゃんなら」


「‥‥どうして教えてくれなかったの?」

 蛍はちょっと拗ねてみる。

「蛍が聞いてくれなかったからだよ」

 おばあちゃんが子供の頃。あの辺りに小さな祠があったそうだ。なんでも司馬天様とか言う

神様を祭った祠で、飢饉の年に現れて、野武士どもから神通力を使って村を救った神様だって。

あそこには、司馬天様が現れたと言う有り難い井戸があったらしい。

 これ以上、おばあちゃんも知らなかったけど。図書館へ行けば何か見つかるかもしれない。


●仲間

 早く片付けちゃわなきゃ。お昼休みが終わっちゃう。今日の返却は鋼達彦と戸塚泉。台車に乗せて押して行く。

「達彦。あんたたち、なんか隠してない?」

 水飲み場を通る時、か弱い女の子の特権とばかりに台車に腰掛けながら、泉がぼそりと切り出した。

「え? 何も隠してないですよ。泉さん‥‥」

 言い掛けて、くいと突き付けられる左腕。ブラウスの袖からチラリと見えたのはお話のブレスレッド。

「なんだ、あなたもお仲間ですか」

「みんな、最近なんか隠してるわ。あたしに内緒なんて、すっごく許せない。達彦、特にあんた、色々白状しなさいよ」


 そして放課後。

「ふーん。ドラゴンの卵ねぇ。でも変なもの探すのは反対だわ。うちのお兄ちゃんが言ってたもの。世界を一人で助けるヒーローなんて、めったにいないって。だからさ、仲間探しからしたほうがいいよ。あ、新作のバナナブレッド、食べる?」

 本当は香織も誘う予定だったが、泉がそれを許さなかった。

「あたしたち、香織とは違うのよ。力を持ってない普通の子を危険な目に遭わすわけ? 香織が死んじゃったらどうすんのよ」

 にべも無い。

「とりあえず情報交換よね」

 泉もいろいろと妖怪ブランコの話を調べていた。クラスの皆からも情報を仕入れて見たが、8年前といえば皆赤ちゃんだ。小さい頃遊びに行った子は居ても、最近は危ない話があるから行ってないと言う。

「社宅マンションになる前はキャベツ畑。その前は水田。だいたいこんなところね。うちのお兄ちゃんなんか、モンシロチョウを捕まえに、良く行ったそうよ。無農薬野菜が売りだったんで、青虫がたくさんいたんだって」

「これ以上は、やっぱり図書館かなぁ」

 泉は何か思いついたように、まあるい瞳をぱちくのさせて。

「あ、達彦は図書館行って。あたし、ちょっと調べてくる」


●クリムスタン

 小さなお菓子の箱の中。仔犬よりもまだちっちゃい、緑色の生き物がいる。ワニのようでワニじゃない。トカゲのようでトカゲじゃない。額に生える一本角は、象牙を磨いたように白い雪山のよう。背中には一組のコウモリの翼。そして、鳴き声は産まれたばかりの仔猫そっくり。

 食パンを裂いてミルクに浸し、そっと口元に持って行くと。

「吸ってる。吸ってるよ」

 御子神明斗は赤ちゃんを抱くお母さんのような目で、奇妙な生き物を見つめた。

「ねえ。君はだあれ?」

 答える筈が無いと思いつつも問い掛ける。明斗の知ってる幻獣は、生きた粘土で作った器を借りて、異世界から召喚したものばかり。生の幻獣を見るのは初めてだ。

「ドラゴン‥‥僕の幻獣じゃないし、カプセルには‥‥なれないよね?」

「みぃ」

 声を聞くと本当に猫の赤ちゃんのようだ。念のためにお話のブレスレッドを左手にはめて、もう一度聞いてみる。

「ねぇ。君はだあれ?」

 今度は、きょとんとした目で明斗を見つめる。

「あきぃ あき君!」

「あ、はーい」

 慌てて箱をベットの下に隠し、明斗は呼ばれる声の方へ。


「ねぇあき君最近みんな、なんか隠してない?」

「戸塚さん‥‥」

 戸塚泉。同じ子供会のメンバーだ。4年生にしてはかなりチビで、綺麗と言うのは似合わないけど、可愛いとおもってる男子は少なくない。何より、彼女の手作りクッキーが美味しいんだ。

