第四話 土砂を掻き分け➀
「シンー!!なんで助けてくれなかったのよぉ」
「わふん……」『申し訳ない……』
限界を迎えたらしいセシリアが俺を無理やり店の外に連れ出し、あの場は解散となった。
「はぁ。あの手のお馬鹿は冒険者にはいないと思ったのに……。何処にもいるのね」
「バウ?」『どういう事?』
「なんでもないよ」
そう言って俺の頭をポンポン撫でる。
ひょっとしたら元貴族とか?ヤケにあしらい慣れてたし。確かにセシリアは高貴な雰囲気纏ってるからなー黙ってたら。元貴族ってのもあり得なくはないのかな。
「さ、あんな自意識過剰のお馬鹿のことなんか忘れてギルドに行きましょうか。結構時間取られちゃったから簡単なの受けましょう」
「バウ!」『おうよ!』
何気に酷評ですねセシリアさん……。意外と容赦無い所あるんだよね、この娘。
お馬鹿さんが後ろから追いかけてこないとも限らないとセシリアと俺はギルドへと急ぐ。
ギルドにつくと、早朝に簡単な依頼を受けた級の低い冒険者達が帰ってきたところなのか、そこそこの人数がいた。
ギルドにセシリアと俺が入ると、一瞬ぎょっとした顔をするニュービーたち。主に俺を見て。
「そんなに驚くこと無いよねーシンはこんなにカワイイのに」
わしわしと頭を撫でてそんな事言うが、周りからしてみれば、こんな凶悪な魔獣の何処がカワイイのかと疑問だと思うぞ。人並みにでかくて、黒い毛並みは艶々としていて、目は紅い。
多分、俺が一声吠えれば何人かは立ってられなくなるぞ。というか、今の時点で見るからに新人な猫人族の男の子とかガクガクブルブルしてるぞ……。
「じゃあ、いい依頼ないか探してくるからシンはここにいてね」
「ガウ」『りょうかーい』
そう言って二階へ依頼を探しに行く。
大抵のギルドは2階建てになっていて、1階は初心者向けの受付に討伐証明や素材の買取などをしている。2階は中級者以上向けの依頼と休憩所を兼ねている。
セシリアが依頼を探している間はギルドの隅っこで大人しく寝そべっている。お座り状態でも結構な体高があるため周りに威圧感を与えてしまうのだ。まぁ、寝そべっていても怖いもんは怖いだろうが。
ギルド員も時折不安そうにこちらを見ていてなんだか申し訳無くなってくる。
暇なのでなんとなくギルド内を見渡してみる。勿論目だけを動かして。顔まで動かすのは「どれを獲物にしようかァァァ」とばかり餌探していると勘違いされそうなので止めておく。
ギルドは何処も同じような造りをしている。幾つかの受付と買取用の大きめのカウンター、壁の目立つところに大きな額に入れられた何やら色々と箇条書きにされた何かがある。俺は文字が読めないから、なんて書いてあるかは分からないけど、どのギルドにも同じ物があるから『ギルド憲章』とか『冒険者の心得』みたいなもの何じゃないかと思っている。
まだ新しい装備に身を包んだ冒険者たちが依頼書と睨めっこしていたり、ホクホク顔でギルドを後にしたりと、見ていて飽きない。普段、初級者ばかりいるギルドを見たこと無いからなんだか新鮮だ。大抵上級者がいるのでどことなく緊張した空間なのだ。
……原因は俺にあるんだろうけど。だっていつも探るような視線を受けたり、好意的とは決して言えないような類の視線を受けたり、酷い時には殺気を当てられることもしばしばだよっ!
