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エピローグ

「女子の力量を見くびっていた。甲子園での試合に臨むように、本気で取り組まなければならなかった」

 マウンド上に集まって喜び合う女子野球部に背を向け、白石がベンチに引き上げると、仲間たちはまだぼんやりと敗戦のショックに打ちのめされていた。何人かはすすり泣いている。そんな中に真田監督の声が響く。

「今回の敗北は、お前たちの意識をそのように導き損ねた私の責任だ。すまなかった」

 深々と頭を下げる真田に、渡辺が憎々しげに毒づいた。

「すまなかったで済めば警察はいらないっすよ。責任、どう取るつもりなんすか?」

「もちろん辞職する」

 即答した真田に、一瞬誰もが口を利けなくなる。しかし涙声の橋本が突っ込んだ。

「そんなの、それはそれで無責任じゃないっすか。俺らには関係ないっすけど、二年や一年はどうすんですか?」

「先ほど試合中に校長から連絡が入った。吉野先生の容態が急に回復し、近いうちに復職なさるそうだ。どの道、私は夏の大会が終わった時点で吉野先生に部を引き継ぐことが確定していたが、それが少し早くなっただけのことだ」

 真田は淡々とした口調で言った。そして静まり返った一同に告げる。

「挨拶はきちんとして来い。敗者にも振る舞うべき礼儀はある」


 梓をもみくちゃにして遊んでいた女子野球部ナインだが、男子野球部の面々がベンチから現れたのを見て、ホームベース前に移動し始める。

(さて、ジジイにはもうしばらくつきあってもらうよ。まさか嫌とは言わないだろうね)

 美紀の身体の耕作に、美紀が心の中で話しかけてきた。

(梓ちゃんのためだ、やってやらあ。あの子のがっかりした顔見るくれえなら、おめえの身体で三時間カンカンノウ踊るくらい、耐えられるさね)

(人をらくだ呼ばわりかい)

(てめえで動けないんだ、死体と大差ねえだろ)

(……それもそうだね)

 素直に同意する美紀にいささか妙な気がしたが、真理乃が耕作に声をかけてきたので、そちらに意識を集中する。

「あの、美紀さん。今夜にでもアパートに来てくれませんか? その、ちょっと、内密に相談したいことがあるみたい、じゃなくて、あって……」

(何だ今の言い間違いは?)

(細かいこと気にすんじゃないよ。あたし相手の用向きなんだから、素直にはいと言っておくれ)

