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黒犬異世界奇譚  作者: 黒い悪魔
眼帯、冒険者になる
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第二話 鐘の音で始まる一日 前編

お久しぶりです。今回は孤児院での一日です。




孤児院『止まり木の家』の朝は大きな鐘の音で始まる。隣接している教会の朝の鐘だ。


近隣の住人もこの朝の鐘を合図に慌ただしく動き始めるのだ。


「うぅ…眠い…」


その鐘の音で強制的に眠りから叩き起こされる孤児院の面々。まだまだベッドに齧りついていたいだろうが、そんなことをすればシスターのお仕置きが待っているため、眠い目を擦りながらベッドから体を起こすのだった。


そんな中、最年長のキートはいつも最後に起きだす。長年孤児院で過ごしていることもあり、シスターが出撃してくるタイミングを把握しているため、ギリギリまでベッドの感触を楽しんでいるのだ。


「うぁーーーー」


ようやく自分の部屋から出てくる。ルームメイトはとっくに起きだしているようだ。


さながら幽鬼のようにふらふらと覚束ない足取りで中庭の井戸へと向かう。途中、既に井戸で顔を洗い終わった子供たちとすれ違う。朝からテンションの高い子供たちは朝の掃除をするため外に向かっている。


「……ぐぅ」


井戸まで辿り着いたはいいが、力尽きたったまま寝ようとするキート。


「シャッキとしなさい!!!」


そこへ容赦なく柄杓ですくった水を顔にぶち撒けるキートと同じ年長組のアンリ。普人族の女の子で子供たちの頼れるお姉さんといったところだ。


「ぅわっぷ!」


突然早朝の冷えた水を掛けられ素っ頓狂な声を思わず上げるキート。


「…冷たい」

「朝の井戸水だもの。冷たいのは当たり前でしょ?いつまでぐでっとしてないでピンとしなさい!」


コツンと額に柄杓の一撃をお見舞いするアンリ。キートよりも背が高いので柄杓の一撃が綺麗に決まる。


「なんか、アンリだんだんシスターに似てきたよな」

「嬉しいこといってくれるじゃない」

「別に褒めてないよ」

「あら?そんな事言っていいのかしら?シスターに『シスターに似ることはほめられたことではないってキートが思ってる』って告げ口するわよ」

「…アンリはシスターに似てきてスバラシイデスネー」

「棒読み過ぎるわよ」


アンリと話しているうちにすっかり目が覚めたキートは、さながら戦場のようなことになっているであろう調理場へと向かう。無論、邪魔にならない程度に手伝うためだ。


働かざる者食うべからずが基本の『止まり木の家』。特に忙しい朝はダラダラなどすることは許されないのだ。




□ ■ □ ■ □




キートは朝食を食べ終わると動きやすい格好に着替え、仕事先へと出向く。


孤児院ではみんなに何かしらの仕事が与えられる。掃除や洗濯、料理といった孤児院内の仕事は基本的に年少、年中組が行う。年長組は孤児院を卒院した後も暮らしていけるように働くことが仕事となっている。働いて得た給金は8割が孤児院に収められ、2割が小遣いとして手元に残る。


基本的に働く場所は院の方で探してくれる。稀に向こうからウチで働かいないかと声が掛かることもある。交易都市であるデリアンでは人の集まりが多く、特に飲食店などといった商店や、移民してくる人たちの家を造るための大工の仕事などが充実している。


「おはようございます」

「おう!今日もよろしくな!」


キートの仕事場である大工のゼベットの事務所につくと従業員が挨拶をしてくる。ゼベットのところへ来て、もう3年になる。作業員たちの道具を管理している事務員から、ノミや小ぶりののこぎりといった道具の収まったベルトを受け取り、腰に装備する。


キートが道具の点検をあらかた終えると、大工頭のゼベットが朝礼を始める。白髪混じりの短髪にがっしりとした体付きといかにも親方っという風貌だ。


「今日の仕事は西部地区の家の建築を継続して行う。人員はいつも通りだ。それと、飛び込みの依頼が何件かきている。まぁ、そんなに難しい仕事じゃねぇから、キート。お前が行ってこい。トマス、ジャン、サポートに付いて行ってくれ」


久しぶりに自分に割り当てられた仕事が入り、内心喜ぶキート。給金が上がるという意味で。


「ジェーンにどこ回るか伝えてあるから朝礼が終わったら聞いてくれ。んじゃ、解散。今日もしっかりやんぞ」


「「「「おう!」」」」


野太い返事が事務所内に響くやいなや、作業員たちは慌ただしく現場へと移動していく。家の建築を担当している作業員達の準備は朝礼の前にすでに終わっている。


「ジェーン、俺らが回るのはどこだい?」


飛び入りの仕事に割り当てられた3人のうち、ベテランのトマスが今日回る現場を確認する。


その間に、キートとジャンは仕事道具の準備を始める。飛び入りは基本的に壊れた建物修理が主だ。特に多いのが酒場からの依頼。商人の護衛として冒険者も多くやってくるデリアンでは冒険者同士のイザコザも絶えない。そしてその大抵が酒の席での出来事なのだ。


トマスは建物修理のベテランだ。様々な文化が入り混じり、石造りやレンガ造りに木造建築まであるデリアンでは建物修理が一番大変だったりする。修理の大多数が緊急を要する案件であり、それにすぐ対応できる大工は意外と少ないのだ。実際に現場に出向いてみて、木造なら修理できるけど、レンガ造りはちょっと…。ということが少なくない。


