第四話 馬車の中で
ガタゴトと馬車がゆく。
運良く、ちょうどデリアンへと向かっている商人の馬車に乗せてもらえた。ヘルキンスというふくよかなおっさん商人で、主に織物を扱っているそうだ。馬車は大きな作りで、人が一人増えた所でなんの問題もなかった。
御者台には護衛のルイというブラウンヘアーのあんちゃんがいる。冒険者だという。
どうやら、この世界には冒険者なるものがいるらしい。俺の予想が外れていなければ、ギルドもあるはずだ。
まぁ、あちらこちらに魔物はいるし、行商人やら街への移動の際には何かと入用なんだろう。自分の身は自分で守れなんて、限界があるし。戦闘のスペシャリストが必要とされるのも当然か。
ん、何やらヘルキンスとセシリアが盛り上がっているみたいだ。
「して、セシリアさんはどこから来たんですかい?」
「私はセントレリアから来ました。出身はリーランド王国です」
「なるほど。銀髪でしたからもしやと思ったんですが、やはりノース大陸の方でしたか」
「ノースに来たことがあるのですか?」
「えぇ、若い頃に何度か。ゼリア大陸の者にはちと寒すぎましたがな。がっはっはっ」
豪快に笑うおっさん。なんか、これぞ商人って感じの人だな。
にしても、幾つかの地名が出ていたな。話の内容からすると、俺たちが今いる場所はゼリアと呼ばれる大陸か。んで、その他にもノースという大陸があってそこはセシリアの故郷。
うーん…。やはりただ話を聞いているだけでは大した情報は得られないなぁー
まぁ、犬だから大陸のことやら国のことなんぞ知らなくても全く問題はないけど。
「ところで、そのペットは?ずいぶん美しい毛並みだ」
お、なんだか褒められたぞ?毛並みを褒められるのがこんなに嬉しいとは。
尻尾をぱたぱた。
「喜んでるみたいですね。この子はさっき拾ったんです。グラドッグに食べられそうになっていたところを保護したんです」
「ほう。それにしては随分とあなたに懐いているみたいだ。騒ぎもしない。あなたの人柄の良さがわかりますな」
「そんな、この子がとっても頭がいいだけですよ。私の言うことが分かるみたいなんです」
「これはまた。ひょっとしたら高位の魔獣の子かもしれませんな」
キラリとヘルキンスの目が光る。
こいつ、俺を売り飛ばすつもりか?確かに高位の魔獣の子なんかそうそう手に入る物じゃないだろうし、結構な値がつくだろうけど…。
「この子は私のお供です。あげませんよ」
ぎゅっと俺を抱くセシリア。暖かい。
「がっはっは!これはこれは、失礼。癖でしてね。こうやって珍しいものを見つけると売りたくなるのが商人の性でして」
「絶対にダメです!」
「いや、本当に失敬。それはそうと、本当にこの子が高位の魔獣の子だとしたら厄介ですな」
ん?なんで厄介なんだ?
「この子を取り戻しにやって来るやもしれない」
「そこは大丈夫です。この子には両親がいないみたいで。いたら、道端に放って置くなんて考えられないし…」
「それはその子から聞いたのですかな?」
「はい。両親はいるのと訊いたら首を横にふりました」
「ふむ。両親のいない魔獣か、神の気まぐれで魔力が宿った犬か」
「どちらにせよ、魔力を持っていることだけは変わりないですね」
ゑ?俺って魔力持ってるの?マジで?魔法とか使えちゃうわけ?
「あなたは冒険者のようですし、デリアンについたらギルドに魔獣使いの登録をしたほうが良いですな」
「私は別にこの子を従えているわけじゃ…」
「まぁまぁ、便宜上ですよ。魔獣使いとして登録しておけば、魔獣OKな宿で割引も効くし、魔獣使いに人気な、剛力や俊足、鉄壁といった補助魔術も割引されますぞ?」
「うっ…それはかなり魅力的…」
「まぁ、難点といえば、パーティーが組みにくいことでしょうかな?如何せん、『魔獣は魔獣』という考え方を持っている方が少なからずいますからなぁ。信用できんということでしょうな」
「そんな偏見を持っている人とは組みたくないのでちょうどいいです」
「がっはっは、これは中々に肝が座ったお嬢さんだ」
セシリアは純粋だな。犬の俺と対等であろうとするなんて。
まぁ、人語を理解できるってこともあるんだろうけど。けど、俺が例え人語が理解できなくても、セシリアは俺と対等であろうとするんだろうなと、なんとなく思った。
「随分と冒険者に詳しいんですね」
俺のそんなことを思っているうちに話は進む。
「私はこれでも昔、ギルドの職員をやっていましてね。最初はそんな気はなかったんですがな、ギルドに訪れる冒険者たちを見ていると自分も世界を回ってみたくなりまして」
「なるほど、それで行商人に」
「えぇ、戦うのは苦手でしたし、冒険者にはなれないと思ったので、商人なら世界を回りながら仕事が出来ると思ったもので」
へぇー風貌からして根っからの商人って感じだけど違ったのか。あーひょっとして商人とはこうあるべきみたいな概念から、こんな感じになったのか?形から入るタイプか。
「ところがどっこい、そう簡単に商人としてやっていける筈もなく、始めは分からぬことばかりで右往左往しておりましてな……」
あ、長そうな話がはじまったぞ。
□ ■ □ ■ □
「わぅ」
『んぁ』
話は結構面白かったのだが、どうやら疲れていたみたいで寝てしまったようだ。セシリアの膝の上で。至福。
外はもう夕方だ。嫌な臭いがする。おそらく夜にうじゃうじゃ出てくる魔物たちの臭いだろう。幸いまだ近くにいないみたいだけど。
「で、ようやっと、その生地を届けることができたのです」
「うわぁ、そんな場所があるんですね!」
「えぇ。その時ばかりは終わったと思いましたね」
そのセリフ3回目ぐらいじゃないか?しかし、セシリアもよくそんなに食いつけるな。たしかに話は面白いけど。
その後もヘルキンスの話は続いた。このおっさんもよく話が出てくるな。
と、ガタンッと馬車が止まる。
どうやら街に着いたみたいだな。
3月19日改変
細かな点を編集いたしました。