 美紀の言うことは正論で、耕作は真理乃に承諾した。


 挨拶をする頃には打席に立っていた時の興奮状態も薄れ、白石はすっかり虚脱感に包まれていた。

 元はと言えば、自分が女子の入部を認めなかったせいですべてが始まってしまった。そのせいで橋本や長谷川や渡辺と挑む夏が、この六月で終わってしまった。

 挨拶を終えたその場に立ち尽くしてぼんやりしていると、後ろから声をかけられた。

「負けちゃいましたね。ま、女子にはキヨミズの看板背負って、せいぜい勝ち進んでもらいたいっすけど」

 一年生の三輪はずいぶん気楽な声音で言ってのけた。白石はつい皮肉な口調になる。

「よくそんな気になれるな。お前、この先連中が卒業するまで校内の決定戦で負け続けでもしたらどうするんだ? 甲子園に出られないまま終わるかもしれないんだぞ」

「それなんだが」

 長谷川が、横から声をかけてくる。

「二つの野球部を併合すればいいと思う」

 二年の高橋も会話に加わってきた。

「元はうちに入ろうとした子らなんすから、受け入れれば問題ないんじゃないですか?」

 言われてみればそれは名案に思えてくる。後に遺恨を残さない、一番合理的な解決法だという気がしてきた。

「それはいいが……なんで俺に聞く?」

「主将にはそこら辺の環境整備に力を振るってもらいたくてな。一番強硬だったお前さんが考えを改めれば、男子側の意識改善には効果絶大だろうし。俺も暇だから手伝うよ」

 長谷川が「暇だから」の部分にやけに力を込める。冷静な表情の裏で、やはり今回の一件には思うところがあったのだろう。

「……努力するよ」

 白石は若干目を逸らしながら言った。

「もちろん、やるにしても、夏の大会が終わった後になるでしょうけどね。今いきなりこんな話持ちかけたって、そこまでして甲子園に出たいのかって思われるのがオチですし」

「だとすると、二ヶ月くらい先になるかもしれないっすね」

「二ヶ月先って何だよ。甲子園出なきゃありえねー数字だろが」

 高橋と三輪のやり取りを聞きながら、ありえなくはないだろうと白石は思った。

 彼女たちは、キヨミズの男子野球部に勝ったのだ。最低でも甲子園出場くらいはしてくれなければ困る。


「打撃投手、ねえ」

 頭を下げる大久保を見ながら、一美は少し途方に暮れた気分だった。

「あたしなんかに関わるよりさ、自分の練習した方がいいんじゃないかな? 君、二年生でしょ?」

「あんた――あなたの相手をするのが、一番の勉強になると思うので」

 言うと、もう一度深々と頭を下げる。

「よっし、ただし他にも色々手伝ってもらうよ? 何せこちとら人手が足りないんだからね」

「構わないので……よろしくお願いします」

 ひたすら恭順の意を示す大久保を前に、一美はやはり途方にくれてしまう。凶悪な顔をしたグリズリーが懐いてきたようなものだ。昔の自分と背格好は大差ないが、今のこちらはか弱い少女であるだけにプレッシャーも半端でない。

「啓子ちゃん、ちょいと相談に乗っておくれよ」

 頼れる少女の顔を遠くに見つけると、一美は悲鳴に似た声を上げた。


 遠くから一美に声をかけられ、啓子はそちらに歩き出す。

「田村さん、今から研究所で細かい検査をしないと――」

「少しだけ待ってくれないかな?」

 啓子は矢野を遮った。九回裏の間中、ベンチから泣きそうな顔で啓子を見守り続けていた彼女に対し、ちょっと申し訳ない気分にはなるが、今は一美を優先したい。

「友達が、呼んでるから」

 はにかみながら言うと、矢野は軽く目を見開いた。

「……早く用を済ませてくださいね」

「了解」

 軽く手を振って応じると啓子は歩き出す。

 ふと見上げた空は、どこまでもどこまでも広がっていた。


 ――啓子さん、元気そうだ。よかった。

 心なしかいつもより弾んだ足取りで歩いている啓子を遠くに見かけ、悟は安堵の吐息をついた。

「目立ったプレイはなしでしたけど、目立つヘマもしなかったようですし、ま、小六の坊主が高校生に混じったにしてはよくやったですねー」

 いつの間にか背後に、探していた二人が立っていた。この一件の主催者である新聞部部長の聡美がいるのは当然だったが、その背中に隠れるように、あまりこの場にそぐわない身体で立つ人がいる。

「お姉ちゃん、シャル……」

「あの……悟、勝手に悟の身体で外に出てごめんなさい。でも、悟がシャルの身体でどんな風にがんばってるのか、どうしても見てみたくなって……」

 悟の身体のシャーロットが、もじもじしながらシャーロットの身体の悟を見上げる。緊張でもしているのか、いつもの変な語尾を使う余裕はないらしい。

「ううん。気にしてないから謝ることなんかないよ。シャルに見てもらって、僕、うれしかった」

 悟は腰をかがめてシャルに視線を合わせ、微笑みかける。だがすぐにため息をついた。

「大活躍ってわけにはいかなくて、僕の方こそごめんね」

「ううん! 悟、すごくかっこよかった!!」

 そう言って、悟の首に抱きつくと、シャルは悟の頬にキスをした。

 ――僕が大きな男の子でシャルが小さな女の子ならすごく似合いのシーンなんだけど。

 そんなことを考えながらも、悟は今の状態もそれほど悪くないかなと感じていた。


 ――何見せつけてんだよ。

 ふと伸びをした視界の端に、抱き合っているシャーロットと小学生くらいのガキの姿を見かけ、雪絵はとりあえず心中で毒づく。もっとも、二人が他人に見せつける意図などないことくらいは明らかだ。