今日回るべき現場を聞いたトマスも加わり、すぐに準備を終えると、3人は事務所を後にした。





□ ■ □ ■ □





「なぁ、キート。お前ももうすぐ15だろ?孤児院でたらこのまま親方とこで働くんだろ?」


最初の現場である酒場へと向かう道すがら、キートと歳の近いジャンが質問してくる。


「あー親方にはもう言ってるんすけど、家出たら冒険者になるつもりなんすよ」

「え!?マジか…。寂しくなるな」

「ふむ。お前は手先も器用だし、根性もあるから大工に向いてると思うんだがな」


驚き、少しばかり寂しそうな顔をするジャンと自慢の髭を撫でつつ呟くトマス。


「せっかく親方からも段々仕事回されるようになったのにな。勿体無い」

「いいんすよ。ガキの頃から決めてたことですから。まぁ、親方達にはちょっと悪いとおもってますけど」

「ま、目標を持つことはいいことだ。お前さんは『止まり木の家』の人間だし、冒険者になったところで滅多なことでは死なねぇだろ」

「あー確かに」

「トマスさん方はウチのことなんだと思ってるんすか…」

「「武闘派孤児院」」


思わず嘆息するキートに声を揃える先輩大工2人。


「…っく。反論できないのが悔しい」

「この間もアンリとケリーが働いてる店に来たゴロツキども成敗したって聞いたぜ?」

「エミールさんだってそこいらの悪党ぐらいなら簡単に蹴散らせるだろうし」

「全員が全員戦えるわけじゃないですよ。あくまで護身術ですし」


とキートは言うものの、その護身術は中々の練度だったりすのだが。更に言えば、魔術の才能を開花させている者もいたりする。そしてその才能を着実につけているのだ。


また、過去にはディレーブ王国宮廷魔術師団に入団した者もいる始末。しかも数人。これはひとえに院長の教育の賜物であろう。冒険者として大成する者もいるのだから恐ろしい。


そんな事を話しているうちに3人は仕事現場へとつく。


「さぁ、気合入れてくぞ!」


トマスの掛け声で作業が始まった。





□ ■ □ ■ □






すべての現場を終え、事務所に戻ってきたのは夕方頃になってからだった。


「今日はもう終わっていいわよ」


特にこれから仕事が無いということでジェーンから仕事を終えていいとの許可が出た3人。


「ラッキー!今日は早くから飲めるぜー!!」

「せっかく貰う給金を全部使うなよ」

「分かってますって」


はしゃぐジャンに釘をさすトマス。いつもの光景だ。これがもうそろそろ見れなくなると思うと得も言われない寂しさを感じるキートだった。


「はい、キートの分のお給金。あなたとも会う機会が少なくなるわね」

「そうっすね…ってジェーンさん知ってたんすか」

「ゼベットが私に隠し事が出来るわけないじゃない」


そう言ってにっこり笑うジェーン。彼女はゼベットの妻だ。


「まぁ、何も一生会えなくなるわけじゃないですよ」

「でも、デリアンからは出ていくのでしょ?」

「…気付きましたか」

「伊達に冒険者の息子をもっちゃいないよ。冒険者になって旅をするって言ったあの子とおんなじ目をしてる」

「ガキの頃から決めてましたから」

「そうかい。ま、アンタならうちのバカ息子と違ってそう簡単にくたばったりしないわね」

「『止まり木の家』の人間だからですか?」

「よく分かってるじゃないか!」


バシバシと豪快に背中を叩くジェーン。その目がどこか潤んでいたが、キートは気づかないふりをするのだった。


事務所を後にし、孤児院につくと既に夕飯のいい匂いが漂っていた。


玄関に入ると右手にある事務室に入る。


「ハンスさん、今日の給金です」


ゼベットの事務所の面々とは違い丁寧な言葉遣いに変わるキート。止まり木の家において、2番目に恐ろしい人物。眼鏡を掛け、肩に掛かるぐらいの金髪で理知的な雰囲気が漂っている。


金庫番及び礼儀指導ハンス。彼も元は止まり木の家に世話になった孤児で、その恩を返すためにこうして孤児院で働いている。


「はい、受け取りました。今日もお仕事ご苦労さまです。いつもよりお給金が多いようですが、何かあったのですか?」

「今日は飛び入りの仕事を担当させてもらったので、そのせいだと思います」

「おぉ、それはよく頑張りましたね」


そういって頭をなでるハンス。


「あ、あのーもう子供じゃないんでやめてもらえませんか?」

「何を言っているのですか。もう少しで成人となる貴方をこうして子供扱いできるのは後少しなんですよ。今のうちに子供扱いされておきなさい」

「は、はぁ…」


そういってポンポンと頭を叩く。こっ恥ずかしくて僅かに顔を朱に染めるキート。


「そろそろ夕飯の時間ですね。今頃料理を盛り付けているだろうから、貴方も手伝いに行きなさい」


そう促され、事務室を出て調理場へと行き、朝と同じように料理の配膳を手伝う。


止まり木の家には食堂があり、そこで子供たちや孤児院で働いている人みんなで食事を摂る。隣の教会のシスターと神父も一緒だ。


食事は楽しくがモットーである止まり木の家。いつも食事時は賑やかな会話が繰り広げられる。


今日あった些細な事や驚いたこと、珍しかったことなど楽しげに話す。キートは、それを見ていると、ふともうこの光景を見ることは無くなるのかと思うと涙がこみ上げそうになる。


その涙の衝動を押し込めると口いっぱいにパンを頬張るのだった。




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