冒険者リョータは、スキル「カップ麺」で救世主となる。
アムールという町の片隅に、月猫亭という酒場があった。
その酒場は安くて美味いと評判で、いつも腹を空かした冒険者で満席だった。
目が回るような忙しさも一段落した昼過ぎに、猫の半獣である看板娘のアイは、前から気になっていたお客さんが来たのを見て、目を輝かせた。
そのお客さんはリョータという名前で、黒髪黒目の精悍な顔立ちをした男性だった。仲間に連れて来られてからは、毎日のように通ってくるようになり、すっかり顔馴染みになっていた。
リョータはアイを妹のように可愛がってくれたし、アイには兄弟がいなかったが、兄が居たらこんな感じなんだろうか、と思うこともあった。
リョータが注文をし、手持ち無沙汰になっているところに、いそいそと近寄って声をかけた。
「ねぇねぇ、リョータって異世界人だって、ほんと?」
リョータはアイをチラリと見ると、ぶっきらぼうに言った。
「誰から聞いたんだ? そうだよ」
「凄い! 異世界人なんて、初めて見た! リョータの住んでいたところって、どんなところだったの!?」
黒髪黒目は異世界人の特徴だったが、異世界人の子孫は多く、特に珍しくなかった。アイも祖父が異世界人の子孫だったため、異世界人に対して強い好奇心があったが、異世界人は少なく、出会う機会はなかった。
「住んでいたところ、ねぇ……」
リョータは、故郷である日本にあまり良い思い出がなかった。親は医者で裕福な家庭で育ったが、その生活は息苦しくて仕方がなかった。
あまり故郷のことを喋るのは好きではなかったが、可愛い猫耳の少女に聞かれて悪い気はせず、「召喚された時、俺は学生で勉強にウンザリしていたんだ。なにしろ親が厳しい人でね……」リョータは運ばれてきた酒を飲みながら、住んでいた日本のことを喋り始めた。
「俺はこの世界で生きていくと決めた。あっちの世界では兄弟も多かったし、出来の悪い俺が居なくても問題なかったしね。たいして未練はないが、故郷には美味しい食べ物がいっぱいあったんだ」
「美味しい食べ物? でも異世界人が広めた料理、この店にもあるよ?」
「俺より前に来た異世界人って、100年以上前の話なんだろ? 100年もあったら、食べる物も変わるんだよ。ポテチにハンバーガーに唐揚げに……カップ麺なんてものもあったんだ」
哀愁に満ちた表情でリョータは言った。アイは、その表情を見て、ごくりと喉を鳴らした。
アイは猫の半獣だ。幼い頃から食べ物を見るのも食べるのも好きで、食い意地が張っていた。
まだ見ぬ異世界の料理を想像して、アイは 胸が高鳴った。
「どんな食べ物か、想像も出来ないよ! いいなぁ。食べてみたいな、異世界の料理!」
「食べたいの? 食べてみる?」
「リョータ、作れるの?」
「いや、料理は出来ないよ。でもさ、俺スキルがあるんだよね」
「どんなスキル?」
そして、誰にも言ってなかった、己が持つ特殊なスキルについて言及した。
「カップ麺ってスキルがあるんだよ」
リョータは店主の了承を得てから、アイを連れて外に出た。
「わあっ!? これがカップ麺!? 不思議な容器!! なんでこんなに軽いの!?」
リョータがスキルを発動すると、ポンッと音がして、カップ麺が落ちてきた。リョータはカップ麺のビニールを破ると、アイに手渡した。
「まずはふたを点線のところまで外して、この線のところまで、お湯を入れるんだ。あとは3分待つだけだよ」
「あ! お湯は作れるよ!」
アイは、生活魔法を使ってお湯を入れた。
3分数えている間、カップ麺から漂ってくる匂いに、アイは好奇心を抑えられなくて、しっぽをゆらゆらと揺らし、鼻をひくひくさせた。
「3分経ったよ!」
「このフォークで、こうやって食べてみて! 最初のうちは熱いから気をつけてね。醤油味だから、口に合うか分からないけど」
おそるおそる麺を口に入れて食べたアイは、大きな目を見開いた。
「美味しっ!? こんなの、初めて食べたよ!」
あっという間に、アイは麺と具を食べてしまい、汁まで飲み干してしまった。
「このうまそうな匂い! リョータだったのか! ずるいぞ、リョータ! こんなスキルを隠していたなんて!」
「げっ!? レオ!? なんでお前がここに!? 今日は家に帰るって言ってただろ!?」
「用事は終わったから、走って戻ってきた。そんなことより、あれをもっと出してくれよ! 俺も食べたい!」
リョータは凄い嫌そうな顔をして「ダメだ。お前だけには食わせん」と言った。
「なんでだよ!?」
「お前、1個食べたら、2個も3個も食べたくなるだろ? このスキルは魔力を消費するんだ。ただでさえ少ない魔力を、そんなことに使いたくない。俺は強くなりたいんだよ!」
リョータは生産職ではなく、戦闘職だ。異世界人らしく、戦闘系のスキルを多数保有しており、そのことに誇りをもっていた。
性格も非常に真面目で、仕事に支障が出るのを何よりも嫌った。魔物とはいえ、命を奪う仕事をしている以上、冒険者として命を賭けるべきだと思っており、万全の状態で仕事に行くことにこだわった。
そのため、休日であっても鍛錬に余念がなく、魔力を必要以上に消費したくなかった。
「そもそも、カップ麺よりうまい食い物なんかいっぱいあるだろ。わざわざスキルレベル上げる必要はない」
「だけどよ、せっかくのレアスキルなのに使わないの勿体なくない? 食料を生産するスキルなんて、聞いたこともないぞ」
「まぁ、醤油味以外のカップ麺も食べたいと思うから、たまにカップ麺出してるんだけど、毎回同じやつしか出せないから飽きるしなあ……」
「だから俺が食べてやるって! だから出せよ!」
「嫌だって言ってるだろ! どーせ、仕事中にも食いたいって言いだすに決まってるからな!」
言い合いを始めるリョータとレオに、アイは言った。
「じゃあ、月猫亭で、これをメニューとして出してみない? これなら、私でも出せるしさ。仕事に支障が出ない程度に出してもらったらいいよ」
アイの提案により、リョータはカップ麺を売るようになった。カップ麺は評判となり、飛ぶように売れた。
レオはアイに泣きついてカップ麺を譲ってもらい、やっと食べることが出来た。
スキルカップ麺のスキルレベルが上がると、1個あたりに使う魔力量も減るようになり、醤油味だけではなく味噌味や塩味などの種類も増えた。賞味期限が長く、軽くて値段も安かったため、冒険者の携帯食料の1つとして胃袋を満たすようになった。
リョータは冒険者として地道な活動が実を結び、その功績が認められてAランク冒険者となったが、魔物の侵攻によって発生した食糧難の際にカップ麺を無償で提供したことにより2つ名が救世主となってしまったのを恥じて「匿名で提供すべきだった」と後悔するのだった。