第三話 2年ぶり
本日2本目となっております。前話を読まれていない方はご注意下さい。
「うぅ……。やはり世の中はお金なんだね」
「バウ」『世知辛いね』
金貨500枚という目ん玉が飛び出る値段を提示され、呆気無く退散した俺たち。討伐系の依頼でもしてお金を稼ごうとギルドに向かっている。……金貨500枚に到底辿りつけないとしても金があるに越したことはない。
辺りには色んな武器が露天で売られている。そのほとんどが中古だったり、見習いの習作だったりして、手にとって見ている人のほうが少ない。命を預ける以上、生半な武器だとダメなのだ。
「はぁ……。坑道がもう一度開通するまで半年以上掛かるなんて……」
ジィゼルが言うにはA級魔獣に潰された坑道が復旧するまでは半年近く掛かるとのこと。A級魔獣はもう討伐されたそうだ。
終始落ち込んでしたセシリアだったがギルドに着く頃には元に戻っていた。
「よし!気合入れてお金稼ごう!いつまでもウダウダしてられないもんね!」
「ヴォン!」『その通り!』
パシンと頬を叩いて気合を入れるセシリア。うん。やっぱりセシリアには笑顔が一番だ。
ぐぅ~
「……先にご飯食べようか」
「バウ」『だね』
予定変更。飯が先だ。腹が減っては戦は出来ぬ。
ギルドに魔獣連れでも大丈夫なお店を紹介してもらい、そこで少し遅い昼食を食べることにした。
□ ■ □ ■ □
「もぐもぐ……」
「ムシャムシャ」
只今絶賛食事中。
ギルドに紹介されてきた店は『ザンビルの揺り籠』という名だ。ちなみに『ザンビル』とは一部の魔獣が好んで木の実の名前だ。その実がなる木は伸縮性のある使い勝手の良い木材になるらしい。セシリアがおばちゃんと仲良く話していたのを聞いた。
その木の実を好んで食べるのがイーラというリスの魔獣だ。とても大人しい性格で人に危害を加えることは殆ど無い。人懐っこい魔獣だ。なんで魔獣の分類なんだろ、コイツ。
「ごちそうさま」
「ヴォン」『ごちそうさまでした』
「お粗末さま。アンタの魔獣は行儀いいねぇ。なんの魔獣なんだい?」
「それがよく分からないんですよ。多分ファングクロウの突然変異何じゃないかってギルドの人は言ってたんですけど」
セシリアは食後のお茶を飲みながら和やかに女将さんと会話している。俺はセシリアの足元で
寝そべって食後の心地よい満腹感に浸っていた。
ガランガラン
どうやら新しいお客が入ってきたみたいだ。瞑っていた目を開ける。
「いらっしゃい。今日は珍しく大型を連れている人が来るねぇ」
「おや、本当だ。随分と強そうな魔獣だ。そして、飼い主は―――」
「どうも」
入ってきたのは20半ばぐらいのブロンドヘアーの美丈夫だった。青色の目立つ軽鎧を装備していて腰の両側に2振りのロングソードを身に着けている。その横には美しい蒼をした毛並みを持つ狼がいる。
向こうの狼も俺が見ているのに気付いたのか顔を向ける。
「これはこれは……。とても可憐で美しいお方だ。お隣、よろしいかな?」
「構いませんよ。あ、お世辞なんて言わなくてもいいんですよ」
「いえいえ。私の本心ですから。では失礼して」
目を合わせたまま近づいてくる蒼毛の狼。目をそらしたらなんだか負けた気がしたので俺も目を合わせる。
「すみませんが、クラッドの香草焼きを2つとスパーナのサラダを。あとエールかワインを2つ。1つはこちらの美しい女性に」
「お構いなく」
「素敵な出会いが逢ったことへの乾杯を貴方としたいだけですので。私のわがままを聞いていただけませんか?一期一会のこの家業。その1つ1つの出会いに感謝と喜びの乾杯をするのも趣が会っていいとは思いませんか?」
セシリアをナンパしているこの男を咬み殺したい気もするが、俺の目前に優雅に寝そべっている狼の方が遥かに気になる。別に敵を向けられている訳ではないが、こう、観察されている気がするのだ。
『お主の名は?』
『!?』
突然頭の中に澄んだ声が響き、驚きのあまり上体を起こしてしまい、セシリアのイスにぶつかる。
「わ!シンどうかした?」
心配そうに俺を見てくるセシリア。会話|(一方的なものだが)を中断された男が憮然を俺の方を見る。
「バウ」『なんでもないよ』
また寝そべるのも落ち着かないので、お座りの姿勢になる。向こうの狼は面白そうにこちらを見ていた。
『なんだ、喋れるではないか。で、名は?』
「……ガウゥバウ」『……シンだ。アンタの名前は?』
突然鳴き声を上げた俺を気遣わしげに見ているセシリアだったが、美丈夫の「私のカリンと話しているのでしょう」という言葉と渡されたワインのせいで注意がそちらに移ったようだった。
『声を上げずに魔声で会話できんのか?お主の親は何をやっているんだ』
「バウ」『親はいない』
『そうか。ふむ。やはり魔声でないと会話しづらいな……。お主、頭の中で私に話しかけてみろ。魔力は十分だろうから出来るはずだ』
何なんだ、この狼は……。ただ、このまま俺がずっとガウガウ言っていたらセシリアも何かあるのかと心配するだろうから、言われたとおりにやってみよう。
『……こうか?』
『出来るではないか。初めてにして中々やるな、お主』
案外簡単にできた。
『で、あんたの名前は?』
『ご主人にはカリンと呼ばれている。こちらの名前も気に入っているのな。気軽にカリンと呼んでいいぞ』
『こちらの名前?』
セシリアは美丈夫から歯の浮くような口説き文句を投げかけられているが、のらりくらりと交わしているようだ。助けを求めるように時折こちらを見るが、すまんがセシリア。俺はそれどころじゃない。2年ぶりにまともに意思疎通できているんだ……。暫しの間生贄になってくれっ!
