錯覚
私を止めることもなく、
動揺した様子すら見せなかった。
彼の表情は、あまりにも淡々としていた。
その落ち着いた声は、
むしろ不快に感じられるほどだった。
「本当ですか?
条件のようなものは……」
「一週間後だ」
マガツが言葉を遮った。
「馬車と金は用意しておく」
「数時間ほど走って森を抜ければ、村に出るだろう」
安堵感に、思わず小さな笑みが漏れた。
私は嬉しさを隠しながら、素早く部屋を出た。
マガツは最初から最後まで、
一度も私の目を見ようとしなかった。
一週間は、信じられないほど早く過ぎた。
「この野郎、勝手に休むな!」
――バシッ。
掌が頬を叩いた。
痛みが広がったが、何とも思わなかった。
「笑ってるじゃないか。
嫌な奴め」
――明日になれば……ここから出られる。
それ以外のことは、何も考えられなかった。
その夜、一睡もできなかった。
胸の高鳴りなのか、
いつも見る悪夢のせいなのかは分からなかった。
どうでもよかった。
今日、私は家族のもとへ帰る。
「どこへ出ようというのだ!」
門の前を、侍たちが塞いだ。
「開けろ」
「マガツ様の命令です」
不満げな表情と共に、扉が開いた。
目の前に、馬車が停まっていた。
心臓が大きく脈打った。
家族に会ったら、何と言えばいいのか。
一瞬、迷いがよぎった。
――いや、そんなことは重要ではなかった。
解放感が、すべての思考を押し流した。
「今、行くつもりか」
背後から聞こえた声。
毎日聞いているはずなのに、
全身に鳥肌が立ち、体が固まった。
「はい……
これから本当の家族に会いに行きます」
笑顔は出なかったが、
気まずい空気を誤魔化すように、無理に口元を上げた。
「……」
マガツは、何も言わなかった。
「御者を呼んでいただけますか?
私は馬の扱いが分からないので……」
一瞬の静寂が流れ、
マガツが小さく呟いた。
「家族だと……
そんなものなら、とっくに会っているだろう」
彼の言葉の意味が、理解できなかった。
私は馬車の扉を開けようと、手を伸ばした。
その瞬間――
マガツが、笑い始めた。
クスクスと、
耳障りな笑い声だった。
手が、異様に重かった。
――ガチャン。
「中に誰か、乗ってらっしゃい――」
言葉が、途中で途切れた。
冷たい。
あまりにも、冷たかった。
家族と呼ぶには、
すでに冷めきっていた。
背後で、笑い声が爆発した。
「ハハハハハ」
「まさか……
お前を生かしてやると思ったか」
マガツの声は、喜びに満ちていた。
「お前の能力は、あまりにも重要だ」
「だから、
俺のものじゃないわけにはいかない」
いつからいたのか分からない聖者たちが、
四方を取り囲んでいた。
「他の奴らに渡すわけにはいかない」
「今さら、お前が俺を離れると言うなら……」
彼は指先で、
ゆっくりと私を指し示した。
「ジョディ……」
「違う。
サイリカンを殺せ」




