第十一話 鬼の兄妹
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耳をつんざく鷲の声。その咆哮を聞いただけで身が竦む。セシリアも動けないみたいだった。
「シン、何とかしてシンだけでも逃げるんだよ」
誰がそんな事するか。セシリアは俺の命の恩人だ。。
「ぐるるるるる…」
せめてもの抵抗と威嚇してみるが、奴はどこ吹く風。まるで値踏みでもするかの如く、俺を見る。その瞳は白だった。本来白目の場所は身体と同じ闇夜の色。
俺は相手にする価値なしと判断されたのか、隣にいるセシリアの方へ向かってゆくグリュプス。
セシリアの顔が恐怖で固まる。
くそ、くそっ!!!動けよ俺の体!!!
まるで金縛りにあったのかのように身体が動かない。
グリュプスの鉤爪がセシリアを掴もうと、ゆっくり迫る。まるで、セシリアが恐怖に慄く姿が見たいばかりに。
「わ、我が手に、や、宿るは…」
必死に魔法を使おうとするが、集中できずに魔方陣が浮かび上がらない。
その黒に染まる鉤爪が、セシリアの頭を鷲掴みにする。
「あぁあああ!!!」
セシリアが悲痛な叫び声を上げる。
くそっ!!!
「グルルァァァ!!!」
その鉤爪に噛み付こうとするが、翼を振るって起きた風に飛ばされる。
セシリア…!!!
意識が途絶える寸前に見えたのは、木に叩きつけられるセシリアの姿だった。
□ ■ □ ■ □
「兄様、そろそろデリアンから出たほうが良いのでは?」
黒フードの2人組が街道を歩く。
「確かにな。まさか隠蔽魔術を破ってくる奴がいるとは…。俺たちの話がデリアンに流れたら居られたもんじゃない。くそっ」
最後に小さく悪態をつく、兄のアキツ。その1歩後を歩くのは妹のミズキ。2人は遥か東にある大和ノ国の民が1つ、鬼の一族の出だ。
大和ノ国は幾つかの部族が共同で暮らしている島国だ。その中でも特に人数が少なく、山奥にひっそりと暮らしている部族、それが鬼の一族だ。人数は100人程。血が濃くならないように結婚は家柄で決めらる、決められた者以外との性交渉は重罪、集落外に出るには許可がいる等々、制約が多い。
特に制約が多いのが恋愛関係だ。その為、駆け落ちをしようなどと考えるものも出てくる。が、それを簡単に許すほど鬼の一族は甘くない。集落は小さいので、それらしき噂が立てばあっという間に広がるし、集落外に出ようものなら結界に阻まれるだろう。
そんな中、駆け落ちに成功した者たちがいる。
それがこのアキツ・ミズキ兄妹の両親だ。
「では、この依頼が終わったら出発ですか?」
「ああ。出発自体は明日にしようかと思う」
「分かりました。ところで兄様」
「なんだ?」
「先ほどの襲撃者たちは?」
「ああ。あれはキッチリ始末しておいた。ナイフを投げてきた奴はもう少しできるのかと思っていたら拍子抜けするほど大したことのないやつだった」
面白くなさそうに話すアキツ。
「そうですか…」
会話が止まる。けれど、この兄妹にとってはこれが普段だ。2人とも口数は元々少ないし、特にこれといって話すことが無いのだ。
これまた普段通り、たまに出てくる雑魚共を蹴散らしつつ、目的地であるセルシュ村に向かっていた。
あと少しで村というところまで歩いていると、急にミズキが立ち止まる。
「どうした?」
怪訝そうに振り返るアキツ。その瞳は以前とは違い、黒い。
「来ます…。とてつもない何かが…」
ミズキは周囲を見回す。
「…」
アキツは無言で腰に下げている刀の柄に手を伸ばす。ミズキの察知能力はアキツの遥か上を行く。
「…!上です!アレは…」
ミズキは空を見上る。アキツもそれに習い、空に目をやる。
「グリュプスの黒色体か」
わずかに目を細めるアキツ。
「どうやら森に向かっているようです」
「ミズキ、アレの準備をしておけ。仕留める」
「な!兄様、いくら何でも無茶です!」
珍しくミズキが声を荒げる。
「グリュプスの黒色体はA+ですよ!?いくら兄様とはいえ、1人で倒すなんて無茶です!!」
「最悪、門を開ける。それなら問題ないだろ」
そうサラッというアキツに対して、ミズキは二の句が告げないでいた。
「後のことは、お前に任せる。俺が黒色体を見過ごすと思うか?」
「…思いません」
首を横に振るミズキ。アキツは頑固者だ。今更妹の言うことなど聞きやしないだろう。
「今から走って追いかけても絶対に追いつかない。転移である程度近づけないか?」
転移とは高位空間魔術の1つ。その名の通り、目的地まで瞬時に移動できる。効果範囲は目視できる範囲。正確な距離感と高度な空間把握能力がないとあらぬところに飛びかねない。
「分かりました。グリュプスが降り立つみたいです。降り立ったら、その上空に転移します」
グリュプスが吠えているらしく、ここまで響いてきている。
「その前に、アレを出しといてくれ。もちろん火だ」
「ここに」
どこからか取り出したのか、いつの間にかにミズキの手には一振りの刀が握られていた。
鞘から柄まで朱に染まった刀。銘は「炎鬼」。炎を纏う一振りだ。火属性に弱いグリュプスにとっては非常に有利な武器だ。
「我望む、見つめる先の彼の地へと<転移>」
2人を囲むように球状の魔方陣が浮かび、一瞬光ると、2人はグリュプスが降り立った上空に転移していた。
「「!?」」
が、2人はすぐにある事に気がついた。
人がグリュプスに襲われているのだ。
「我望む!見つめる先の彼の地へと<転移>!」
転移でグリュプスのすぐ上に飛ぶ2人。
炎鬼を抜き放ち、魔力を込める。
今まさに気絶したセシリアを喰らおうと口を開けていたグリュプスが、危険を察知して飛び退く。直後、炎鬼嵐の炎を纏った斬撃が、先ほどまで立っていた地面を焼き焦がす。
「ミズキ」
「はい」
これだけのやり取りで、2人の意思疎通は十分だった。
ミズキはすぐさまセシリアの元へ行き、状態を確認する。
「気絶しているようです。ひょっとしたら骨が何本か折れてるかもしれません」
「そいつは任せた。俺はコイツを仕留める」
「ムリしないでくださいね、兄様」
ミズキに答えることなく、刀を構える。
想定外の乱入者に、怒り心頭のグリュプス。全身から乱入者を葬り去らんと、殺気を迸らせている。一方、アキツもその瞳に静かな殺気を揺らめかせる。
「最初から全力だ…」
そう呟き、刀を自らの身体に突き刺す。
「っぐ…我が血を糧として…身を縛る鎖を解き放たん…!」
アキツの身体から流れ出る血が、首飾りへと吸い寄せられる。そして、首飾りが真紅に染まると、パキリと小さな音を立てて、砕け散る。
その瞬間、グリュプスは確かに聞いた。何かが開く音を。
「鬼門…開。血鬼燈刹」
それは、鬼の一族に秘められた、鬼の門。
漆黒の黒髪から、一本の角が生えだし、瞳は見るものに言いようのない畏怖を覚えさせる黄金色に変化する。そして両目から流れ出る、血の涙。
「ハッ!」
炎を纏う刀が人外の速度をもって振るわれる。
3月19日改変
細かい点を編集いたしました。