冬祭りの妖精と人間
この町は寒い。4月にも氷点下の気温が続く日が多い。北海道のような北の村ではない。ここは東京23区内の普通の町なのだ。
こんなありえないぐらいの天気のおかげで、春のない町とも呼ばれ、たまにテレビの朝の番組などで撮影に来たりもする。
そんなこの町であったが、今年は暖かい。時期は4月中旬。でも3月からすっかり春の感覚であった。
「おぅー。今日もいい天気じゃのー」
やはり春はこうでないと。と思いながら俺はドアの鍵を閉めた。
ここに住んだのも今年でもう3年目。大抵のことは慣れているがここの寒さだけには何年が経っても慣れられなかった。けっして俺が寒さに弱い訳ではない。この町がおかしいだけだ。まあ、今年にはいいってあったかくなったからいいけど。でも何で急に?これって地球温暖化?なわけないか。
俺が住んでいるここは冬祭り荘という3階建ての小さなアパート。古いけど通っている大学から歩いて五分くらいの距離の上に、家賃も安いので俺はこのアパートがかなり気に入っている。それに同じクラブの連中も何人か住んでいて一人暮らしもそんなに寂しくはない。ちなみに俺の部屋は1階だ。あ、ちなみに俺はこの近くの大学の3年生の若い青年だ。名前は…
「あ、トリさん。おはようございます。早いですね」
…この通り。トリと呼ばれている。外国人じゃないぞ。これはただのあだ名。俺には笹塚十理黒という立派な名前がある。
ちなみにさっき俺に話しかけたのはちょうど俺と同じタイミングに隣の部屋から出て来た奴だ。
「おはよ。じゅんこそ早いじゃないか」
「あはは。今日朝から補講があって…」
この男のくせに女性より可愛い笑顔を持っている奴は今年大学一年になったばっかりで、俺と同じクラブの後輩の名古屋出身の橋本じゅん。一ヶ月くらいの付き合いだがかな親しくなった仲である。愛想がいい奴と言うか人見知りがない奴と言うか、こいつはこの冬祭り荘に引っ越してきたその日に俺を含めた同じアパートの主民何人かを自分の部屋に招待してパーティまでやったくらいの者だ。そういうタイプ、嫌いじゃないぜ。
「今日も暖かいですね」
「だな。去年は5月初めまで結構寒かったからね」
「ええっ?5月まで…ですか?」
「あ、お前はまだ分からないだろうな…。5月どころか、6月になっても寒いときがあったんだぞ。まあ、そう言っても七月になれば暑くなるけどさ」
「…はあ」
そんな、どうでもいいけど人間関係を広げるには割りと役に立つ日常的な会話を語り合いながら大学へ向かう俺達の隣を二人組の女子高生達が通りすぎる。
「あのさ、アタシさ、好きな人出来ちゃった」
「ええ?マジ?誰?やっぱヒロトくん?」
「うん」
「えええ!本当?告白した?」
「えっ!告白なんて…やだ、出来ないよ、そんなの。だってさ、恥ずかしいじゃん」
高校生っぽいな会話が俺達にも聞こえた。好きな人かぁ…。青春だなぁ。
「なぁ、じゅん。お前好きな人いるか?」
「えっ?いきなり何ですか?」
「いや、特に意味はないが…どうだ?いないのか?」
「まあ…気になる人はいるけど…。でも好きになっちゃいけない人ですから…」
「ん?何じゃそりゃ」
好きになっちゃいけない人?
