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黒犬異世界奇譚  作者: 黒い悪魔
黒犬、亡霊に出会う
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第七話 土砂を掻き分け④

お久しぶりです。半年以上間を開けてしまって本当に申し訳ないです。


「大丈夫でしたか」


 さっきまで使っていた大剣には血の一滴も着いておらず、白銀の輝きを保っていた。それを背負い、にこやかに笑いながらセシリアの元へと歩いてくるイライアス。カリンさんはその後を悠々と付いてきている。


「あなたはお店で会った……」

「ええ。あの時も名乗りましたが、もう一度。イライアス・レインクットと申します」


 優雅にお辞儀するイライアス。非常に腹立たしいが、命の恩人だ。突っかかるのはやめよう。


「本当に助かりました。ありがとうございます。あなた方が来なければ死んでいたかもしれません」


 セシリアはなんとか立ち上がると、深々と頭を下げた。俺もそれに倣い、頭を垂れる。


「貴女の魔獣は礼儀正しいですね。やはり、主人に似てくるものなのですね」


 そう言うと、キラリと歯を光らせるような笑みを浮かべる。漫画だったら、背景にキラキラが飛んでいることだろう。きっとその輝く金髪も靡いているに違いない。


 そして、イライアスはまたセシリアを口説き始めた。歯の浮くようなセリフをこれでもかと並べ始める。セシリアは相手が恩人だからか、特にアクションを起こすこと無く、困ったような笑い顔でそのセリフを聞き流している。



 命の恩人ではあるが、どうにもウザったい野郎だ。いや、しかし恩人に対して不機嫌な態度をとるのは良くない。


『随分と葛藤しているようだな、シン』

『カリン……さん。あなたには会って間もないのに随分と助けられました。感謝しています』

『なんだ、随分と礼儀正しいじゃないか。先の店のように「あんた」呼ばわりでもいいのだぞ』


 どこかからかうような含みを持たせた声色で俺に話しかけるカリンさん。


『いや、あの時は、ほら。ここまで凄い狼だとは思わなかった――いや、なんとなく感じてはいたけれど、今さっき身を持って知りましたよ。俺とあなたとの差を』

『そうか。お主ならすぐに私の領域まで来そうな気はするがな』

『そうですか?』


 カリンさんの領域……ね。彼女はこう言うけれども、あそこまで優雅に威風堂々と戦える様になるまでは相当な時間が掛かるんじゃないか。先んずは魔咆哮を完全にマスターしなくちゃな。


『そうさ。それと、会った時のようにもっと砕けて話してもいいんだぞ。私としてもそちらのほうが話しやすい』

『カリンさ――カリンがそう言うなら』

『あぁ。それでいい』




 その後、ロックドラゴンの死骸を処理しにきたギルド員を交えてロックドラゴンが現れた経緯などを話し合った。


 ギルド員の話によると、ロックドラゴンの出現はA級魔獣が暴れたせいらしい。


 というのも、件のA級魔獣がぶち開けた穴を通ってこの坑道に現れたようなのだ。


 元々ロックドラゴンの生息地とこの坑道は大きく離れている。そして、その間にはロックドラゴンでさえ通ることが出来ないとても堅い岩盤が隔てているのだそうだ。偶にその硬い岩盤を避けて、鉱石の豊富な坑道に現れることがあるのだが、その時は事前に接近していることが感知できる仕組みがあるそうなのだ。


 ところが、今回のロックドラゴンは、その感知の網から漏れているA級魔獣の穴を通ってきた。そのお陰でギルド側はロックドラゴンの出現を事前に知ることが出来ず、俺らが出くわしてしまうハメになったということだ。


 運良く、A級冒険者のイライアス――あのキザ男はA級だった!――が『管理局』に居合わせたため、迅速な対応ができたようだが、もしイライアスがいなかった思うとゾッとする。


 しかし、ツェンタットに来てから良く耳にする『A級魔獣』って一体何なんだろう?


「あの、このところよく耳にする『A級魔獣』ってなんていう魔物なんですか?」


 セシリアも疑問に思っていたようだ。


「実は……何の魔獣か分からないんです」

「分からない?」


 分からないとはどういうことだろう。新種の魔獣か?