「あき君。可愛いお友達ね。彼女? いま、おやつ持ってくるわね」

 う。照れ半分に戸惑い半分。冷やかしの言葉を掛けておばさんは、明斗と泉を子供部屋に残し行ってしまった。

「ねぇ。あたしになんか隠してない?」

 返す言葉も見つからず、二人の間を天使が通る。その時。

「みぃ‥‥」

 ベッドの下から可愛い声。

「あき君‥‥。あ、何拾ってきたの」

 声を潜めて泉は問う。問い掛けながらも素早く鳴き声のほうへ。

「な、これ‥‥。ひょっとして‥‥。やだ、あき君もそうだったの?」

 ちらりとみせる左手のブレスレッド。テイマーだけが使いこなせるお話のブレスレッドだ。彼女も僕の仲間なのか。そう思うとなんだか少し嬉しくなった。

「あき君」

 グラスに響く氷の音。

 すたっと、慌てて二人は元の位置に戻る。気まずそうな二人の雰囲気を誤解してか、

「明斗をよろしくね。ちょっと内気な子だけど、友達になってあげて。今からお買い物だけど、1時間ほどお留守番頼めるかな」

 訳知り顔で席を外す。

「そんなんじゃ無いってば」

 明斗は顔を真っ赤にして叫んだ。


 淡い桃色のイチゴソーダを啜りながら、泉はちょっと怒って見せる。

「あたしに内緒なんて、すっごく許せない」

 明斗も泉も、同じように光と出会って今の力を貰った。今は二人の意識の中に眠っているけど、シリカと言う世界からやって来た子達が彼らの中に生きている。そんな気はあまりないけれど、元々二人は魂の兄弟なのだ。

「危ないなあ。怪我したらどうするのよ。それにドラゴンなんて、かまれたら大変よ」

 ミルクを浸した食パンを手に、

「当分これでいいけれどね。大きくなったら餌はどうするの?」

 泉とて、実体を持つドラゴンが何を食べるかは知らない。

「あ、そうだ。出て来い! アシスタント」

 泉はカプセルを使った。現れたのはメイド服を来た女の子。背格好は泉よりもちょっと大きいくらい。

「お呼びですかぁ。ご主人様」

「ねぇ。ドラゴンって何を食べるの?」

「え? ドラゴンですか」

 段ボールをの中を見せると、

「これはドラゴンの一種でクリムスタンですね。しばらくはミルクでいいと思います。大きくなったら、肉でもお魚でもお野菜でも、なんでも食べますよ」

「にんじんも?」

「はい。にんじんもピーマンも大好物です」

 ちょっとだけ、泉は嬉しそうな顔をした。

「ねぇアシストさん」

「はい?」

 明斗は身を乗り出して訊ねてみた。

「この子はカプセルにならないの?」

「それは無理だと思います。別の世界から召喚された私達と違って、この子はこの世界で産まれたのですから。ゲートを開いて返してあげない限り、何をしても不可能です」

「ゲートって」

「明斗様は思い出されていないのですか? この世界とシリカや魔王の世界を結ぶ門です。大地と水と光のエネルギーの流れが、一点に集まる場所です。この世界では大抵、神社とかお城とかが立てられてますよ。もしかしたら、この子はゲートの守護者なのかも知れません」

「あき君。まだ思い出してないの?」

 得意げに泉は言う。

「そんな場所は今、学校になっていることが多いの。だからあたしたちが選ばれたんじゃない」

 そうだったのか。と感心する明斗。

「ご主人様。自慢するのは悪い癖ですよ」

「あ、いけない。ねぇアシスト。ドッグフードでもいいの? いいなら、うちの太郎の持ってきてあげるけど」

「大丈夫だと思います。ご主人様、他にご用は」

「‥‥ついでだから、あき君の部屋を片付けて。ベットの下なんて、ちょっと埃っぽかったから。この子に悪いでしょ」

「お任せ下さい」


「あき君。これ‥‥お友達がやったの?」

 帰宅した義母は、信じられないくらいに綺麗に片付けられた部屋を見て驚いた。

「う、うん」

 明斗は言葉を濁した。


●瑞穂むかしあったとさ

 5時間目のチャイムが終わるのももどかしく御厨蛍は、久保田香織の手を掴み教室を駆け出した。

「ねぇ香織。なんかさぁ、ほら、くしゃみが出そうで出ないような、そんな中途半端な気がしてさ。だから、もうとことん調べちゃおうと思って。ね、香織も一緒に行こうよ。私、香織が必要なんだ」

 強引だけれど、自然に飛び出す殺し文句。

「うん」

 らしくない明朗な答えが返って来る。二人はボールのように弾んで校門をダッシュした。


 蛍と香織はあちこち回って聞いて見る。司馬天に関わるお話を。資料館や神社。いろいろな場所で聞いて見る。裏山の神社へ行った時。普段は居ない神職さんが、初詣の準備でやって来ていた。

「すみません。司馬天様ってどんな神様なんですか」

 手帳を広げて訊ねる香織。

「社会科の勉強かい?」

「情報の時間のインタビューです」

 準備の手を止めて、神職さんは話してくれた。

「ここの祭神の一つで、村を救った神様だよ。天正時代と言うから、戦国時代の終り頃だ。飢饉の年に、村に野武士の群れが襲ってきてな」

 かれこれ30分くらいのお話を、二人はテープを回し、メモを取りながら聞いていた。そして、ついでだからとお賽銭を入れてお参りをする。神社を後にする二人に、

「家内安全のお守りだから、持って行きなさい」

 神職さんからのお土産は、神社のお札。さっきのお話では、カブと大根の種と、司馬天様が村人に伝えたと言う教えを、昔の仮名遣いで記した板が入っているそうだ。


 大きな建物。図書館は保健所や消防署。そして瑞穂町民センターの並びにある。南の表通りから見れば、校庭のように広い前庭には、樫の樹・栗の樹・胡桃の樹。桑や公孫樹の樹など、名札を付けた樹が並ぶ。その向こうに駐車スペースと自転車置き場。壁の前には学校の机の横幅に、レンガ作りの花壇が並ぶ。ちょうど蛍の胸の高さに。