「それより何でいきなりそんなことを?」
「いや、今の女子高生達の半部以上が‘え’から始まる会話を聞いていたらふと聞いてみたくなったさ」
「ああ、なるほど…。じゃあ、そう言うトリさんはどうですか?」
「ん?俺?…さ―なぁ。あ、そこ氷気をつけな」
「あ、はい。こんな天気に何で氷?」
「……」
好きな人か……。誰かを好きになる気持ってどんな感じかな…。誰かを好きになった経験が無い俺にはそんな気持、正直分からない。まあ、いつかは出来るだろう、その好きな人ってやらが。つか、付き合うとかそういうの…まだ真面目に考えた事無いしな。
大学の生活は普通だ。何の事件も無しだが逆に面白くないのでもない。授業は高校より楽しい。全般的には‘楽しい’の表現を使ってもよろしい。まあ、一言で言うと平和だって言えばいいかな。地球は平和だなー。
今日は午前中は暇だから部室に寄ることにした。一年の時、とある奴に誘われて入ったクラブだが実は今だ何のクラブかすら分かっていない。部の名前はTheKO。とは言ってもボクシング部や格闘技系の部でもないし、ただ部室に集まって無駄に時間過ごしたりだらだらしたり寝たりするのが活動の8割以上を占めている、学校もよくこんな変なクラブを認めてくれたなーと部員の俺が思うほどの正体不明なクラブである。本当、こんな正体不明のクラブ、作られたのが不思議だ。この大学七不思議の一つにしたい。そう思いいながら部室のドアを開けると。
「おはよう―」
「ちょいっ」
部室には先に来ていた奴が机にうつぶせていた。
「お。もう来てたのか」
俺は変な挨拶を送ってくる彼の向こう側に座った。
「なんかねー今日はちょいっの気分なんだ」
「何だその気分は」
「それよりさ、トリ君。ちょっと聞いてくれよ」
彼はうつぶせている体勢のままで話をかけてくる。
「はぁ?」
「昨日さ。久々にちょいエロいDVDでも見ようと思ってな」
「ほお?何だ?そのDVDプレーヤーが故障でもしたか?」
俺の話しに彼は急に涙を流しだした。
「そーだよ!まったく動かないんだよ!夜遅くまで直そうとしたのに、結局動かなかったんだよ!なぁ、どうすりゃいい?俺の生きがいが!俺の生きがいがぁぁぁぁぁ!」
「俺に聞くな。泣くな。抱きつくな。気持ち悪い」
「ちっ。冷たい奴めぇ」
この煩いやつの名前は山田登我。俺と同じ3年生で高校生時代からの悪縁である。見ての通り、変態だ。それも眼鏡子メイド属性の。そのくせになぜか顔は結構広いらしい。このザ・ケーオーもこいつが創設者だ。2年前、1年のくせにクラブを作るとか言って本当に作ってしまったのだ。しかも当時部員は俺とこいつたっだ二人。俺も理由も知らないまま入ってしまった。「お前は資格がある!」とか言われただけ。そして去年新人が入り、今年はじゅんまで部員になった。少し主題が外れたが…ま、結論的に性格は良い奴ってことだ。あ、変態っていうところは除いて。ちなみにこいつも冬祭り荘の住民である。
「あ、そうだ。今日アキバ行かないか?」
「ん?…面倒くさいけど」
「そう言わずにな旦那―。ちょっとさ。頑丈ロボバイタルVのDXロボの発売日でさ。ちょっと見に行こうかなと思ってな」
「いや、それならここの商店街でもあるだろう?」
「そうーだけどさ、久々に行ってみたくなってさ」
あっそ。
「そのために俺まで行くのは…あ」
ふと何か思いついた俺は自信満々に言った。
「それにアキバはもう飽きた」
「って!やめろ!お前のギャグを聞く俺の身にもなってみろよ!何だそのダジャレ!ったく、お前は突っ込み担当なんだよ!」
と絶叫する山田。
「うるさい!何が突っ込み担当だ!」
せっかくいいネタを思いついたのに…。
「それに特に買いたいのも無いくせに秋葉原なんて電車費がもったいない」
「お前には分からん!」
山田はとっさに真顔になって叫んだ。
「…何がだ。いや、別に知りたくも無い」
「いいじゃん。そう言わずにな」
「ったく…。分かったよ」
まったく、俺も人が良さ過ぎるんだからなぁ。
「あ、おはようございます」
くだらない会話で体力を無駄使いしている時、部室のドアが開き、一人の女性が入って来た。
