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サランの戦士~Little Hero Paradise~  作者: 緒方 敬
第1話 妖怪ブランコ
2/26

02妖怪ブランコ

●朝の公園

 霜の朝。御厨蛍はちょっと寄り道。転校生の久保田香織の手を引いて、やってきたのは住宅地の外れ。

 そこに競売の買い手が着かず、誰も住んでいない社宅マンションがある。付属した小さな公園は、道の奥の手入れをする者の無い生垣に囲まれてひっそりとそこにあった。

 野良猫の糞が目立つ砂場。ペンキの剥げたジャングルジムに滑り台。枯草に埋もれタイヤの跳び箱。蛇口の壊れた水のみ場にドアの取れた公衆トイレ。端には、大人の背丈くらいの高さの盛り土の小山。そんなものと混じって、問題のブランコはそこにあった。

 黒錆に守られた鎖に、薄い黄緑のペンキの残る雑木の板。三つのブランコは黙って二人を迎える。

「なんだか怖いよ」

 久保田香織は御厨蛍の背に隠れるようにしがみつく。実際、荒れ果てた公園の雰囲気は、明るくなければちょっとしたお化け屋敷。

「大丈夫。まだ昼間だからね」

 妖怪ブランコが動き出すのは夕方。いや、街に家路のメロディーが鳴り、家では晩御飯が子供達を迎える時刻。冬の太陽はとうに沈み、星が空に浮かぶ頃。

「あー。壊れてる。なによ? へんな落書きね」

 下見にあたりをうろついてみる。トイレの影にはタバコの吸殻やらコーラの空き缶なんかでゴミ捨て場のようになっていた。しかも公園を照らす街灯は、みんな割れたままに放置されていた。

「マンションは誰もいないし、これじゃブランコが動き出す時間は真っ暗ね。灯りの準備が必要だわ。しっかり準備しなくっちゃ」

 下見を終えた蛍はやる気充分。登校の集合場所でみんなを口説く。

「妖怪ブランコって、何かすごそうじゃん。きっとさ、ちっちゃな妖精とかいて動かしてるんだよ。お父さんの本に書いてあったもん」

「ばーか。お前幼稚だな。まだサンタクロース信じてるくちだろ」

 むっと蛍は言い返す。

「赤ねこ2問コースのあなたにゃ言われたくないわよ。いくら先生が『写すのもお勉強です』って言ったって、早いとこ私の写さなくても出切るように成ってね。‥‥なによ、やる気?」

 ちょっと険悪ムードになるが、

「ふたりとも、遅刻しますよ‥‥」

 花園くるみの一言で、登校グループは慌てて駆け足。

「ねーねー、くるみも香織も一緒に行こうよ。ばかな男の子なんかほっといて」

「妖精さんかぁ。うん」


●お友達

 街角に讃美歌が響く季節。クリスマスやお正月が待ち遠しくて、一日に何度も眠ったちっちゃな頃。ベッドの傍には大きなクマのぬいぐるみがあった。

 赤ちゃんの頃の噛み跡。もう取れない汚れ。でも、私のたった一人のお友達。パパにもママにも言えないことをお話したの。悲しい時にはいつも死ぬほど抱きしめて。この子が勇気を分けてくれた。そう、今でも。

「香織。お友達が来てるわよ」

 そうだ。今日、妖怪ブランコの探検に行くんだった。

 香織は、いつものようにクマのぬいぐるみを抱いて部屋を出る。


「御厨さん‥‥」

 玄関には、サンタクロースのような大きなザックを背負った御厨蛍。

「香織ちゃん。迎えに来たよ」

「え‥‥と、あ、のう」

 面食らう香織。蛍は得意げに中身を開いて

「何があっても大丈夫なように、いろいろ持ってきたんだ。えとね。懐中電灯でしょ。デジカメでしょ。で、これがラジオ付きのポケットテープレコーダー。あと、変なおじさんが出てきたら困るから、痴漢避けのブザーに‥‥」

 使い捨てカイロやブランケット。ホイッスルにポケットナイフに予備の電池。それから取りたてて目立つのは、これからお誕生会でも出切るくらいのたくさんのお菓子。遠足に持って行く分の3倍は入ってる。