 と言うか、背の高いシャーロットと小柄な少年の抱擁をなぜかカップルのそれと考えてしまった自分にむしろ呆れてしまう。そばに新聞部の変な部長もいるし、おおかたシャーロットのホームステイ先の子供、部長の弟なんだろう。

「雪絵」

 不意に、優に声をかけられた。

「ちょっと考えたんだけど、ピッチャーの練習やる気はない?」

「俺が?」

「リトルリーグの頃はやってたんでしょ? 男子に勝って県大会に出る以上、梓一人じゃやっぱりきついもの。今回のようなアクシデントがまた起きないとも限らないし」

「そりゃ……そうだろうけど」

「肩のいい真理乃とかと一緒に何人かで、控えピッチャーの役目も務めて欲しいんだけど……どう?」

「……そんなんでいいんなら」

 雪絵は謙虚に答えたつもりだったが、優は不満そうに頬を少し膨らませる。

「積極的じゃないなあ。まずは県大会の二回戦や三回戦、雪絵たちにお試し登板してもらうよ。そこで行けるとわかったら、梓の連投を避けるために準決勝で先発ね。甲子園でも似たようなことをやってもらうつもり」

「県の準決!? 甲子園?!」

「何驚いてるの?」

 優は不思議そうな顔で雪絵を見つめ返す。

「私たち、キヨミズの男子に勝ったんだよ。もしかしたら去年より強かったかもしれないチームに。こうなったら甲子園で優勝目指すのが当然じゃない」

「……それもそうか」

 雪絵は天を仰いだ。夏至近くではあるが、さすがに日は沈み出している。

 その沈み行く方角に視線を据えて、雪絵は呟いた。

「大西義塾と、本当にやれるかもしれないんだな……」

「運が良ければね」

 優の声を聞きながら、雪絵は遠い空の彼方にいる相手に心の中で言った。

 ――バカだな、雪絵。俺と身体なんか取り替えなくても、こいつらと甲子園を目指せたのに。

 厭わしかった今の立場と身体を、今日、雪絵は少しだけありがたく思った。

 今のこの自分でなければ、この仲間たちに出会うことはできなかったのだから。


 雪絵と並んで西の空を見上げながら、優もまた大西義塾のことを考えた。

 雪絵は稲葉陽介のことを思っているのだろうが、優が思い出すのは小林和也と篠原一実のこと。あいにく篠原は病気で姿を消してしまったが、小林和也はこの春のセンバツでもマウンドに上り、夏春連続の優勝投手になっていた。

 もちろんあのチームには、小林以外にもすごい連中はたくさんいる。去年の夏レギュラーだったメンバーの多くが今年も三年として残っているし、例えば一年の稲葉だってうまく鍛えられていたら侮れない戦力となって現れることだろう。正直、今日倒したキヨミズ男子とて比べ物にならない圧倒的な強さを誇るはずだ。

 それに引き換え、キヨミズ女子野球部ときたら、一人が故障したらリタイアするしかない必要最小限の人数。そのうち二人は野球を始めて二ヶ月の素人で、一人はいつドクターストップがかかってもおかしくない体調。

 両者が戦えるのは、早くても甲子園の一回戦。そこまでにはまず県内の強豪を撃破していく必要があるし、運が悪ければ甲子園でも決勝戦まで勝ち残らなければならない。

 それでも。

 あきらめない限りは、いつかきっと戦えるような、そんな奇妙な実感が優にはあった。

 そんなことを思ううち、少しばかり不安になる。

 ――やばい。俺、今はちょっと、元に戻りたくない。

 入れ替わりがもう一度起きて元に戻った場合に備え、優は暇を見つけては元優である猛にキャッチャーとしての技術や知識を教え込んでいる。けれど今日、男子野球部と試合をして、優は自分が梓たちとの野球を楽しんでいるのを痛感した。