 ガラスの自動ドアを潜り、掲示板の横を回り、階段を上って2階に上がると、そこが図書館の入口。一階は会議室とかなのだ。

「達彦。なんであんたが来てるのよ」

 蛍は似合わない人物を見止める。

「悪いですか? ただの遊びです。遊ぶのに、深い理由なんて必要ないですからね」

 ちょっと反りが合わない二人。香織と言えば二人にはさまれ、ただおろおろとするばかり。

「あなた達。ここは図書館ですよ」

 場を納めたのは司書のお姉さん。蛍と達彦は渋々ながらも握手をさせられた。


 幸い、副読本で紹介されていた『瑞穂むかしあったとさ』と言う本は持出し禁止の赤ラベル本だった。ご真影(天皇陛下の写真)を受け取りに行った校長先生が、吹雪にあって遭難した話。人喰い熊が出た話。狐が人に化ける話。たくさんのバッタが襲ってきて、村が禿坊主になった話。大きな水害の話や、アメリカと交換したお人形大使の話。町のいろんな昔話が記されていた。

 その中で、蛍は昭和50年に記録されたお婆さんの話を見つける。あの『司馬天様』の話だ。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 それでな。今もあちこちの山に無花果の樹が多いのは、司馬天様が飢饉を救うために植えな

さったそうな。春の終りから夏の初めに掛けて、食べ物が一番乏しくなる時期に、無花果は実を

付けて、たくさんの人がそれで死なずに済んだ。と言うお話だよ。畑の隅に蕪と大根を同じくら

いに蒔いて飢饉に備えなさい。そうすれば、雨の年でも旱の年でもどちらかが良くおがって、

食べ物に不自由する事は無い。そう教えて下さったそうだよ。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「場所は‥‥あ!」

 思わず上げる声に、注目するいくつもの目。

「あ‥‥ごめんなさい」

 ここは図書館でした。

「なにか見つかりましたか?」

 つらーっとした顔で覗き込む達彦の顔。

「見て、これ。あの公園の辺りだわ」

 司馬天様の井戸は、キャベツ畑の縁。道路の位置から考えて現在の公園敷地内にあった。


●異界の門

 『危険! 立入り禁止』の立て札を潜り。南かるまはロープを潜った。先日、老朽化したトイレが崩れたため、急遽張られたロープである。

 夜になると灯り一つ無い公園は、ちょっと不気味。特に、崩れたトイレ跡の瓦礫の山が月の光に恐ろしげな影を映している。

「見えるぞ!」

 南かるまはカードを使った。昼間のように、とは行かないが、はっきりと辺りが見渡せる。そろそろ妖怪ブランコが動き出す時間だ。

 キィ、キィゆっくりと軋みを上げながら、今夜もブランコは動き出す。支柱に振れると微かに振動が感じられる。

「うん」

 かるまは一枚のカードを取り出して、

「壊れ‥‥」

 使おうとした瞬間に四つの瞳に止められた。

「何してんのよ。壊すつもり? これだから男子は単純なんだから」

 見れば4年の女の子だ。その一人、御厨蛍はつかつかと近付き、

「香織は私と違って普通の子なんだから、魔法を見せちゃ拙いわよ」

 と、耳打ちする。

「君も魔法使い?」

「そうよ。でも、世の中には違う子のほうが多いんだから気をつけてよね」

 久保田香織は不安げに、遠くから二人のやり取りを見ている。ブランコは、ますます大きく揺れ始め、そして、

「御厨さん。帰っていい?」

 二人が省みると、泣きそうな声の香織がくまのぬいぐるみを壊れそうなくらいに抱きしめて、か細い声で奮えていた。

「香織ちゃん!」

 次の瞬間だった。丁度香織の足下から、青い光が輝いて、香織を包んだかと思うと、まるで児童会館の影絵で見た、パンを踏んだ娘インゲルのように、落ちるように地面に吸い込まれて仕舞った。

 あっと言う間の出来事だった。蛍とかるまが近寄った時には、香織の姿は消えていた。地面に、次第にかすれて行く青い光の痕跡を残して。その光の残像に、昔のお城みたいなものが見える。馬に乗ったサムライ達の姿も。

「出て来い! ケットシー」

 蛍はとっさに幻獣を呼び出した。

「青い光、調べて!」

「変な光だにゃ~」

 触手をくねらせて、レットシーは調べる。暗い部屋でいきなりテレビを消した時のように、うっすらと地面に残る青い光。消えようとする輝きに、返る答えは一言。

「ゲートがここにあるにょ。もうほとんど閉じちゃってるにゃ。でも、また開くと思うにゃ」

 どうしよう? 蛍とかるまは顔を見合わせた。

 気がつくと、公園のブランコはピタリと止まって居た。


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