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第2話:暗転

 怪人二面相からの予告状という名の犯行予告。この挑戦に名探偵佐々木小太郎が立ち向かう。

 小太郎達を乗せたベンツは韮山家に到着した。豪邸を囲む塀には一定の間隔で制服を着た警官が立っている。

「警察の方も警備に?」

 エチケット袋を握り締めながら青息吐息の小太郎が尋ねた。

「ええ、警察の方々も今度こそ怪人二面相を捕まえると意気盛んなようで」

 柳沢はハンカチで口元を押さえながら答える。

「先生、握り締めるのはやめてください。音とか何かでこちらももらいゲロしそうです」

 青い顔の次郎少年がクレームをつける。

 駐車場で車から降りた三人は、玄関に向かって歩き始めた。

 見上げるような大きさの豪邸に、次郎少年が感心したようにつぶやく。

「すごい家ですね」

「一応本宅ですから」

 柳沢がそっけなく返事をする。

「どこかゴミ箱ありませんか」

 その後ろでエチケット袋の処置に困る小太郎。


 愉快な三人組は長い小道を歩き豪華な玄関にたどり着いた。柳沢がインターホンに向かって何か言うとドアが音もたてずに開いた。いよいよ小太郎達は舞台となる屋敷の中に足を踏み入れる。

「ところで柳沢さん、車の中ではあまり話が出来ませんでしたが、依頼についてそろそろ詳しくお願いします」

 エチケット袋を胸のポケットから覗かせながら小太郎が青い顔で柳沢に話し掛ける。

「わかりました。依頼の内容を説明させていただきます」

 柳沢の眼鏡が光を反射してきらりと輝く。

「先日怪人二面相から予告状が届きました。内容は韮山家が所有する美術品をいただく、そういう内容の事がかかれていました」

 柳沢はここで眼鏡の位置を直した。

「怪人二面相はこれまで予告した全ての犯行を成功させています。当家としてそのような不埒な犯行をみすみす成功させるわけに参りません。可能な全ての手を打ち、怪人二面相の犯行を阻止する覚悟です。その一環として高名な佐々木探偵に狙われた美術品の警護をお願いしたい、という次第です」

 ようやく顔色が元に戻ってきた小太郎がエチケット袋を振り回しながら笑顔で答える。

「なるほど、了解しました。その依頼受けましょう」

「ちょっ、先生っ、やめっ、危なっ、こらあああああああ!!」

 次郎少年が今時の若者らしく切れた。

 大人の余裕で次郎少年を無視した小太郎は柳沢の方へ顔を向けた。

「それではその美術品とやらを拝見したいのですが、よろしいですか?」

「ええ、かまいません。こちらへ」

 柳沢は玄関から豪邸の中に入ると奥の廊下に進み、突き当たりにある小さなドアのわきにあるカードリーダーに胸ポケットから出したカードを通した。

「カクニンシマシタ。ドウゾ」

 無機質な人工の声がドアから流れる。

「すぐに下りの階段ですので気をつけてください」

 柳沢はドアを開き、中へと足を踏み入れた。小太郎達も後に続く。

 薄暗く長い螺旋を描く下り階段。

「それで柳沢さん、どんな美術品なんです?」

 のんきな小太郎の問に柳沢は眼鏡の位置をなおしながら答えた。

「人間国宝の朝田清十郎が製作した氷の裸婦像です」

「ほほう、それは凄そうですね。しかし氷とは保管に気を使いそうですね」

「この屋敷の3階を専用の冷凍保管庫に作り直させました」

「それも凄い。そこまでさせるとはさぞや美しいのでしょうね」

 小太郎の言葉に柳沢は一瞬遠くを見るような目をした。

「……ええ、美しいですよ。なんといいますか、いつか溶けてなくなるのだろうなと思うと余計に美しく感じるのです」

 その言葉に小太郎は何度も頷いた。

「何事も滅びる時が一番美しいというそうですし。腐りかけの肉がおいしいのと似たようなものでしょう」

「先生、微妙な例えはやめてください」

 三人は螺旋を描きながら地下へと降りていく。階段が終わった先には巨大な扉が小太郎達を出迎えた。

「これはまた大きな扉ですね」

「当家が誇る地下金庫の扉です。今開けますので少々お待ちを」

 柳沢は扉のそばにある端末を操作し始めた。

「この中にその氷の芸術が?」

「ええ、警備に万全を期すために冷凍保管庫から地下金庫に移したのです」

 大きな地下金庫の扉がゆっくりと開き始めた。

「ご覧下さい……永遠の時の一部を切り取った儚い氷の芸術、他に比べる物も……溶けてる」


 こうして犯罪は未然に防がれた。

 これまで全ての盗みを成功させてきた怪人二面相をもってしてもこれはどうしようもない。

 どうしようもない。

 どうしよう。


『名探偵佐々木小太郎 永遠に儚く』 終

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