 このまま元に戻れなかったらという恐怖より、このまま甲子園に挑む楽しさの方がまさりつつある。中途半端なところで元に戻りたくはない。

 ――九月くらいに元に戻れれば一番いいんだけど……。

 ひどく身勝手なことを、優は願っていた。


「小林先輩に秦先輩、何観てるんですか?」

 稲葉陽介は――正確には、陽介の身体の田口雪絵は――AVルームの大画面で高校野球に見入っている主将と副主将に声をかけた。映像はビデオではなくパソコンから接続されていて、どうやらネット中継されている映像らしい。

「清水共栄が負けたよ」

 小林和也は陽介に振り向くと、面白そうな顔をして言った。整った端正な顔立ちながら表情は人懐っこい。

「へ? 県大会もう始まってましたっけ?」

「女子野球部が設立されて、校内代表決定戦をやったんだとさ。そこで惜敗」

 画面をよく見れば、確かに一方のチームは女子選手しかいなかった。

「嘘でしょ? キヨミズって、春の関東大会優勝したチームじゃないっすか」

「嘘じゃないって。男子の油断もあったんだろうけど、この女子ってけっこういい選手が揃ってるぜ。まずピッチャー」

 小林が言うと、傍らの秦が即座に画面を操作した。右のオーバー、サイド、アンダー、さらに左のアンダーにトルネード。どのピッチャーも大きなポニーテールが揺れているから、同一人物なのだろう。

「器用な子もいますね。でもそんなの目先を変えるだけじゃ――」

「いやいや、球種がでたらめに多くてコントロールも完璧なんだよ。男だったらスカウトが絶対ほっとかないような天才だな」

 そこまで真面目な口調だった小林の声が、急に甘いものになる。

「まあ、とっても可愛いから野球選手なんかやらなくてもアイドルになれそうだけど」

「小林、それは君の極めて個人的な価値判断に過ぎない」

 ここまで無言だった秦が、合成音のように冷徹な突っ込みを入れる。

 ちなみに陽介も、秦に内心で同意した。そのピッチャーはやたら元気で明るい表情をしていて、可愛くないと言ったら嘘だが、だからと言ってアイドルになれるほど飛び抜けているとは思わない。

「ま、まあ、それは措くとして。バッターもすごいんだって」

 今度は背番号5をつけたバッターが映し出される。四打数三安打一敬遠。男子ピッチャーの投げる速球や変化球を、バッティングセンターのようにポンポン打ち込んでいく。

「篠原みたいな奴って、女子にもいたんだなあ」

 感慨深げに小林が言う。篠原と直接の面識はない陽介だが、テレビで彼の打棒は知っていたし、彼がチームメイトからいかに高い評価を受けていたかも日々の部活の中で知るに至った。そんな篠原を引き合いに出すことそれ自体が、画面内の女子バッターに対する小林の評価を示していた。

「他にもなかなかやるのが何人か。九回逆転のスリーベース打った子もすごかったな」

 そして陽介は画面の向こうに、ツインテールをたなびかせて走る、三ヶ月前までの自分の身体を見た。

「……へえ、女子野球部に入ってたんだ」

「稲葉、知り合いか?」

「昔のライバルですよ。てっきり俺に嫉妬してふて腐れてると思ったんだけど」

「ほう。世間は狭いね」

「でも、こんなきっちり記録してどうするんですか? まさか有力校の一つだなんて考えてるわけじゃないでしょう?」

「確かに、そこまではな。九人しかいない部がまともに勝ち上がれるとは思えない」

 小林は肩を竦める。

「大会まで間があるし、暇だったからネットを覗いてただけなんだよ。そしたら秦がつきあってくれて、で、こいつが特技を遺憾なく発揮してくれてる最中なのさ」

「稲葉、この程度の作業は『きっちり』とは言わない。単なる手慰みだ」

 情報収集・整理・分析に超人的な才能を持つ秦の言葉には重みがある。

「けれど、番狂わせはあるかもしれないぜ? そして万が一俺らとやることになったら、このデータは重要な価値を持つはずだ」

「小林がピッチャー宇野梓の画像をブロマイドに加工して使用する以外に、このデータが役に立つ事態が発生する可能性は極めて低いと、僕は思う」

 小林のそれなりに説得力ある言い訳は、秦によって瞬時に粉砕された。


 その日の晩、美紀が真理乃の住むアパートを訪れた。マリードが言うには、近場の邪霊について調べるのを美紀にも手伝ってほしいそうだ。今日みたいなことにならないよう、それには真理乃も賛成だった。

