猫
耳を塞ぎ、目を閉じた。
「諦めろ。
お前が我々に勝つ可能性などない」
何も聞きたくなかった。
目の前の光景は、あまりにも恐ろしかった。
『心を落ち着けろ』
だからこそ、なおさらだった。
『ここで死ぬわけにはいかない』
「うああああっ—!」
前だけを見て走った。
当然、この森の道など知るはずもない。
石を踏み外して転び、
木の枝に体を裂かれながらも、
それでも走り続けた。
生きるために。
ドカン——
聖者たちの攻撃が飛んでくる。
「えー、外れたな」
「おい、誰が神里眼を先に捕まえるか賭けようぜ?」
「油断するな。あの方と同じ目を持つ者だ」
「今日は特に魔力の流れが不安定だ」
「我々の知らない何かがあるのは確かだな」
「ヒュズマ様は本当に心配性ね〜」
聖者たちは素早くジョディを追った。
「見つけた」
一人の聖師が、静かに魔力を集める。
「待て、やりすぎじゃないか——」
言葉が終わる前に、
魔力が解き放たれた。
——ガシャン。
塵が舞い上がる。
衝撃に巻き込まれ、
私はどこかへと弾き飛ばされた。
「神里庵が消えた!」
「遠くへは行けていないはずだ。くまなく捜せ!」
どれほど転がったのか、分からない。
意識を取り戻した時、
私は足を動かせなかった。
『……っ』
必死に体を引きずり、
身を預けられる場所を探して這った。
辿り着いたのは、
洞窟のような場所だった。
壁に体を預け、
荒い息を整える。
『ここで……終わりなのか』
結局、抵抗することすらできなかった。
多くを望んだことはない。
ただ、家族と。
平凡に生きたかっただけだ。
『この目……そうだ。この目が問題なんだ』
そばにあった石を拾い
目を突き刺した。
トントン—
トントン—
もはや痛みすら感じなかった。
「もうすぐ死ぬようだな」
気づけば、
私の前に“何か”が立っていた。
血に滲む視界の向こう。
黒く、小さな影。
猫ほどの体躯。
「だが……
お前の心は、まだ死を望んではいない」
「私は分かる」
——ドクン。
心臓が、大きく脈打った。
黒い何かが、
私の胸元に触れながら囁く。
「お前は、もう人間ではない」
「心臓が、怨念で満たされている」
「名前は?」
呼吸が苦しい。
それでも、力を振り絞った。
「ジョ……ディ……」
「私はジェスター」
そう名乗り、
それはくすくすと笑った。
「ジョディ」
「私を受け入れよ」
「お前に、力を貸してやろう」
ジェスターは、
聞き取れない言葉を呟いた。
その瞬間、
燃えるような痛みが襲ってきた。
胸が詰まって
息ができず、
全身の血管が破裂し
血が溢れ出した。
「クッハッ—
ウアアアアアッ—!」
——
洞窟から
何かが歩み出てきた。
体は熊より大きく、
牙は長く、
頭には二本の長い角があった。
形の判別できない
暗赤色の斑点が
全身を覆っていた。
それは、
もはや人と呼べる存在ではなかった。