「おはよう」
「よう。早いな、北野」
入ってキタノは北野。……。面白くない?…いいよ。どうでも。
とにかく、北野南と言う名前を持っている彼女は19歳で今年2年生になったばかりの明るくてしっかりしてる性格に可愛くてナイスボディーの人気ありそうなタイプのザ・ケーオーの唯一の女子部員である。実際モテモテだし。彼女のおかげで何人かうちのクラブに入部しようとした男の数が人気あるアニメラジオのお便りの数に匹敵する。というのは言いすぎだが、とにかく!すごかった事だけは言わせてもらう。まあ、結局誰も入れなかったけど。資格がなかったらしい。ちなみに彼女は冬祭り荘の住民ではない。
「今日は午前から授業だったっけ?」
「トリさん、今朝ニュース見ました?」
北野は山田の話はまったく聞かずに俺に尋ねてきた。
「ニュース?」
「スルーかよ…」
「昨日、冬祭り荘の附近で事故があったと…」
「うん?事故?」
「ああ。そういえばあったあった。昨日って言うか今日の朝一時だったけど。なんか車が道で滑って塀に突っ込んだとか」
まだ机の上にうつぶせる山田が一言加えた。
「へぇ。怪我人は出なかったか?」
北野は答えた。
「幸い、周りに誰もいなかったし、運転手さんも軽症ですんだらしいです」
「そっか…。それはよかったな。でも急に道で滑るなんてどんな運転したんだ?」
「ニュースでは水たまりの氷が原因だったそうですけど…」
氷?そういえば今朝もあったな。
「ここだぞ、ここ。ここのUFOキャッチャー、結構レアーなフィギュア取れるんだぞ」
結局秋葉原へ来てしまった俺と、山田、そして…。
「へぇ。僕、ここは初めてです」
名古屋出身のじゅん。
この三人は山田が見たがるおもちゃを見てぶらぶらと秋葉原を徘徊し、最後にでっかいゲームセンタに寄った。
「どうだ?すげーだろ?お前もやってみろ。面白いぞー。色々あるからな」
「あ、はい。やってみたかったです。名古屋にいる時にもゲーセンなんてあんまり行ったことなかったんですから」
たしかにじゅんの目はキラキラと輝いている。
「なぁ、トリ。お前もやるだろう?」
「いや、俺はパス。興味ないしお金もない。俺は気にせずに君達だけで思う存分楽しんでくれたまえ」
「そう?じゃ、俺達だけで楽しむ」
そう言って山田とじゅんはUFOキャッチャーマシンの所へ行った。…もう一回誘って欲しかったがのに…。
「ま、今月はキツイから見るだけにしよっか」
まーゲームはあんまり好きじゃないけどたまにはやりたくなるなぁ…しかも今のように金が無い時にはやたら。何でこんな時に限ってこんなにやりたいゲームが多いんだよー。バイト頑張らなくちゃな。
でもかなり広いゲームセンタだ。いつの間にか二人の姿は見えない。
「どこいったんだこいつら…ん?」
何だ?このUFOキャッチャーの商品、紙で包まれている。
「お、トリ君。これだぞ。これ」
いつの間にか山田とじゅんが俺の側に近づいていた。
「これ?」
「そう。これがさっき言った例のレアーキャッチャー。何が入ってるのかは誰も知らない。が、運が良ければすごい物をゲットできる」
「…そう…か」
「ん。やってみたいかい?」
「…さあ」
何だこの胸騒ぎは。そういえば俺、さっきからずっと一つの商品だけを見ている。何だ?いったい何だ?まるで俺に自分を取ってくれとでも言っているみたいじゃないか。
「あ、トリさんやってみるんですか?」
「ん?ああ…。そ、そだな。一回だけやってみっかー」
「お!やるのか!頑張れ!ちなみに俺には海賊王を目指すゴムゴムの男と龍の玉を集める事と地球を守るのが仕事である超宇宙人が戦っているのフィギュアをゲットしたぜ」
「超宇宙人?」
そして俺は100円玉を入れた。
「で…。3200円も使った結果がこの変なはにわのフィギュアかよ。そもそもこんなフィギュア誰が作った?」
山田の奴は帰ってくる間ずっと文句を言っている。確に3200円はやりすぎだ。ただでさえ今月はきついのに…。今後は注意する。でも何で俺はこんな物にムキになったんだろ。何かあの感じでは凄い物、出るところじゃないか?