「よかったらこれどうぞ」

 お茶を出し終えた真理乃は冷凍庫の中から、昨夜作ってみたアイスクリームを出してみた。

 最初はマリードに言われて渋々始めた料理やお菓子作りだったが、これも『理想の女性像』ゆえか、次第に作るのが楽しくなってきた。今美紀に出したのは、シンプルだが濃厚な味のバニラアイス。

「なかなかおいしいね。お茶請けにはどうかと思うけど」

「あ、ごめんなさい!!」

「いや、たまには悪くないさ。あ、これコンビニで買って来たから」

 美紀が差し出す袋には、真理乃の好きなお菓子が詰まっている。部活帰りの会話などで真理乃が言ったことを覚えていたのだろう。

 アイスを食べながら、しばらくおしゃべりした。美紀は物知りで頭がいいから、話をするといつも驚かされてばかりだ。真理乃だって、バカじゃないはずなんだけど。

 ――楽しいな。

 女の子になって、性格まで変えられて、最初の頃はどうなるものかと思ったけれど、それでもいつの間にか今の生活に慣れ親しんでいる。すっかり女の子の暮らしに順応するのは怖いけど、どうせ卒業まで元に戻れないのなら、こうして前向きに楽しむのも悪くないかと思えるようになってきた。

 と、そこで、いつもならやかましい声がとんと聞こえないことに気づいた。

「マリード、何黙ってるの?」

《うるせえな。俺様は今、女であることにすっかり順応してるお前をどうやって辱めてやろうか、頭脳をフル回転させて考えているところなんだよ》

「じゅ、順応なんかしてないもん!」


 陽が沈み始め宵闇が辺りを包む中、弥生は女子野球部の練習場でバットを振っていた。修平がセットしたピッチングマシーンから吐き出される球をがんがん打っていく。

「弥生ちゃん、そろそろ終わりにしない?」

「……もう十球」

「試合に勝ったんだから、今日ぐらいいいじゃないの。他のみんなはもう帰って休んでるのに」

「下手な奴が努力しないでどうすんだよ。俺は一美さんや雪絵とはわけが違うんだから、こういう時に差を詰めるしかねえだろうが」

「……わかったわよ」

 結局その後二十球を打ち込み、弥生はバットを置いた。

「はい、タオル」

「お、サンキュ」

 修平から渡されたタオルでごしごしと顔を拭く。するとタオル越しに修平のため息。

「弥生ちゃん、いつになったら女の子らしくなるのよ? 猫はかぶり続けてるけど、いつまで経っても人目のないところだと男の子みたいにがさつで……」

「お前こそ、いつになったら男らしくなるんだ? 俺が男言葉使ってるの聞かれても洒落で済むけど、お前の女言葉は『修平』の立場をおかしくするんだからな?」

「しかたないでしょ。使う気になれないんだから」

「俺も同じだっての」

 女子と接することが多くなっても、修平がかつて言ったように初めての生理を経験しても、弥生の自己認識には大した変化がない。

「……六年前は、自然に言葉遣いが変わっていったんだけどなあ」

「あたしたち、思春期も過ぎて人格が完成しちゃったとか?」

「かもな」

 顔を見合わせ、深いため息。

「ま、いいんじゃないか? どっちか片方だけ変化がないなら問題だけど、どっちも変わらない分には」

「それは、そうだけど……」

「難しい顔するなって」

 弥生はそう言うと、修平に近寄った。

 相手の身体を抱き寄せ、唇と唇を重ねる。幸い照明は逆光になっていたので、キスしているのが数ヶ月前までの自分の顔であることは、いつもより意識せずに済んだ。

 さすがにその先に進む気には、まだなれないけれど。

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