第七話 いざ登録へ
「……っはぁ、ま、まだ、はぁっはぁっ、受付……やってますか?」
宿舎からギルドまで全速力で駆けてきたキート。ガイエルの宿舎からは距離こそ少し合ったものの道順はひどく単純だったので迷わなくてすんだのは僥倖だったろう。
息を落ち着けることもせず、勢い良くギルドの扉を開いた。焦っていた思考が徐々に落ち着くと、ギルド内に先客がいるのに気がつくキート。
そこで見た光景を彼は一生忘れないだろう。
肩に掛かるくらいの銀髪はギルドの魔法照明の和らいかい光を受けて微かに輝いている。スッと通った鼻筋に、透き通った白い肌、少し薄めの、だが弾力の有りそうな淡い桃色の唇。白い肌のなかの燃えるような紅い瞳は見る人によっては鋭い印象を得るかもしれないが、優しく柔らかな眼差しがそれを緩和している。
防具には大きな傷や修復の跡が見られないが、使い込んでいることがわかる位に身体に馴染んでいて、それだけで冒険者としての実力が伺える。
そして、キート自身武術を嗜む者から見てもその立ち姿はとても綺麗で何より美しかった。
「……」
軽く会釈をしてくる。その時に軽く揺れる銀髪に思わず目が奪われるが、慌てて礼をして返す。それも思いっきり頭を下げて。この時キートの頭の中にはまともな思考が残っていたかは怪しい。
「シン、行くよ」
足元には彼女が連れている黒い子犬がいたのだが、キートの目には全く入っていないようだった。
「あの、用がないのでしたら受付閉めますよ?」
「……あ!すみません」
彼女の澄んだ声の余韻に浸っていたキートだったが我に返る。恥ずかしそうに頬を掻きながら、すぐに受け付けまで歩いて行く。
「えっと、冒険者登録したいんですけど」
「新規ですね。登録料が銅判貨5枚になります」
「はい」
「お預かりします。登録の際、貴方の情報も記録しなくてはならないのですが、失礼ですが字は?」
キートから登録料を受け取る受付嬢。彼女の後ろのデスクではエルフの男性が新規登録ということで、既にしまった登録用の魔道具を取り出している。
「字は書けますけど、情報って何書けばいいんですか?」
「お前や年齢、得意な武器に使える魔法など問題のない範囲で記入して下さい。ギルド側から指名依頼や貴方に適した依頼を紹介する際に参考にしますので」
「分かりました」
受付嬢から幾つかの項目が書かれた羊皮紙とインクに羽ペンを受け取ると、早速項目を埋めに掛かる。『名前――キート・アルエント』『年齢――15』『職業――』
「あの、この職業って何ですか?」
「それは剣士や魔術師といったものを自己申告でいいので書いて下さい。特に思いつかなければ戦士、魔術が使えるのであれ魔術師と書いて結構ですよ」
「分かりました」
職業の欄に『魔闘士』と記入する。その後も色々と記入していく。最後の特記事項には『左目を失明』と書き込むと受付にその羊皮紙を渡す。
「あら?魔闘士なんですね」
「そうですけど」
「魔闘士の方を欲しがる人は結構多いので引っ張りだこになるかもしれませんね」
「はは。精々変な奴に捕まらないようにしますよ」
羊皮紙を後ろのエルフの男性に渡し、男性が機械を何やら操作し始める。
「冒険者証が出来るまで少し掛かるので、その間に冒険者について説明します」
そうして冒険者の義務や注意点などを聞く。
ギルドには級と呼ばれるランクがあり、全部でG~Sまでの8段階存在する。G~Cまでは毎月一定数の依頼|(級にあった)を達成しなければならなく、それが出来ないと1段階の降格処分の上、規定数を達成するまで冒険者証に『怠け者』と記載される。勿論、負傷や何らかの事情で依頼を受けることが出来ない場合などは便宜を図ってくれる。B級以上は依頼ではなく、一定金額を納めることが義務となっている。
依頼にをキャンセルまたは失敗した場合は報酬の1割を罰金として支払わなければならない。依頼の中には別に罰則を設けているものもある。その多くが物資輸送や護衛の依頼だ。
冒険者証を提示することで各種店舗での割引や、他国への入国の際に入国税は免除される。その他の各種税も免除あるいは減税されるなどのメリットもある。
そういった冒険者として守るべきことなどの基本的なことについての説明がほとんどだ。
「こういった約束事は、全ギルドに『ギルド規約』として掲示されているので忘れたら読んでおいて下さいね」
受付嬢が指した壁には目立つように書かれた『ギルド規約』が掲げられていた。キートは興味深そうにそれを見つめる。決闘について書かれた項目もある。
「あ、冒険者証ができたようですね。キートさんは魔闘士ですので、指に嵌めるよりはこの鎖を通して首から下げたほうがいいですね」
そうして鎖と銀色のシンプルな指輪を渡される。指輪にはギルドのエンブレムが彫られていた。言われた通りに指輪を鎖に通して首から下げる。
「これ、引きちぎられそうなんですけど」
「大丈夫ですよ。特殊な魔術が掛けられているのでそう簡単には壊れません。外すにしても本人でないと外れないようになってますし」
「……そんな魔道具銅判貨5枚でいいんですか」
「勿論、失くした場合にはきつい罰則が待っていますよ。金貨1枚の罰金となるので絶対に失くさないで下さいね」
「金貨1枚……」
見る機会すら無かった大金に軽いめまいを覚えるキート。もっとも、A級ぐらいの依頼の報酬になると金貨1枚ぐらい屁でもなくなる。彼がそれを受けるようになる日はいつになるのだろうか。
「もし支払えない場合は暫くの間ギルドでの無償奉仕か登録抹消の上3年間の協会利用禁止。3年の後、再登録する場合の登録料も金貨1枚となります」
「き、厳しいんですね」
「冒険者証は高価な魔道具ですので。本来なら金貨5枚は下らないですよ。協会に入ってくる収益の1/3はそういった魔道具にかかってるんです」
「なるほど」
意外と規則が多く、キートが想像してた自由奔放なものとは少し違っていた。自由には責任がつきものだという孤児院で教わった言葉を思い出す。
「本当ならこのまま依頼を受けて貰うんですが、もう遅いので明日来て下さい」
「分かりました」
ギルドの外は暗くなりつつあり、夜間営業をしている店は魔道ランプを灯している。長年夢見てきた冒険者。その証である冒険者証を、夜を彩り始めている暖かな色をした光に照らす。キートの顔には堪え切れない笑が浮かんでいた。
その後、背負い袋をケインズの店に忘れたことを思い出した取りに行ったものの店が閉まっていたり、宿を探すもお金がなくガイエルの宿舎に泊めてもらおうとするも、部外者は宿泊禁止だったりした。もっとも、実はその宿舎はギルドが管理しており、デリアンを拠点に半年以上活動するという条件で格安で部屋を貸し出していたので、すぐさま契約し部屋を借りることで事なきを得たのだった。
そうして冒険者生活初日が慌ただしく幕を下ろし、キートの冒険者稼業が始まったのだ。
これでキート偏は終わりです。
元々貨幣価値やギルドについて補完しようと始めたのですが、ドウシテコウナッタ……。魔術についても上手く触れることが出来ず、色々と見通しが甘く、力不足を感じた章でした。もし、需要があるようでしたら、魔術についても詳しく触れてみたいと思います。