そう考えながら俺はフィギュアを見た。
「…まあ、いっか」
「まあ、いっか。ってかっこつけるんじゃねぇよこの野郎」
「何で俺よりお前が文句言うのか」
「あ、でもこれよく見ると可愛いですよ。目も丸いし、口も丸いし…」
「いいよ、じゅん。慰めなくても」
「あ…で、でも色も細かいところまで結構良く塗られてるし…」
「いいよ、じゅん。無理しなくても」
「…はい」
いいよ、じゅん。泣かなくても。
部屋に帰った俺はすぐ出かける準備をした。
「さてと、バイトだバイトだ。稼ぐぞ設けるぞ」
俺は鞄からさっき取ったはにわを出して机の上に置いた。こんな妙な物でも殺風景な部屋を飾るくらいの機能はあるだろう。
「んじゃ、留守番頼むぞ」
って、何を埴輪なんかに話しかけてんだ俺は。
「おっと、急がなきゃ」
俺は鞄を持って、電気を消して部屋から出た。
「すいません。遅くなりました!」
「3分前。ギリギリセーフよ。だから自転車に乗ったまま入るのはやめてちょうだい」
「うわっ!す、すいません!」
バイト先のファミレス、ザ・ビーグルに着いた俺は乗って来た自転車を駐輪場に止めた。良かった、間に合って。ここは時間については厳しいんだから。特にこの真理さんはなぁ。ここのチーフの真里さんは俺より三つ上で、結構素敵なお姉さんタイプの女性である。男性より女性達に人気ありそうなタイプ…って口で言うと殺されるだろう。ちなみに真里さんは今友達と一緒に住んでいるそうだ。その真里さんと一緒に働くのももはや3年目。料理が好きで1年生の時から始めたバイトが今まで続けて、今はすっかりここの仕事にも慣れているってことだ。
「あ、そうだ。真理さん、今日この辺で事故あったのって知ってます?」
「ん?ああ。知ってる知ってる。今日あたしも駐輪場の前で滑るところだったのよ」
「ええ?」
「なんかね。こんなあったかいのに氷なんておかしくない?」
「ですね…。地球温暖化とか?」
「それ、ちょっと違わない?それより、仕事だよ」
「あ、はい」
妙な不安はさて置いて俺は仕事を始めた。
そして11時。夜も深くなっていく頃、店が終わると同時にやっと俺の仕事も終わった。何だか今日はお客さんが少なくてかなり楽だったな。
「おう。ちょっと冷えてきたな」
最近暖かくなったとは言ったものの、夜はまだ少し寒い。何故この町はこんなに寒いんだろう。気のせいかも知れないが、不思議なことであるのは確かだ。まあ、最近は暖かいからいいけど。…とか考えながら俺は自転車を漕いだ。
「ん?」
冬祭り荘に戻ってきた俺は俺の部屋の窓が明るいことに気づいた。
「何だ、電気消すの忘れたのか?」
俺もドジだなー。今月は電気代も節約しないといけないのによ。
…だがこの時の俺は忘れていた。部屋を出る時、俺は電気を消したってことを。いや、分かっていたとしても変わることは何にも無かったかけどな。
鼻歌を歌いながら部屋のドアを開けた俺は…。
「ただいまぁ…」
発見した。
「…は?」
部屋の真ん中に立っている女性を。
「は?」
金髪の長い髪の毛。深い海のような緑色の瞳。白い肌。俺より年下かな。いや、高校生にも見える。何より凄い…美少女であった。
「は?」
しかも…は…。
「はだかぁぁぁぁぁ⁉」