さて、ギルド内を見回していると視線が合った男の子があからさまに怯えだしたので目を瞑ることにする。セシリアが一緒だったらここまで怯えられないんだけどなぁ。
□ ■ □ ■ □
暫く飯屋でカリンと話していたことを思い出しているとセシリアの匂いが近づいてきたので体を起こし、セシリアの元へ行く。
「依頼決まったよ。シンにピッタリの依頼だよ!」
「?」
俺にピッタリ?なんだろう。サイクロプスを喰い荒らしてこいとか?流石にそれはないか。
「ズバリ、モノ探し!その素晴らしい嗅覚を活かして土砂に埋もれたツルハシを探すのだ!」
バァーン!と効果音がつきそうな感じで依頼書を俺に掲げるセシリア。何を書いてあるかさっぱりなんだが。
セシリアが端的に言ってくれたから依頼内容は把握したけど。
「ほら、ジィゼルさんが言ってた、ミスリル坑道がA級が暴れたせいで潰れちゃったってやつ。あそこで大事なツルハシが土砂に巻き込まれたらしいんだ。それを探してくるお仕事。ちなみにC級。A級が倒されてからちょくちょく魔獣が出るようになったんだって」
「バウ」『なるほど』
魔獣が出るようなら確かにC級だ。ただ、俺の鼻を活かすならツルハシの持ち主に合わないといけないんだけど―――
「受付の人にツルハシの持ち主の居場所を聞いたから、早速行こうか」
「ガウ!」『了解!』
万事抜かりなし。さすがセシリアさん、しっかりしてらっしゃる。
というわけで、そのツルハシの持ち主だというガランさんのところを訪れたのだが……。
「うん、立派な病院だね!」
「ガウ」『だな』
ツェンタットにある病院に着いた。どうやらガランさんは入院しているらしい。俺が入れるのかな?
「すみませーん、B級冒険者のセシリアっていうんですが、ガランさんと面会ってできますか?」
「えぇ。構いませんが……魔獣使いの方ですか?」
「はい!私の相棒のシンです」
「……」
セシリアが病院の前を掃き掃除していた職員の人に尋ねる。俺は怖がらせないように声は発せずに頭を軽く下げた。
「まぁ、行儀の良いワンちゃんですね。でも病室には連れていけないんですがいいですか?」
「構いませんよ」
「でしたら、この子は私が見ていますので、中の受付でお名前や面会理由を伝えてガランさんお病室まで案内してもらって下さい」
「分かりました。シン、ちょっと待っててね」
わぁお、この職員さん度胸ある!ついでに胸もあるっ!
「……シン、ハシャいで迷惑かけないでね?」
「バウ」『はい』
ちょっとだけセシリアから怖い雰囲気が漏れている気がする。お、大人しくしていますとも!!
セシリアが病院内へと入っていったので、大人しくするため入り口から少し離れたところに寝そべる。日当たりがよくポカポカしていて気持ちがいい。
「シンちゃん、触ってもいいかしら?」
「……」
頷くと職員のお姉さんが近寄ってくる。俺の側でしゃがむと、ゆっくりとした手つきで俺を撫でる。
「凄い柔らかい毛並みね。大事にされているのね。ふふっ」
当然ですとも。セシリアは俺のために最高級のブラシを所持して寝る前にブラッシングしてくれる。それがあるお陰で俺は日々を生きていけると言っても過言ではない。なんか前にも似たようなこと言った気がしないでもないけど気にしない。
「実はね、私の兄さんも魔獣使いだったの。アナタほど大きくはなかったけど犬型の魔獣を飼っていて、時々家に帰ってきたらこうやって撫でさせてもらったのよ」
懐かしそうに目を細めながら俺を優しく撫でる。
『だった』……か。きっともう亡くなったんだろうな。
「でもね、ある時兄さんの魔獣がね、私が彼に送った首飾りを咥えて帰ってきたの。冒険者仲間と一緒に。盗賊に襲われて、その子と仲間の人は兄さんを助けようとしたけど間に合わなかったんだって。」
その子もいつの間にかにいなくなっちゃたわ。牙を1本残して。
そう小さくつぶやくと、ポンと軽く俺の頭を叩くと立ち上がる。その拍子に首から下げている飾り物がキラリと太陽の光を反射した。魔獣の牙らしきものと小さな水晶だった。
「さ、私はまだ掃き仕事があるから仕事に戻るわ。大人しく聞いててくれてありがとうね」
「バウ」『どういたしまして』
一声かけるてやると、嬉しそうに笑って手を振ってくれた。俺もそれに答えるように尻尾を軽く振る。
きっとその魔獣は主人を守れなくて悔しかったに違いない。悔み、哀しみ、1匹で死に場所を探したんだろうか……。自分の大切な牙を残して。もしそうだとしたら、それはとても悲しいことだ。主人も、せっかく生き残った相棒には精一杯生きて欲しかっただろうに。
ただ、その魔獣の気持ちは分からなくもない。俺もきっとセシリアに死なれたら耐えられないと思うから。逆に俺が死んだらセシリアはどう思うんだろうか。いつもの様にスッパリ切り替えてくれる?悼んでくれる?
もし俺がセシリアを身を呈して助けた時は、セシリアには精一杯生き抜いて欲しいな。俺は君に再び宿った命を助けられた。だから俺の命は君の為にある……ってか。
なんだか柄にも無いことを考えてしまう、穏やかな午後だった。