第1話:焦燥
大きなベンツが周りの車を威圧しながら道路を走行している。
小太郎と助手の次郎少年は車の後部座席に座っていた。
助手席には髪を七:三に分けてがちがちに固めた男が眼鏡を人差し指で押さえて座っている。
男は眼鏡を押さえていた指を離すと、振り返らずに小太郎に話し掛けた。
「突然申し訳ありません。時間がないもので」
「いやいや、仕事柄こういう事には慣れています。お気になさらず」
小太郎は前が見えているのかわからない細い目を少し開け、少し癖のある髪を書き上げながら前に座る男に返事をした。
「そう言っていただけると助かります」
男は振り向きもせずに言った。
今から三十分前、小太郎の事務所にひとりの男が現れた。
男は韮山家の秘書で柳沢と名乗った。
韮山家といえば日本でも有数の資産家。そこの秘書がぜひとも小太郎に来てほしいという。寝癖のついた頭をかきながら小太郎は快く承諾し、ドアと間違えて二階の事務所の窓を開いて進んで落ちた。
「何やってんですか先生!」
次郎少年の叫びが事務所内応接室に満ちていく。いつも通りだ。
柳沢は事務所前の歩道に横たわる小太郎をせかして、自分が乗ってきたベンツに乗せた。
ドアが閉まると同時に急発進するベンツ。法廷速度を無視して疾走するベンツ。トイレと間違えてドアを開けて朝の交通戦争に生身で巻き込まれる小太郎。
「二階から落ちてまだ寝てんのかよ!」
いつも通りだ。
そして今、ようやく覚醒した小太郎は、次郎少年が持っていたチョコレートを朝食にしながら柳沢に話し掛けていた。
「それで依頼の内容は?」
柳沢はかけている眼鏡の位置を中指で直しながら話しはじめた。
「佐々木さんは怪人二面相をご存知ですか?」
「聞いた事はありますよ。美術品泥棒だそうですね」
「特徴もご存知で?」
「もちろんです。わざわざ予告状を出すんですよね」
「そのとおりです。そして今まで予告した物は全て必ず盗んでいる……」
「ふむ、話の流れからするとそちらに予告状が来たとか?」
「そのとおりです。そして予告時間が今日の午前十一時……あと二時間しかありません」
「それでお急ぎな訳ですね。なるほど……思い出しましたよ」
「何をですか?」
「実は車酔いしやすい性質でしてチョコレートなんか食べた物だから今にも吐きそおごごごごごおおおおお」
「きゃああああああああ」
柳沢の意外と繊細な悲鳴が車内にこだまする。
怪人2面相の正体とは、狙われた美術品とは。
謎が謎をよんで余計な何かもついでに呼んで物語はズタボロになっていく。
はたしてまともに進行するのか。
次回【紛失】お楽しみに。