『そうだ。生まれた時に親に付けてもらった真名があるだろう』
『いや、だから俺に親はいないって』
『なんだと?お主名前を呼ばれた記憶が無いほど幼い時に親を亡くしているのか……。それでよく大きくなるまで生き延びられたな。信じられん』
『うーんよく分からん。気付いたら道端に突っ立ったてグラドッグに食われそうになったところをセシリア―――ご主人に助けられたからなぁ』
実は元人間、しかも異世界人で、死んだと思ったらこの体に転生してました!とか言っても頭おかしいんじゃないかコイツ?とか思われて終わりだろうからそこには触れないでおく。この体にも慣れて案外こっちの生活を楽しんでるから、元の世界に戻りたいとも思わないし、そもそも元の世界じゃ死んでるから今更元の世界がどうこうとか気にして無かったりする。
『良い出会いだったようだな』
『そりゃ勿論!セシリア程良い人はいないよ!』
『そうか。子犬であったろうお主をここまで育て上げたのだから中々立派な御仁なのだろうな』
いや、育て上げたというか勝手に育ったというか。カリンは中身も子犬だったと思ってるだろうからそういう認識なんだろうけど、実際は中身21才の人間だったしな。トンデモなく手のかからない子犬だった思うよ。トイレも勝手に自分で行ったし、あちこちウロチョロしたりしなかったし。ただまぁ、
『立派な人だよ。自慢の相棒だ』
これに関しては間違いない。
『クックック。相棒と言うか。中々に剛毅なやつだな、お主は』
『そう?セシリアも俺のことは相棒と言ってくれるぞ』
寝そべっていたカリンは面白そうに笑うと、体を起こし俺と同じような体勢になる。
『ふむ。そういう主従もありなのかもしれんな』
『カリンのご主人は?』
『見ての通り女癖が悪いところが玉に瑕だな。冒険者としては申し分ない実力なのだが』
『確かに。セシリアを口説いた時、一瞬咬み殺してやろうかと思ったよ』
『ほう。軽そうで居てうちのご主人は強いぞ?お主とて無事ではすまないだろうし、その時には私も打って出るぞ?』
口調こそ何処か面白がっているが、わずかに漏れる殺気は本物だ。ちょっとビビる。
『冗談だよ。セシリアもうまーく躱しているようだし、そんな殺気出されて脅されたら無謀なことは出来ないよ』
『コレを中てられても平然としてるか。やはりお主は上位の魔獣のようだな』
『コレ?上位?』
これって殺気のことだろうか。
『うむ。コレは獣気といってな、自分より格下の物に中てると恐れをなして逃げる。お主も吠えると雑魚が逃げるといったことを経験したことはないか?』
『あぁ!アレね』
『それも吠える時に無意識に獣気を放っているからだ。この獣気を自由自在に操れるようになると立派な一人前だな』
『なるほど。いやぁ勉強になるよ、カリン』
『何、お主よりは年上だからな。先達もなしに生きてきたお主にはどれも欠けている知識だろう?』
『まったくもって。初めて聞くことばかりで楽しいよ』
『うむ、質問があればどんどん聞くといい』
『じゃあ、俺より年上って言ってたけど、カリンって幾つぐらいなの?』
さっきとは比べ物にならない程の獣気を叩きつけられました。ほんの少しの魔力を練り込んで。獣気に魔力を込めるとちょっとした攻撃にもなるらしい。今回は対して魔力が込められていなかったため、実害が出るほどのものじゃなかったけど。吠える声に乗せるのが一番効率がいいらしく、カリンはその気になれば林くらいは吹き飛ばせるとか……。
あ、今日一番学んだことは、種族は違えど女に歳を聞くのはNGだということ。
魔声から想像はついていたけど、カリンは雌だったのね……・。