 なんだかこのまま外でお泊まり出来そうなくらい、いろんなものが入っていた。

「星の観測なんで少し遅くなるけど?」

 香織は母親に同意を求める。

「行きたいんでしょ。いってらっしゃい」

 久し振りに見せる香織の積極的なお願いに、母親は娘の背をポンと押した。


●おばさん

 妖怪ブランコ。噂は流れているが、大人は誰も信じちゃくれない。それどころか、インターネットで個人が世界と結びつく時代で、霊園の隣にカラオケBOXが立つご時世である。噂をする小学生だって、本気で信じているのが何人居ることか。

「いらっしゃいあき君。もう読んじゃったの?」

「あ‥‥」

 考え事をしていて、つい上の空だった。

 御子神明斗にとって一年生の頃から通い詰めている図書館だから、司書のおばさんはお隣さんも同然。

「あの、おばさん」

「なあに?」

 なぜかちょっと不機嫌な顔をする。

「この町であった事件とか調べるのに、なんかいい本知らない?」

「事件? 何時頃の事を調べたいの。あ、宿題ね。だったらずるいけどパソコン席でデータベースを使いなさい。使い方は判るかな。だいたいはインターネットの検索と同じなんだけど。図書カード出して」

 ピッ。ペンスキャナーがバーコードを読む。

「使えるのは30分よ。プリントは一枚10円掛かるけど」

「うん。手帳にメモるし、必要ならおこずかい出たばかりだから」

 ちょっと贅沢なイスに腰掛け、検索キーに「公園」と入れる。たちまち表示される大小合わせて500余りのリスト。早速、お目当ての公園の住所や経歴をチェック。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 1990年、前川氏所有の水田を天崎興行が社宅用地として買収。

93年、社宅の付属公園として完成。

、2001年、天崎興行倒産。管財人管理となる。

 2002年10月現在、競売するも売却不能。公園は閉鎖中。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 それから、改めて事故・事件、そう言ったキーワードを片っ端から打ち込んで探してみる。蔵書の中から検索すると、この町で初めて出来た公園の物語や、昔戦争があった頃の防空壕の話。りんご公園のりんごの樹の由来。いちじくの老木と三豊神社の言い伝え。そう言ったものばかりが出て来る。

「うーん。面白そうだけどなんか違うね」

 ざっと概要に目を通したけれども、蔵書にあるものは10年以上前の話で最近のものは無かった。

「あの公園は、8年前に出来たものだからちょっと違うかも。以前は田んぼだったし」

 カチャカチャ。町の広報や新聞から検索。

「え! なんか凄いや」

 つい最近。あのあたりはチーマーの溜まり場になっていて、痴漢や恐喝事件が起こっているらしい。それで、私有地だけれども警官の定期パトロールや、新年度予算で街灯を整備することが決まっていると『お報せ』に出ていた。


「うちの近所だけど、そこ行くの、ちょっと一人じゃ危ないかな」

「おばさん」

 夢中に成っているうちに時間がきてしまったようだ。

「近所なの? じゃあ、この公園に妖怪が住んでるって話を聞いた事があるんだけど、おばさんは知ってるの」

 明斗はざっと説明する。

「へぇー。今そんな話があるの。おばさんの頃は、口裂け女とか人面犬とかいろいろあったけど。妖怪ブランコねぇ」

「知ってるの」

「‥‥うーん初めて聞いたわ。でも、6時はもう真っ暗よ。もう直ぐ冬休みでしょ」

「うん」

「街灯も壊れてるし、最近ちょっとおかしな人達がいるみたいだから、気をつけないと危ないわよ」

 そういいながら、さっと鉛筆で地図を書き、

「おねぇさんの家はここにあるから、変な人にからまれたら逃げていらっしゃい。おねえさんはまだ仕事だけど、誰かいるから。それからこれ、防犯ブザー。どうしても行くんなら持ってきなさい。いいわね、危ない時は『助けてぇ!』じゃなくって、『火事だぁ!』よ。住宅地が近いから、そっちのほうが人が来てくれるわよ」

「ありがとう。おばさん」

 明斗は瞳を輝かせてお礼を言った。


●夜の公園

 あっと言う間に夕日が落ちて、雲のない空にはくっきりとオリオン。垣を一つ隔てただけで、星がビックリするほど綺麗に見える。木枯らしも街の明かりもここには届かず、ただ美しい星の光に透けて、遊具が見えるだけ。件のブランコは10メートルばかり先にあった。