「ええ。ここだけの話、そもそも魔獣かどうかも怪しいんです」

「魔獣かどうかも怪しいって……」

「その――消えたんです。仕留めた魔獣が。煙のように」


 あたりに人がいないことを確認し、そっとつぶやいたギルド員。その顔は心なしか青ざめている。


「アンデットの一種に倒すと消えるのいませんでしたっけ?」

「あぁ。ゴーストですね。迷宮によく現れますね。私も以前迷宮に潜ったときに仕留めましたが、ミスリル製の武器があれば何ら問題ない程度の戦闘力でしたよ」


 そう言って髪をかき上げ、セシリアに流し目をするキザ男。うぜぇ。


「実際、私は現場に行ったのですが、周りは戦闘の余波で荒れていたのに、魔獣の死体はどこに見当たらなかったのです。ゴーストのように消えたとしか思えませんでした。しかし、ゴーストはあくまで精神に働きかける攻撃しかできません。先ほども話にあがりましたが、あの魔獣は堅い岩盤をぶち抜き、採掘現場にも傷跡を残した」

「つまり、ゴーストの類であれば、物理的干渉はできないが今回の魔獣はものに触れていた。が、仕留められたときはまるでゴーストのように消えていった。ということですか」


 顎に手を当て、フムフムと頷いている。なんでこいつの動作はいちいち気障ったらしいんだ?


「ええ。倒した魔獣は跡形もなく消えていましたから、ゴーストが何かの魔獣に憑依していたとは考えられませんし、十中八九新種の魔獣でしょうね」

「新しいゴースト……とか?」

「確かにその可能性もありますね」

「素晴らしい着眼点だ!!やはりセシリアはそこいらの女冒険者とは違う!そう、まるで野菊たちに紛れて咲く――」


 前半部分まで同じようなことを考えた自分が憎い。そして後半部分のいつものような比喩語りが果てしなくどうでもいい。


『なぁ、カリン。あんたのご主人はいつもこうなのか?』

『……ここまで興奮しているのは初めて見るかもしれん。私もちょっと引き気味だ』


 おい、キザ男。お前自分の魔獣にも引かれてるぞ。俺たちから一歩離れたところで伏せていたカリンだったが、心なしか冷めた視線をキザ男に送っている。


「あの魔獣が複数いるのか、それとも突然変異で一個体がああなってしまったのか。分からないことは多いですが、警戒するにこしたことはありません。本当はここら一帯を封鎖するのがいいのですが、そういうわけにもいかないのが現状ですね」

「鉱石を掘ることができなければ、ツェンタットはやっていけないでしょうしね」

「まったくもってその通りです。あちらを立てればこちらが立たず。難しいものですね」



 ギルド員の言葉でその場はお開きになった。




 □ ■ □ ■ □




「疲れたぁ……」

「バウ」


 セシリアは防具を外すとそのままベッドへと倒れこんだ。俺もベッドのそばで体を投げ出している。




 ギルドに戻り報告を終えた頃には既に外は夜の帳が降りていた。


 ギルド員に勧められた宿についた頃にはほとんどの店は閉まっていて、飲み屋の明かりがポツポツとあるぐらいだった。


「なんだか今日はいろいろあったねぇ」


 風呂で、今日一日の汚れを綺麗さっぱり落としたセシリアがベッドの上でゴロゴロしている。


 ちなみに俺は宿の人に汚れを落としてもらっている。大きな街には最低でも一箇所は大型魔獣が宿泊できる施設がある。そういった宿には大抵、汚れを落としたり毛の手入れを行ったりしてくれるサービスがあるのだ。そして、でかい部屋もあるので特に警戒することなくぐっすりと眠れる。これが小さい町や村だと俺は野宿だ。

 まぁ、それもそれで風情はあるが、長年危険のない家の中でぬくぬくと過ごしてきた元現代人としては、いくら野宿に慣れようとも屋根の下で寝れるのが一番だ。


 そんな俺はセシリア同様ゴロゴロしている。もちろん床で。


 大きく成長することで戦力的に大幅に上がったし、セシリアの役に立てるようにもなったが、その弊害というか、日常生活でこのデカイ躰が邪魔くさく思うようになる事がある。


 一番煩わしいのが、街を歩いている時の人々の恐怖の視線。モーセの如く道が割れる。その他には道が狭かったり、もしくは人混みがすごい場所での移動。子犬の頃はセシリアに抱かれるなりして移動できたが今はそうもいかない。大きい街は別だが、基本街中は歩かない方針なのだ。


 ここツェンタットは規模が大きいだけでなく、掘り出された鉱石を荷車などで街の各所に運ぶためか道が全体的に広く造られていて、俺が歩いても窮屈には感じない。まぁ、普通の街でも大通りならさほど問題なく歩けるが、さっきも言ったとおり周りが怯えてしまう。


 そういった事情もあり、ツェンタットのような大きな街以外ではなかなか寛ぐことができないのだ。




 しばらく部屋でゴロゴロした後、遅めの夕食を食べるために一階に降りる。


 出された肉の塊に齧り付きながらも周囲を警戒する。


 なぜかって?


 部屋を出てから気づいたのだが、この宿屋にイライアスとカリンの気配がするからだ。いつあのキザ野郎が一階に降りてきてセシリアにちょっかいかけるかもしれないと思うと少々気が気でない。




 結局、イライアスたちを見かけることなく、その日は眠りについたのだった。






お読みいただきありがとうございます!

あいも変わらずの遅筆ですが、続きも書いています。

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