「結局、私達だけかぁ‥‥」

 御厨蛍が呟いた。

「ね、帰ろうよ」

 香織はぎゅっと蛍にしがみつく。結局、来たのはこの二人だけ。くるみちゃんはコミケの準備がとか言って家から出てこなかった。

「誰? 出てきなさい!」

 星影に浮かぶ小さな姿。

「その声は蛍さん?」

 見知ったクラスメイトの声。

「明斗ぉ? なんだ脅かさないでよ」

 現れた御子神明斗に、何でいるのよ。とばかりに怒気が混じる。

 その時、香織が小さな声をあげた。その目は真っ直ぐにブランコに注がれている。

「う、動いてる」

 風は無い。だが、やっと見分けのつく暗がりの中に、ブランコの鎖が揺れている。

 蛍はとっさに懐中電灯を点けた。赤味を帯びた光の輪の中でブランコが揺れている。

 鎖につるされた3つ全てが、めいめい勝手な方向に向かって蠢き、しかも少しづつ振幅を増して行く。そして、遂に一つがキーキーと軋みを立てて揺れ始めた。

 これはもう、見えない誰かが乗って漕いでいるに違いない。

「だぁれ?」

 御厨蛍は一歩前へ。今度は何も答えが無い。

「あなた、ブランコの妖怪なの?」

 そして、お菓子を取り出して手に持ちながらゆっくり近づく。

「止めようよ」

 しがみついているので引きずられる香織に、

「あのね、妖精ってキャンディとか好きなんだって。だから、これで大丈夫♪」

 蛍はにっこりと笑みを浮かべてさらに一歩。明斗も倣って話し掛ける。

「誰か居るの?僕で良かったら、話し相手になってもらえないかな?」

 二人の呼びかけに答えは無い。

 ブランコは相変わらず揺れている。


「へぇ。こりゃ驚きましたね」

 のんきな声で静寂を破ったのは、これまたクラスメイトの鋼達彦。かなり大きな声だったけれど、それでもブランコは揺れている。随分と神経の太い妖精さんのようだ。

 達彦はいきなりブランコに迫ると、振り子のように激しく動いている一つの鎖をむんずと掴んだ。ブランコはいやいやするかのように身をよじり、まもなく止まった。あとのブランコは、達彦の乱暴にも関わらず激しく動いている。しかし、達彦が手を離すと止まったブランコが再び動き始めた。

 あっけに取られている蛍と明斗を後目に、達彦は順番にブランコの鎖を握る。掴むと止まり、離すとまた動き出す。

「噛みつかない?」

 香織がおそるおそる自分の足で近付いて行く。

「本当だ。一度止まってもまた動き出すのね」

 蛍は目を丸くして鎖を掴んだり離したりを繰り返す。そのうち揺れが小さくなり、やがて止まった。

「なんだもうお仕舞いですか」

 達彦は詰まらなそう。この頃になって、漸く香織がブランコまで辿りついた。それでもまだ怖いらしく、鎖を掴むような大胆な真似は出来ない。香織が支柱に手をかけた時だった。

「きゃあ」

 思わず手が引っ込む。

「え、どうとしたのよ」

「香織ちゃん?」

 蛍と明斗は直ぐに駆け寄った。

「生きてる。この支柱生きてる」

 明斗が触ると、指先に奇妙な感覚を覚えた。反射的に手を離し、今度は確信を持って振れてみる。

「やっぱりそうだ。気のせいじゃない」

 剥げたペンキの支柱が、細かく振動しているではないか。大胆に耳を当てると、ビーンと音叉のような音がする。

「なにかが遠くで叩いている」

 そう、理科の実験で聞いた音叉そっくりの音。


●最初の戦い

「閉ざすぞ!」

 静間を破って少し低い子供の声が、あたりに響く。すると、ピーン。響く金属音が次第に割れ鐘のように大きくなり、閃光と漆黒の点滅が繰り返される。そして、今まで遠くで聞えていた車の音が不意に、消えた。

「なによ!」

 闇の中の声に向かって蛍は喚く。声の先には仮面で顔を隠した自分たちと同じくらいの少年が一人。えらそうにふんぞり返ってトイレの屋根に立っている。おそらく本人はかっこいい積りなのだろうが、そのセンスは悪趣味と言う方が早いだろう。パンクルックの出来そこないだ。

「貴様ら、どうやって嗅ぎ付けた」

「なんなのよぉ」

 訳の良からない展開に、蛍は悪態をつく。

「俺の計画を邪魔する奴はみんなボロ雑巾にしてやるぜ」

 すごむ相手に達彦は、何事も無かったかのように。

「恥ずかしい人ですね。暴力を振るうことしか出来ないのですか?」

「お、お前は俺と同じ匂いがするぞ。邪魔をするな。悪いことは言わない、二つに一つを選べ。けんかするか子分になるか」

「集団化する事自体に興味はありません、私を楽しませてくれるか、私が必要とする何かがあれば話は別ですが‥‥」

「利いたことを。もう一度聞く、けんかするか子分になるか」

 ぱっと、手から一枚のカード。

「ごめんですね」

 達彦はとぼけた声。

「良くわかんないけど、誰があんたなんかの子分になりますか」

 蛍は無性に腹が立ってきた。そうか、あれが『光』が教えてくれた魔王の手下なんだ。

 思い巡らしながら、あたりを探る。なぜか香織の姿はどこにも無い。

 今なら使って大丈夫。そう、あの呪文を

『出て来~い! ストンパー!』

 フィギュアをカプセルごと投げ付ける。

「フガ!」

 力強いボディーガードが現れた。石造りの巨人だ。そのまま公園のトイレまで突進。

 ズシーンと重たい響きの後に、‥‥ンゴゴ。ぽろっと落ちるトイレの壁。

「ふん。そっちはテイマーか。だがどっちもレベルは低いな。俺にはこんなものは通用しない」

 ひらりと舞い降りた少年は、得物を取り出す。見た目はアスレチック用の強いバネの棒だ。

 ビュンと振ると唸りを上げて鞭のようにしななう。

 その時だった。

「カイザー! 引きなさい」

 声だけで魂を凍らせるような女の子の声が何処からか響いた。

 声に少年は詰まらなそうに

「判ったよ。あんたが言うなら引いてやる。だが、あれは俺のものだ」

 大きな独り言を吐き、

「命拾いしたな。貴様ら」

 言うが早いか、再びピーンと言う音。同時に閃光と漆黒の点滅。

 まるでプールに潜って外に出たような音の洪水。気がつくと、壊れたはずの公園のトイレは元に戻っていた。

「やれやれ、手助けしてもらう必要も無かったのですが。とりあえずお礼をいっておきますよ」

 鋼達彦は面倒くさそうに頭を下げる。

「蛍さんもですか」

 明斗は蛍のものと似たカプセルを見せる。彼もまた、『光』と盟約を結んだものであった。

「あき君。そう言うの持ってるんなら、なんで加勢してくれないのよ」

「僕のは戦うためのものじゃないけど、こんなことも出来ます。みんな仲間みたいだから隠す必要無いものね『出て来~い! ポックル』」

「よんだぽ」

「可愛い~」

 思わず口を突く言葉。現れたのはとんがり帽子の小人さん。

「この下を調べてみて」

 すっと地面に水に入るように潜って行く小人。暫くして、ちょんと顔だけ出してぼそり。

「なんか埋まってぷ。このくらいの球だぽ」

 手で頭の上に輪を作る。あまり大きくなさそうだ。

「取って来れるかな」

「うん。とってくぷ」

 それはピンポン球くらいの緑の球で、金属の光沢を放っていた。


 程なく、香織が泣きながら大人の人を連れてきた。

「あき君大丈夫!」

 金属バットとスプレーのようなものを引っさげて現れたのは、図書館のおばさん。

 要領を得ないが、なにごとか起こっていると言うことでやってきたのだ。あとから警邏中の警察官もやってきた。

「君たち。最近ここは変な人が出るから近寄っちゃだめだよ。早く家に帰りなさい」

 軽く叱られた後解散となった。


●正体判ったよ

「あーあ。結局なんだったんだろう。貰っとけば良かったかな、あの球」

 机の前で蛍は考える。ランドセルに明日の教科書を詰め込みながら。

「蛍さん電話ですよ」

 おばあちゃんが呼んでる。誰だろうと思いながら受話器を取ると、

「蛍さん。あれ、正体判ったよ」

「なんですってぇ!」

 声をあげて慌てて小声。

「で、なんなのよ。え?」


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